竜に乗れることがわかり、興奮して気を失っていた侯爵様だったが、リーゼロッテが「足手まといになるから置いていこうかしら?」と言った瞬間に意識が戻る。

 侯爵様は失神なんてしていないとばかりにすぐに起き上がり、キリリとした顔で「ゆこうか」などと言っていた。

「お父様、遊びに行くのではありませんからね。竜を見て浮かれて、我を忘れることなどあってはならないわ」

「わかっている」

 なんというか、説得力のない「わかっている」だった。

 幻獣保護局からは、リーゼロッテの世話役の侍女二名に、侯爵様の助手と秘書が一名ずつ同行するようだ。

 竜馬車は最大三十名乗れるほど大きいようなので、問題ないとのこと。

 いったい、どういう規模のものなのか。まったく想像できない。

「では、行こうか」

 リオンさんの言葉をきっかけに、行動を始める。

 私たちはついに、邪龍退治に出かけるのだ。

 これで、長年邪龍の生贄となっていたフォレ・エルフの歴史も終わるだろう。

 王都郊外に、リオンさんの竜は鎮座していた。

 大きさは五メトルほど。ルビーのような赤い鱗が美しい。竜としては小柄なほうだという。

 侯爵様は全身震えていたが、唇を嚙みしめて自分の両方の足でなんとか立っていた。

 目には大粒の涙を浮かべている。

 リーゼロッテは感動し、涙をポロポロ流していた。

 そんなリヒテンベルガー家の親子をみたリオンさんが、憐憫(れんびん)の眼差しを向けながら問いかけてくる。

「あの者達はどうしたのだ?」

「幻獣大好きクラブの人たちです。希少な竜に出会えて、感動しているのかと」

「そうか」

 リオンさんはリヒテンベルガー家の親子に近づき、何かを差し出した。

「私の竜の、剝がれた鱗だ。記念にやろう」

「!?」

「!?」 

 リオンさんが差し出したのは、手のひら大の二枚の竜の鱗だった。

  侯爵様とリーゼロッテの目が最大まで見開かれ、リオンさんと竜の鱗を交互に見ていた。

「あ、あの、本当に、こんなに貴重なもの、もらっても、よ、よろしいの?」

「い、いくらなのだ? いい値で、買い取ろう」

「やると言っている。さっさと受け取れ」

 リオンさんは侯爵様とリーゼロッテの手に竜の鱗を握らせる。

「あ、ありがとう、ございます」

「心からの、感謝を」

 リヒテンベルガー家の親子は、頭を深々と下げ、感謝の気持ちを伝えていた。

 竜とリヒテンベルガー家の親子に気を取られていたが、竜の背後には竜馬車の車体があるようだ。

 平屋建ての一軒家みたいな建物が、ポツンと森の中に置かれている。これが、竜馬車らしい。

「うっわ! 大きい!」

 リオンさんに内部を案内してもらう。入り口を抜けた先にあったのは、ふかふかの絨毯(じゅうたん)が敷かれた瀟洒(しょうしゃ)な部屋だった。

 壁紙は優雅な薔薇模様で、大きな窓がはめ込まれている。長椅子にテーブル、棚などの家具もそろえられていて、貴族の私室といった感じの豪華な内容だった。

 これに乗ってフォレ・エルフの村まで移動できるなんて。

 アメリアやステラが十分ゆったり寛(くつろ)げる大きさだ。さっそく上がり、絨毯の上に座っていた。

『クエクエ~~!』

『クウ!』

 ふかふかの絨毯はお気に召したようである。

「すごいですね」

「そうだろう? 夜間や疲れた時など、この中で休めるよう、職人に造らせたのだ」

 ちなみに、普段は魔法で見えないようにしているが、常に車体を引いていたらしい。

 竜と車体は魔力で繫がっているようだが、目には見えない。

 部屋はここだけでなく、寝室に浴室、化粧室、台所、食堂、物置などもあるようだ。

 遠征時に、これがあったらどんなに便利なことか。羨ましく思った。

「私は竜に跨がる。飛行中、誰か、フォレ・エルフの村まで案内を頼みたい」

 誰か、というのは私かミルかランスだろう。

「はい、はーい! 私が案内したい!」

 一番に挙手したのはミルだ。頰を染め、瞳は好奇心で輝いていた。

「ミル、危ないから! 案内は私が」

 高いところは得意じゃないけれど、ミルを危険な目に遭わせてはいけない。

「お姉ちゃん、こういうの、あまり得意じゃ──むごっ!」

 余計なことを言うミルの口を塞いだ。

 ジタバタするので押さえようとしていたら、予想外の展開となった。

「俺が案内する」

 挙手したのはランスである。

「え、いいのですか?」

「ああ。竜馬車の中はあいつがいるからな。ちょうどいい」

 ランスが「あいつ」と言って指さしたのはザラさんだ。

 そうだった。すっかり忘れていたけれど、二人は喧嘩していたのだ。

 リオンさんのあとを、ランスが続く。

「お姉ちゃん、ランスとザラお兄さん、何かあったの? 喧嘩? さっきから、なんか二人がピリピリしているなって思っていたけれど」

「……」

 言えない。ザラさんとランスが私を巡って喧嘩したなどとは、私の口からはとても言えなかった。

「まあ、人には相性があるから」

「世界一優しいザラお兄さんを怒らせるって、よほどのことだよ。ランス、ヒドイやつだな」

 半分くらい私も悪い気がするけれど、黙っておいた。

 そのなんだ、ごめん、ランス。