Rice for Enoch’s Second Expeditionary Unit

at the Marquis's residence in Liechtenberger

 もらったツケモノ石をニクスの中に入れて帰ろうとしていたら、リーゼロッテに引き留められる。

「ちょっとメル、どこに行くのよ?」

「どこって、家に帰ろうかと」

 具体的に言ったら、お世話になっているベルリー副隊長の家だ。

「私一人じゃ無理だから、一緒にきて!」

「あ、はい。ですよね」

「それに、アメリアやステラをお風呂に入れたいでしょう?」

「そうでした」

 リーゼロッテに言われて、アメリアとステラを振り返る。

 二人共、足元は泥だらけ。体も埃まみれになっている。

 夏に近付いているとはいえ、外で洗うのはまだまだ寒いだろう。

「でしたら、すみません。ご一緒させていただきます」

 そう言うと、リーゼロッテはホッとしたような表情を見せていた。

「ねえ、良かったらなんだけど、私も一緒に行ってもいい?」

 声をかけてきたのはザラさん。山猫のブランシュをリーゼロッテの家に預けているのだ。

「ええ、よろしくってよ」

「ありがとう」

 そんなわけでリヒテンベルガー侯爵家にシエル様とザラさん、そしてアメリア、ステラを連れて行くことになった。

『アルブムチャン達モ、一緒二行クヨ!』

 忘れていた。アルブムも。コメルヴはアルブムの背中に乗っている。どうやら、仲良くなったようだ。

 ◇◇◇

 リヒテンベルガー侯爵家にたどり着く。シエル様は、都心にこれだけの屋敷を構えているのは立派だと言っていた。

 先に連絡が行っていたのだろう。執事が恭しく会釈をしながら、シエル様を歓迎している。

「お風呂を準備いたしております。どうぞ、ゆっくりお浸かりください」

「ふむ、感謝する」

 シエル様は潔癖症のようで、馬車の中でもしきりに「風呂に入りたい……」と呟いていたのだ。

 その辺も隊長だか誰かが報告して、伝書鳥などで情報の伝達が行われたのだろう。

 侯爵家の侍女さんがアメリアとステラの周りに集まり、足を拭いてくれる。

 アメリアは「苦しゅうない」という堂々とした態度で、ステラは「恐縮です」と言わんばかりの表情をしていた。

「あの、みなさん、ありがとうございます」

 お礼を言うと、侍女さん達は輝く笑顔を返してくれた。実に、楽しそうだ。

「メルも、アメリアやステラと一緒に入りましょう」

「え、うわっ!」

 リーゼロッテにぐいぐいと手を引かれ、そのままお風呂に直行となる。

 人に囲まれながらのお風呂はどうにも落ち着かない。

 しかし、それより何日もお風呂に入っていないという不快感のほうが勝ってしまった。

 開き直って服を脱いだ。

 獅子の口からお湯が出る、大理石の広い風呂に入る。

 まずは体と髪をガシガシ洗い、汚れを落としてから浴槽に浸かった。

「あ~~……」

 ここは楽園かと思う。

「メル、なんだかおじさんみたいだわ」

「いいんです、おじさんで」

 侍女さんに体を洗ってもらったリーゼロッテも、湯に浸かる。

 相変わらずの、スタイルの良さだ。

「なんか、月イチくらいでリーゼロッテとお風呂に入っているような気がします」

「お友達だから、いいでしょう?」

「裸のお付き合いですか」

「メル以外の人とはしないけれど」

 それって、私以外にお友達いないってことでは……?

