Risou no Himo Seikatsu

Chapter II 2 [Daoist]

ギジェン家当主プジョル・ギジェンと、ガジール辺境伯家次女ニルダ・ガジールが結婚する。

その噂は、もはや噂という領域を超え、確定した未来として、王宮を出入りする貴族達の間で語られていた。

なにせ、プジョルを始めとしたギジェン家の人間は情報を隠す気が全くないし、ルシンダを中心としたガジール辺境伯家の人間にいたっては、ニルダがギジェン家の人間として問題なく迎えられるように、むしろ積極的に広報している様だ。

噂好きの宮廷雀たちは、大貴族同士の結婚式が、はたして、いつどこでどのような形で執り行われるのか、と噂話の花を咲かせている。

女王アウラの下に、ギジェン家、ガジール辺境伯家連名の面談の申し込みあったのは、そんなある日の事であった。

女王アウラが、謁見希望者を迎えたのは、日頃こうした時に使用している部屋よりも、一回り大きな部屋だった。

アウラ側はいつも通り、腹心であるファビオ秘書官と護衛の騎士達だけだが、相手は個人名ではなく、二家の連名で面会を申し込んでいるのだ。

案の定というべきか、今、アウラの対面には、年も性別もバラバラな、五人の男女が座っていた。

ギジェン家の人間は、当主であり新郎でもあるプジョル将軍と、プジョルの叔父に当たるプリモ・ギジェンの二人。

ガジール辺境伯家からは、当主であるガジール辺境伯ミゲルと、新婦であるニルダ・ガジール、そして辺境伯家の長女であるルシンダの三人。合わせて五人である。

「アウラ陛下。本日は私達の為に貴重なお時間を割いていただき、真にありがとうございます」

そう最初に切り出してきたのは、プジョル将軍である。

今回の話が、プジョル将軍とニルダの結婚式に関することだと考えれば、充当なところだ。

貴族の結婚は、家同士の結婚である。つまり、結婚する両名と当時に、両家の当主も、話の中心人物であると言える。

そして、プジョル・ギジェンは、ギジェン家の現当主にして、新郎で、なおかつ今回の結婚を画策した張本人でもある。

『両家を代表する』人間を誰か一人に定めるとすれば、やはりプジョル将軍以外にはいまい。

続いて口を開いたのは、プジョル将軍と間に少女一人を挟んだ隣に座っている、初老の領主貴族――ガジール辺境伯ミゲルだ。

「アウラ陛下。すでに書面でお知らせしたとおり、プジョル将軍と我が娘ニルダの結婚式を、王都で執り行う許可を戴きとう存じます」

初老という年齢を感じさせない鍛えられた体躯を誇るガジール辺境伯だが、流石にプジョル将軍と比べると小さい。

体型はラグビーのフォワードか、アメリカンフットボールのラインを彷彿させる肉付きのガジール辺境伯だが、身長は善治郎と同じくらい――百七十そこそこといったところだろう。

一方、プジョル将軍は、二メートルに迫る長身と、百キロを優に超える鍛えられた体躯を誇る。

それでもこうして隣り合って座っていて、ガジール辺境伯がプジョル将軍に、その存在感でさほど負けていないのは、年の功か、はたまた貴族としてはほぼ同格の当主同士という矜持か。

ともあれ、アウラは、プジョル将軍とガジール辺境伯に、等分に視線を向けながら口を開く。

「無論、書面には目を通している。プジョル卿とニルダ嬢の結婚式は、王都で上げるのだな。ガジール辺境伯はそれで良いのか?」

アウラがそう確認したのは、通常結婚式というものは、嫁入り、婿入りする側――つまり結婚を機に、地元を離れる側の地元で行うのが一般的だからだ。

結婚して地元を離れる者が、地元の家族、親族にお別れを告げる。そういう意味合いがあるため、基本的には守った方が良い風習なのである。

特に、今回のように両家の家格がほぼ同格の場合には、風習に従うのが一番無難なのだ。

それでもあえて風習に従わないのであれば、何らかの理由があるはず。

理由を聞く女王に、初老の地方領主貴族は、一瞬視線を横に向けた後、素直に答える。

「はっ。恥ずかしながら、我がガジール辺境伯領は、遙か辺境の田舎領地。王都とは距離がございます。今後のことを考えますと、娘のために王都に顔を繋いでおくべきだと考えました」

