Rice for Enoch’s Second Expeditionary Unit

Mel, social debut!? Part XI

「メルお嬢様、こちらを」

「ん?」

 侍女さんが持ってきたのは、純白の毛皮の外套。丸い帽子まで、毛皮製だ。

「外は雪が降っております」

「あ、そうなんだ!」

 身支度をしている間に、雪が降ったらしい。モッコモコの外套を着せてもらう。

「ああ、なんてなめらかな毛並み……!」

『キュッフ!!』

 エスメラルダが「私のほうが、毛並みいいんですけれど!」と張り合ってくる。

「え、まあ、エスメラルダの毛並みが最高であることは認めています」

『キュキュッ!』

 エスメラルダは「まあ、当たり前よね」とお澄まし顔で言っていた。

 侍女さんの手によってエスメラルダ専用の籠が用意されたが、いつもの天鵞絨(ビロード)の布が入っていないからか、顔を逸らしツーンとしている。

 侯爵家の用意した籠の中には、極上の毛皮が入っているのに……。

「仕方がないですね……よいしょっと」

『キュキュ、キュウ』

「え、いいのですか?」

 なんと、アルブムのように首に巻いていいと言うではありませんか。恐る恐る、エスメラルダを首に巻いてみる。

「うわぁ! ふかふか、暖かい!」

 アルブムは毛が短いけれど、エスメラルダは毛が長い。

 ほどよい温もりがあって、肌触りが極上で、首元が幸せになる。

「エスメラルダ、ありがとうございます!」

『キュウ!』

 そんなわけで、身支度は整った。リーゼロッテと合流する。

「リーゼロッテ、綺麗です」

「ありがとう」

 リーゼロッテの紫色の長い髪の毛は縦に巻かれ、ダイヤモンドのティアラが輝いている。ドレスは深紅でよく似合っている。上から黒い毛皮の外套を纏っていた。

「あら、メル。その襟巻素敵ね。どこで買っ……それ、エスメラルダじゃない!」

「ええ、そうです」

「よく、許してくれたわね」

「ええ、まあ」

 毛皮のコートにエスメラルダが嫉妬した結果だろうが、言わないほうがいいだろう。

 それに、幻獣愛好家が超希少幻獣である『魔石獣(カーバンクル)』を見たら驚くかもしれない。今日一日、襟巻の振りをしてもらっていたほうがいいだろう。

「まあ、いいわ。行きましょう。もう、参加者は集まっているみたいだから」

「私達、最後なんですね」

「主役だから、仕方がないじゃない」

「ええ~」

 リーゼロッテにがっしりと、腕を組まれる。

「実を言えば、わたくし、不安だったの」

「不安、ですか?」

「ええ。こういう侯爵家主催のパーティーに出るのは、初めてだから」

「そう、なのですね」

「ええ。園遊会を行う時はいつも、お父様が一人で切り盛りしているところを、そっと窓から覗いていたわ」

 リーゼロッテのお母さんは国のあちらこちらを飛び回り、慈善活動をしている。そのため、侯爵様一人でホストをするしかなかったようだ。

「わたくしは、小さな時から興味がない人と話すのが苦手で」

「得意な人なんて、そんなに多くないですよ」

「ええ、そうだけれど……」

 社交界の付き合いから逃げていたリーゼロッテは、いざ公の場に出た時に後ろ指を指されないか不安だったらしい。

「お父様の顔に泥を塗ることになるでしょう? わたくしは、こんなだから」

「そんなことないですよ。リーゼロッテは遠征部隊で騎士を立派に務めていたではありませんか。それに、幻獣の周知にも貢献しました。きっと、侯爵様にとって、自慢の娘ですよ」

 そう言ったら、リーゼロッテの目からポロポロと涙が流れた。

「わっ、リーゼロッテ!?」

「メル、ありがとう」

 涙を流すリーゼロッテを、優しく抱きしめる。

 そのさい、小さな声で「エスメラルダって、やっぱり毛並みがいいわ」と呟いていた。私が抱擁した際に、エスメラルダにも触れてしまったらしい。

 なんていうか、リーゼロッテは、どんな状況でもリーゼロッテだった。

 ◇◇◇

 リヒテンベルガー侯爵家の庭は、うっすら雪が積もっていた。滑らないように注意をしなければ。

 噴水のある広場には、幻獣パーティーに招待された三十名の客と契約している幻獣がいた。

 もっとも大きな個体は、火蜥蜴(レザール)だろう。全長三メトルくらいあるのか。

 見た目は大きなトカゲだが、ルビーのような美しい鱗を持っている。

 他に、目立っているのは、角や瞳が宝石のように美しい宝石鹿(ジャムハート)、全身まっ白で、モコモコで愛嬌のある雪狐(スノソラ)。

 他に以前、幻獣誘拐事件のさいに、脱走し保護した幻獣も来ていた。

 恋茄子(アルラウネ)に白栗鼠(スクイラル)、銀兎(インレプス)など。捕まえるのに苦労したな、と懐かしくなった。

 主役らしいリーゼロッテが来たが、注目は別の存在(もの)に集まった。

「鷹獅子(グリフォン)だ!」

「黒銀狼(フェンリル)もいるわ!」

 大型幻獣なので、目立つのだろう。逆に、襟巻に徹しているエスメラルダの存在には、まったく気づいていない。

 ここで、想定外の事態となる。

「エルフもいるわ!! どうして!?」

「エルフも幻獣だったか?」

 ……残念ながら、エルフは幻獣ではないデス。

 ここで、侯爵様がゴッホンと咳ばらいし、リーゼロッテと養女である私を紹介してくれた。

 ハッと我に返った参加者らが、温かい拍手を贈ってくれる。

 私とリーゼロッテは淑女の礼を返した。

 幻獣パーティーの始まりである。