 気の毒なので、突っ込まないけれど。

 アメリアとステラは侍女さん達に体を洗ってもらい、嬉しそうにしていた。

「アメリアとステラも、三日に一度くらいはお風呂に入れてあげたいんですけどね」

 幻獣浴場とかあったらいいのにと呟いたら、即座にリーゼロッテが「お父様に頼んで造ってもらいましょう」と言った。

 冗談ではなく、本気の声色だった。

「でも、あの大きさだったら、場所があってもメルが一人で洗ってあげるのは大変だわ」

「ですね」

「だったら、幻獣保護局の女性局員が洗うようにするとか」

「いやいや……」

 ここで、妄想話に待ったをかける。

 王都でアメリアとステラ以外の大型幻獣がいるようには思えない。無駄な資金を投入しないように話を逸らす。

「今回の任務も、大変でしたね」

「ええ。まさか、セレディンティア国の大英雄に助けていただけるなんて」

 リーゼロッテは話す。大型魔物を目の当たりにした時は、死を覚悟したと。

「わたくし、隊長の言っていたことが、身に染みたわ」

 リーゼロッテが騎士になりたいと志願した時に、隊長は山賊じみた表情で言ったのだ。

 半端な決意で騎士になるな、と。

「怖かったわ。でも、それ以上に、被災した村の人達を助けたいという気持ちのほうが勝ったの」

「リーゼロッテ……」

 幻獣ではなく、民を守りたい。

 リーゼロッテの騎士としての誇りはしっかり根付いていたのだ。

「幻獣のことは大事だけれど、それ以上に、わたくしの中に今まで感じたことがない感情が生まれていたのだと、気付いたわ」

「リーゼロッテは立派な騎士です」

「ありがとう」

 ここで、アメリアとステラが湯に浸かる。

 アメリアはざぶ~んと豪快に浸かり、ステラは恐る恐るといった感じだった。

「とても気持ち良さそうね」

「リーゼロッテ、そろそろ出ないと顔が真っ赤ですよ」

「ええっ」

「のぼせてしまうので、出ましょう」

 リーゼロッテの腕を引いて、お風呂から出た。

 体を拭こうと思ったら、侍女さん達に囲まれる。

「身支度のお手伝いをさせていただきます」

「うわっ!」

 問答無用で体を拭かれ、服を着せてもらう。

「あ、あの、自分で、できっ……」

 ご遠慮する間もなく、身支度が整えられていった。

 あとから上がってきたアメリアとステラも同様に、侍女さん達に囲まれる。

 一時間後――深緑のワンピースに身を包む、お嬢様のような姿の私が全身鏡に映っていた。

「わっ、すごい!」

 髪型も大人っぽく編み込んで一つにまとめてリボンで留めた。ワンピースと同じ深緑のリボンがとても可愛い。

 アメリアとステラも、お揃いの赤いリボンが巻かれていた。二人共上機嫌である。

 鏡の前でスカートの裾を摘まんでヒラヒラと動かしていたら、リーゼロッテがやって来る。 私とお揃いの、薄紅色のワンピースをまとっていた。

「あら、いいじゃない。よく、似合っているわ」

「リーゼロッテも素敵です」

「ありがとう。こうしていると、姉妹みたいね」

「まさか、リーゼロッテがお姉ちゃんなのですか?」

「メルがお姉ちゃんになりたいの?」

「まあ……そうですね」

「だったら、メルがお姉ちゃんでいいわ」

 リーゼロッテよ、妹でいいんかい。

 そんなことはさておいて。

 シエル様と侯爵様が客間で待っているとのこと。

 とんでもない方々が、私達の身支度が終わるのを待っていたようだ。

 急いで客間まで向かった。

 もしや、シエル様は鎧を脱いでいるのでは? と思ったが――先ほどとは色違いの白銀の鎧をまとった姿で座っていた。

 どうやら、替えの全身鎧があったらしい。

 ザラさんもいて、私に手を振っていた。

 侯爵様は、相変わらずのしかめっ面である。

「すみません、遅くなりまして……」

「いいから、そこに座れ」

「はい」

 侯爵様の指示通り、とりあえず座ることにした。

 シエル様と侯爵様が向かい合って座っている。

 よくよく見たら、シエル様の隣にアルブムとコメルヴがいた。私は側面にある、ザラさんが座っている二人がけの長椅子に腰かける。

 リーゼロッテは侯爵様の隣に座ったようだ。

「話は、アイスコレッタ様から聞いた」

「はい」

 これからどうするのか話し合っていたらしい。

 とりあえず、侯爵様が王都で過ごすシエル様の窓口対応をしてくれるらしい。

「窓口というよりは、防波堤だろうが」

 たしかに、シエル様とご縁を繋ぎたい人は大勢いるだろう。

 そういった人達が接触できないように、守ってくれるのだとか。

「次に、住居についてだが、郊外にあるエヴァハルト伯爵邸を買い取った。そこで、暮らせるように手配を整えている」

 売りに出されていた伯爵邸は侯爵様が買い取ったらしい。

 エヴァハルト夫人の借金問題はどうにかなりそうだ。親子関係は……難しそうだけど。

 と、そんなことを気にしている場合ではなかった。

「それで、メル・リスリス。お前に願いがあるのだが」

 侯爵様直々のお願いである。

 私は背筋を伸ばして聞いた。

「ザラ・アート、それから、娘のリーゼロッテと共に、郊外の屋敷に住んでもらえないだろうか?」