アリタの台所に案内してもらう。

「わっ、すごい!」

 煉瓦が積み上げられ、大理石の板が置かれた調理台に、立派な石窯、それから種類豊富な鍋や食器まで、ありとあらゆる物が揃った台所だった。

「これ、どうしたんですか?」

『海に流れ着いた物だったり、道端に落ちている冒険者が忘れた物だったり』

「なるほど!」

 持ち主がいなくなった物を拾って作ったお手製の台所らしい。

「バターとお砂糖はあるのですよね」

『うん! それと、何を使うの?』

「家畜の乳です」

『それもあるよ』

 食器棚の下部は、保冷庫になっているらしい。氷魔法を使って、食材を保管しているのだとか。

『野乳牛(アゲラダ)の牛乳。バターもこれで作っているんだ』

 野乳牛とは、野生に生息する乳牛だ。大変希少で、森の奥地に棲んでいるので見かけることはほぼない。

 出産後の、限られた期間しか搾り取ることのできない牛乳は絶品らしい。

『野乳牛に近づく魔物をやっつけると、お礼としてお乳をもらえるんだ』

「へえ、そうなのですね」

 野生の蟻も、外敵からアブラムシを守り、蜜を貰っているという話を聞いたことがある。

 それと同じで、甘大蟻と野乳牛は共生関係にあるのだろう。

「作り方は簡単です」

 今日は、昔懐かしいキャラメル作りに挑戦する。

 材料は、砂糖と牛乳、バターのみ。

「砂糖を器いっぱい、その半分の量のバターを入れて、牛乳もたっぷり」

 これを鍋に入れて、焦がさないように加熱させる。

 薄い茶色がどろどろとした濃い茶色になったら火を止めて、油を塗った鉄板に流す。

「これを冷やしたら、キャラメルが仕上がります」

『うわ~、すごく簡単なんだね』

「はい、そうなんですよ」

 アリタは冷やす時間が待てないのか、氷魔法でキャラメルを固めていた。

『よし、固まった。これを、一口大にカットするんだね』

 鉄板からキャラメルを外し、ナイフで切り分ける。

 以上で、『特製キャラメル』の完成だ。

 アリタの一口なので、一個が私の拳くらいの大きさがある。

『では、いっただっきま~す!』

 アリタはその場で試食する。

 もぐもぐと口を動かしていたが、ビクッと体を震わせて動きを止めた。

「ど、どうですか?」

『お、美味しい……! 世界一、美味しい!』

「それは、よかったです」

 アリタに手を掴まれ、過剰なまでに感謝された。こんなに喜ぶなんて……作り甲斐、教え甲斐があるというもの。

 私も一つもらう。

 水飴や生クリームを使わない、シンプルなキャラメルだけど美味しい。

 というか、素材が極上なので、涙が出そうなくらい美味しかった。自分が作ったキャラメルとは思えない。

 さすが、幻の食材を使ったキャラメルだ。

 アリタはまだ、私にペコペコと頭を下げている。

「えっと、もう大丈夫ですよ。感謝の気持ちは伝わりましたので」

『でも、お礼をし足りなくって。あの、だから、何かお返しをしたいんだけれど』

「でしたらその、ここの迷宮について教えていただけますか?」

『あ、そうだったね。それを教えるつもりで、居間に案内したんだった』

「いえいえ。脱線するような提案をしたのは私ですし」

 再び居間に戻って、話を聞くことにした。

『ここは、この国の魔法の歴史を封じた遺跡なんだ。地下に、魔法書や魔技巧品を保管してある』

「お宝の山、ということなんですね」

『そう』

 迷宮を造ったのは、古の時代の大精霊だという。

 アリタはその大精霊に、遺跡の番人をするように頼まれたのだとか。

『でも、酷いんだ。見返りは、遺跡の一角を貸すだけで』

 大精霊はいろいろと見返りを渡す約束をしていたらしい。しかし、実際に始めてみたら迷宮の管理は大変だったようで、アリタに報酬を渡す余裕などなくなったようだ。

『で、転移陣なんだけど、あれ新しい管理人を探すための装置なんだ』

「新しい、管理人ですか?」

『そう。真面目で、魔力が高い者を判別し、新しい管理人にしようっていう仕掛け』

「ってことは、ミルに管理人をさせるために、扉が開いたってことですか?」

『うん、そうだね』

 管理人の資格がない者は、私達のように別の階層へと飛ばされているらしい。

『ここは基本、人が侵入できないようになっているんだけど、稀に中に入ろうとする奴らがいてさ。そういう者達は、全員殺すようにって命令があったんだ』

「コ、コ、コココ、殺(コロ)……!?」

 今頃、他のみんなは別の階層に飛ばされ、襲われているのか。

 ちなみに、アリタは報酬を貰っていないので、命令は無視しているのだとか。

「ほ、他の階層は、どんな生き物がいるのですか?」

『さあ、わかんない。皆、各々好き勝手暮らしているから』

「そ、そうですか」

『それで、どうする? なんだったら、外に連れて行ってあげてもいいけれど』

「で、できません。仲間が、ここに残っているんです」

 自分だけ助かるなんて、とてもできない。

 一度助けを呼びに行くにしても、扉が開かなかったら意味がないし……。

 しかし、問題は私達でどうにかできる問題なのか、否か、だ。

 スラちゃんを見ると、私を心配そうに見上げている。

 アルブムは頭を抱えて困っているようだった。

 みんなを助けるためには、どうしたらいいものか。

『よし! だったら、俺が同行してあげる』

「え、いいのですか!?」

『キャラメルのお礼にね!』

 そう言って、アリタはつぶらな瞳でパチンとウインクした。

 ……蟻だけど、瞼があるんだ!