それは貴族には珍しい、あけすけな意見であった。

「なるほど、な」

そう言って頷くアウラの「なるほど」という意味は、二つある。

一つは、ガジール辺境伯の言い分に納得する「なるほど」だ。

確かに、ガジール辺境伯家は、中央に対するアプローチが少ない分、王都での影響力が低い。

親族を大事にするガジール辺境伯としては、今のうちに出来るだけ王都の貴族達に声をかけ、「我が娘ニルダを、今後ともよろしく」」と言いたいところなのだろう。

そして、もう一つは、ガジール辺境伯の視線が、ソファーの一番端に座る女――ガジール辺境伯家長女、ルシンダ・ガジールに向けられたことに対する「なるほど」である。

このような配慮は、不器用な武人であるガジール辺境伯が得意とするところではない。アイディアを出したのはルシンダなのだろう。

ただ、アウラとしては一つ懸念もある。

(プジョルのギジェン家と、ガジール辺境伯家が婚姻で繋がるだけでも厄介なのに、さらにガジール辺境伯家が中央の貴族と積極的に顔つなぎをする、か。

王家としては、決して歓迎できる流れではないのだが、ルシンダがそれに気付いていないのか?)

アウラが視線を向けると、ルシンダは目を伏せたまま小さく一つ上体を倒すようにして、首肯した。

その様子から見ると、ルシンダがこちらの懸念に気付いていないということは、なさそうだ。

(となると、後日ルシンダだけを呼び出して話を聞く必要があるな。言い訳ではなく、良い腹案が聞けると良いのだが)

懸念はあっても、この場は結婚式の話が先だ。

「ギジェン家当主とガジール辺境伯家の娘であれば、場所は王宮の『竜王の間』で問題あるまい。使用を許す」

「はっ」

「ありがたき幸せ」

女王の言葉に、両家の人間達は座ったまま、恭しく頭を下げた。

新婦であるニルダだけが一瞬その動きについて行けず、慌てて頭を下げる仕草が妙に可愛らしい。

善治郎とアウラの結婚式も執り行った『竜王の間』は、王族とごく一部の高位貴族の婚姻の儀にだけ使われる部屋である。

そのため、『竜王の間』で結婚式を挙げると言うのは、非常に名誉なことであるのだが、肝心の新婦であるニルダだけが、そのことの重さを実感していないようだった。

「結婚式の責任者は、ギジェン家がプリモ。ガジール辺境伯家は辺境伯と、ルシンダということで良いのだな」

女王の確認の言葉に、一同は揃って同意を示す。

「はい、当主自身の結婚式であるからにして、私が名代としてギジェン家の代表を務めさせていただきます」

そう言って頭を下げたのは、これまでずっと無言でプジョル将軍の隣に控えていた、中年の男である。

年の頃は四十代の後半ぐらいだろうか。隣に座っているプジョル将軍と比べれば明らかに小さいが、それでも百八十の半ばくらいはあるだろう。十分に長身と言える体格である。

だが、その体格の割には、あまり威圧感や迫力を感じさせない。

実際、その見た目の印象を裏切らず、プリモ・ギジェンは凡庸な男である。武人としても、為政者としても、ギジェン家という高位貴族としては、少々不足していると言わざるを得ない。

