Rice for Enoch’s Second Expeditionary Unit
Mysterious Ruins Part Six
アリタの台所に案内してもらう。
「わっ、すごい!」
煉瓦が積み上げられ、大理石の板が置かれた調理台に、立派な石窯、それから種類豊富な鍋や食器まで、ありとあらゆる物が揃った台所だった。
「これ、どうしたんですか?」
『海に流れ着いた物だったり、道端に落ちている冒険者が忘れた物だったり』
「なるほど!」
持ち主がいなくなった物を拾って作ったお手製の台所らしい。
「バターとお砂糖はあるのですよね」
『うん! それと、何を使うの?』
「家畜の乳です」
『それもあるよ』
食器棚の下部は、保冷庫になっているらしい。氷魔法を使って、食材を保管しているのだとか。
『野乳牛(アゲラダ)の牛乳。バターもこれで作っているんだ』
野乳牛とは、野生に生息する乳牛だ。大変希少で、森の奥地に棲んでいるので見かけることはほぼない。
出産後の、限られた期間しか搾り取ることのできない牛乳は絶品らしい。
『野乳牛に近づく魔物をやっつけると、お礼としてお乳をもらえるんだ』
「へえ、そうなのですね」
野生の蟻も、外敵からアブラムシを守り、蜜を貰っているという話を聞いたことがある。
それと同じで、甘大蟻と野乳牛は共生関係にあるのだろう。
「作り方は簡単です」
今日は、昔懐かしいキャラメル作りに挑戦する。
材料は、砂糖と牛乳、バターのみ。
「砂糖を器いっぱい、その半分の量のバターを入れて、牛乳もたっぷり」
これを鍋に入れて、焦がさないように加熱させる。
薄い茶色がどろどろとした濃い茶色になったら火を止めて、油を塗った鉄板に流す。
「これを冷やしたら、キャラメルが仕上がります」
『うわ~、すごく簡単なんだね』
「はい、そうなんですよ」
アリタは冷やす時間が待てないのか、氷魔法でキャラメルを固めていた。
『よし、固まった。これを、一口大にカットするんだね』
鉄板からキャラメルを外し、ナイフで切り分ける。
以上で、『特製キャラメル』の完成だ。
アリタの一口なので、一個が私の拳くらいの大きさがある。
『では、いっただっきま~す!』
アリタはその場で試食する。
もぐもぐと口を動かしていたが、ビクッと体を震わせて動きを止めた。
「ど、どうですか?」
『お、美味しい……! 世界一、美味しい!』
「それは、よかったです」
アリタに手を掴まれ、過剰なまでに感謝された。こんなに喜ぶなんて……作り甲斐、教え甲斐があるというもの。
私も一つもらう。
水飴や生クリームを使わない、シンプルなキャラメルだけど美味しい。
というか、素材が極上なので、涙が出そうなくらい美味しかった。自分が作ったキャラメルとは思えない。
さすが、幻の食材を使ったキャラメルだ。
アリタはまだ、私にペコペコと頭を下げている。
「えっと、もう大丈夫ですよ。感謝の気持ちは伝わりましたので」
『でも、お礼をし足りなくって。あの、だから、何かお返しをしたいんだけれど』
「でしたらその、ここの迷宮について教えていただけますか?」
『あ、そうだったね。それを教えるつもりで、居間に案内したんだった』
「いえいえ。脱線するような提案をしたのは私ですし」
再び居間に戻って、話を聞くことにした。
『ここは、この国の魔法の歴史を封じた遺跡なんだ。地下に、魔法書や魔技巧品を保管してある』
「お宝の山、ということなんですね」
『そう』
迷宮を造ったのは、古の時代の大精霊だという。
アリタはその大精霊に、遺跡の番人をするように頼まれたのだとか。
『でも、酷いんだ。見返りは、遺跡の一角を貸すだけで』
大精霊はいろいろと見返りを渡す約束をしていたらしい。しかし、実際に始めてみたら迷宮の管理は大変だったようで、アリタに報酬を渡す余裕などなくなったようだ。
『で、転移陣なんだけど、あれ新しい管理人を探すための装置なんだ』
「新しい、管理人ですか?」
『そう。真面目で、魔力が高い者を判別し、新しい管理人にしようっていう仕掛け』
「ってことは、ミルに管理人をさせるために、扉が開いたってことですか?」
『うん、そうだね』
管理人の資格がない者は、私達のように別の階層へと飛ばされているらしい。
『ここは基本、人が侵入できないようになっているんだけど、稀に中に入ろうとする奴らがいてさ。そういう者達は、全員殺すようにって命令があったんだ』
「コ、コ、コココ、殺(コロ)……!?」
今頃、他のみんなは別の階層に飛ばされ、襲われているのか。
ちなみに、アリタは報酬を貰っていないので、命令は無視しているのだとか。
「ほ、他の階層は、どんな生き物がいるのですか?」
『さあ、わかんない。皆、各々好き勝手暮らしているから』
「そ、そうですか」
『それで、どうする? なんだったら、外に連れて行ってあげてもいいけれど』
「で、できません。仲間が、ここに残っているんです」
自分だけ助かるなんて、とてもできない。
一度助けを呼びに行くにしても、扉が開かなかったら意味がないし……。
しかし、問題は私達でどうにかできる問題なのか、否か、だ。
スラちゃんを見ると、私を心配そうに見上げている。
アルブムは頭を抱えて困っているようだった。
みんなを助けるためには、どうしたらいいものか。
『よし! だったら、俺が同行してあげる』
「え、いいのですか!?」
『キャラメルのお礼にね!』
そう言って、アリタはつぶらな瞳でパチンとウインクした。
……蟻だけど、瞼があるんだ!