だが、女王アウラは、そんな平凡な男が大貴族同士の結婚式を取り仕切ると聞いて、むしろニヤリと笑みを浮かべる。

「噂に名高いプリモ・ギジェンの手腕、楽しみにしているぞ」

「ははは、陛下にそう言われては、張り切らざるを得ませんな。このプリモ、全力を尽くすことをお約束致しましょう」

女王の言葉に、冴えない中年の男は不遜な笑みを持って応えた。

武腕、部隊指揮、政務、あらゆる意味で平凡以下なプリモだが、カープァ王国の貴族ならば、知らぬ者がいない『道楽者』なのである。

ギジェン家の豊富な財力を背景に、気に入った楽師、踊り子、画家などのパトロンになり、美酒、美食にも目がないという、ある意味王国で一番人生を楽しんでいる男だ。

非常な浪費家であり、非生産的な道楽者であるが、同時にその真否眼は確かであり、『同好の士』と言う形で思いがけない人脈を持っていたりもする。

そのため、プリモの兄である先代ギジェン家当主も、現当主であるプジョル将軍も、一定の予算内でこの道楽者の親族を自由にさせているのである。

そして、そんな道楽者にとって、こうしたイベント事は、まさに本領を発揮する場だ。

趣味に走りすぎて収拾が付かなくなると言う懸念事項もあるが、そこはガジール辺境伯とルシンダが御してくれることだろう。

「問題は、日時だな。希望では一ヶ月後ということになっているが、ギジェン家、ガジール辺境伯家ほどの大家の結婚式には、少々準備期間が短すぎるのではないか? 来年というわけには行かぬのか?」

活動期も残すところあと二ヶ月。二ヶ月後には雨期がやってくる。地方からやってくる参列者の帰り道のことまで考えると、今年中に結婚式を行うのであれば、一ヶ月後がデッドラインなのは事実である。

しかし、アウラが眉をしかめるのも無理はない。

大貴族の結婚式の準備期間が一ヶ月というのは、流石に短すぎる。善治郎とアウラのような、差し迫った事情がない限り、王族や高位貴族の結婚式というのは最低でも半年、場合によっては一年以上の準備期間を持つものだ。

ギジェン家、ガジール辺境家の用意が調ったとしても、周りとの折衝という問題もある。

現在は活動期後期。現代日本に当てはめると、冬。人々の活動が一番活発な時期なのだ。当然、この季節に結婚式を挙げる貴族は、彼らだけではない。

例えば、プジョル将軍とニルダが『竜王の間』で結婚式を挙げている同じ日に、別な貴族が自分の王都屋敷で結婚式を上げたりしていたら、その結婚式の参列者数は非常に寂しい状態になるだろう。

そうした事態を防ぐためにも、影響力の大きい王族や高位貴族は、長期計画で動くことを求められるのだが、あいにくとプジョル将軍はそうした大貴族の常識よりも、自分の都合を優先する男である。

「ふむ。決まった以上は、出来るだけ早めに、と思ったのですが」

プジョル将軍としては、少しでも早くニルダを自分の妻に迎えて、ガジール辺境伯家と縁戚になってしまいたいのだ。

地方の雄であるガジール辺境伯家の存在を後ろにちらつかせることが出来れば、今まで出来なかったことも、色々可能になる。

だが、太い首を傾げるプジョル将軍の横で、叔父のプリモはグッと体を前に乗り出し、女王に賛同する。

「仰るとおりです、アウラ陛下っ。 プジョル、やはり一ヶ月は短すぎる。万全を期すためにも、結婚式は来年の活動期まで待つべきだっ!」

凡庸な容姿からは想像も付かない、叔父の熱い語りに、プジョル将軍は、苦笑を隠せない。

「叔父上は、ご自分の趣味を満たす時間が欲しいだけでしょう」

「それは否定しない。一ヶ月では、せっかくの結婚式だというのに、式場を飾る彫刻や絵画、椅子や机も、今あるモノを流用するしかない。だが、一年の猶予があれば、結婚式に合わせた最高のモノを作ることもできる」

グッと拳を握りしめて、熱く語るプリモは、隣に座るプジョル将軍の巨体越しに、ニルダの顔を見て付け加える。

「ガジール辺境伯家のお嬢様を、ギジェン家当主夫人として迎えるのだ。恥ずかしい式にはできないぞ」

ねっ、と笑いかける将来の義理の叔父に、ニルダは困ったように笑い返す。

「あ、いえ、私は別に……」

物心つくまで村で育った、即席栽培貴族であるニルダには、美術品の真否眼のような比較的必要性の低いスキルが不足している。

ハッキリ言えば、今あるモノを流用しても、自分とプジョル将軍用に最高の一点ものを用意されても、ニルダにはその違いが分からない。

戸惑う娘を助けるように、隣に座るガジール辺境伯も口を開く。

「そうだな。プジョル卿の希望であれば、一月後でもこちらはどうにか合わせるが、正直来年の活動期まで時間を貰えた方がありがたいのは確かだ」

それは、当然の意見であった。娘を嫁がせる側としては、出来るだけ華やかに、愛情を可能な限り見える形にして送り出してやりたいものなのだ。

そのためには、時間はあるにこしたことはない。

結婚式の責任者である、叔父と相手の家の当主、さらには自国の国王にまで揃って、来年が望ましいと言われれば、プジョル将軍としても持論を押し通す気はない。

「承知しました。そういうことならば、来年で結構です。

ニルダ、すまないな。君を妻として迎えるのは、もう一年遅くなりそうだ。この埋め合わせは、必ずするから勘弁してくれ」

野太い笑顔でそう言ってくる将来の夫に、小さな少女は吃驚したように大きな目を見開いた後、一点の邪気もない満面の笑顔を浮かべる。

「はいっ、お待ちしております、プジョル様」

◇◆◇◆◇◆◇◆

プジョル将軍とニルダの結婚式の場所、開催時期が大枠で決まったところで、本日の会談は終了となった。

女王アウラに対して最後の挨拶を述べ、皆が去って行く中、一人プリモ・ギジェンは思い出したように、アウラに告げる。

「アウラ陛下。最高の結婚式にするため、陛下に一つご協力を、お願いできますでしょうか? とある人物への紹介状を書いていただきたいのですが」

あっさりと言っているが、このあたりは流石、プジョル・ギジェンの叔父と言うべきかも知れない。

通常、女王陛下に「ついでにお願い」をするような厚かましくも、行儀の悪い真似をする者は少ない。

プジョル・ギジェンは野心のため、プリモ・ギジェンは道楽のため。欲するものは真逆だが、自分の欲望のためならば、多少の礼儀や慣例など歯牙にもかけない辺りは、一脈通じるものがある。

アウラとしても、プリモの言葉は怒りや呆れよりも、好奇心を刺激されたのか、苦笑しつつもヒラヒラと手を振って、無礼は不問とした上で、問い返す。

「ふむ、紹介状を書くのはやぶさかでは無いが、少々意外だな。画家か彫刻家か知らぬが、我が国に今更貴様が、他者の紹介を必要とする芸術家や職人がいるとは思わなかったぞ?」

女王の言葉を、プリモは満面の笑みを持って首肯する。

「はい、その通りでございます。ですが、流石に私めも、『国外の方』にはまだ、お仕事を依頼できるほどの誼を結べておりませぬ故」

『国外の方』。その言葉だけでアウラにはピンをきた。

「……どっちだ?」

大胆にも、他国の王族に、仕事を依頼しようとしている道楽者に、アウラは大袈裟な溜息を漏らしつつも、制止しようとは思わない。

あの王子と王女は、どちらも性根が芸術家、職人のたぐいだ。腕を見込んで仕事を依頼されて、喜ぶことはあっても、不快に思うことはあるまい。

短く問いかける女王に、道楽者は間髪入れずに答える。

「お許し戴けるのでしたら、どちらにも」

それも予期していた答えではあった。しかし、王女はともかく、王子とこの道楽者を自由に会話させるのは、少々不安が残るというものだ。

女王はわざとらしく一つ深い溜息を吐き、低い声で告げる。

「紹介状は無しだ。代わりに、面会の場をこちらで用意する。私か、婿殿が同席する故、ゆめゆめフランチェスコ殿下とボナ殿下に粗相の無いように気をつけよ。良いな?」

「ははあ、承知致しましたッ」

女王の言葉に、プリモ・ギジェンは満面の笑みを隠すように、深々と頭を下げるのだった。