最後の橋頭堡(きょうとうほ)は、支配種の遠距離攻撃が届かない場所に設置する。

といっても、長期間使用するわけではない。

使うのはほんの数日。

周辺の月魔獣を掃討し、危険の排除はする。

だがそこは基本的に、休息をとり決戦で傷ついた者が逃げ込める場所でありさえすればいい。

避難所の意味合いが強いのだ。

そういう考が元になっているため、場所として選ばれたのは、高い岩山の上だった。

そこは魔国の王族が避暑に訪れるために造られた宮殿で、万一政変があったときに逃げ込めるよう、頑丈な造りにもなっている。

場所柄か、月魔獣にもほとんど荒らされていないため、修復も容易。

それほど日数がかからずに利用できるようになった。

そう、ついに最後の橋頭堡までの道のりも確保できたのである。

半月ほど利用していた二つ目の橋頭堡。

頑強な砦とも、あと数日でおさらばである。

僕は出立の準備に忙しい面々を眺めながら、アンネラと竜舎に来ていた。

「ようやく引っ越しか。長かったのか、短かったのか」

「ここからはもう、待ったなしですね」

「そうだね。シャラザード、頼むぞ」

『うむ。すべて我に任せればよい』

『なんだい、相変わらず口だけは達者だねえ』

『何を言う。そんなこと、我に負けたお主に言われたくないわ』

『勝った? まあ、そういうことにしておこうかねえ』

『んだと!? 正真正銘、我が勝ったわ』

『だったら、たしかめてみるかい?』

『よかろう。ならば戦争だ』

「わぁー、ターヴェリさん。落ちついてください」

「シャラザード、いま身内で戦ったら、餌はなしだからな」

『ぐぬぬ……しかし、主よ』

「その辺の草でも食って、飢えをしのぐか?」

『いや、あれはすこぶる不味い』

「だったら、大人しくするんだ」

『うぬぬ……』

シャラザードとターヴェリの仲は回復した……と思うのだが、いまだ口げんかは絶えない。

それでも実力行使に及ばないだけ、マシなのかもしれない。

ちなみにシャラザードは過去にいろいろやらかしているので、そのとき餌抜きにされたことがある。

その時は、腹が減ったらしく、外で草を食んでいた。

泣いていた。

「準備は明日中に終わるらしい」

「では、出発は明後日なんですね」

「いや、明後日は壮行会みたい」

「そうなんですか?」

「といっても、大規模なものじゃない。そして夕方からは宴会だ」

「宴会ですか。楽しそうですね」

「最後の晩餐ってところかな。壮行会をやっている間に料理部署が食べきれないほどの料理を作るらしいよ」

「それは楽しみです、レオン先輩!」

アンネラは無邪気に喜んでいる。

最終決戦が近くなって、一般の兵だけでなく竜操者たちの間でも悲壮感が溢れてきていた。

それもこれも、月魔獣の支配種が知的な動きを見せたからだ。

野獣と変わらないと思われていた支配種だったが、最近になって、戦術的なものを考えるようになった。

裏をかかれることはないと思うが、こちらが想定していた被害を上回る可能性が出てきた。

その中のひとりに入るんじゃないかと、彼らは心配なのだ。

だから彼らは不安を紛らわすため、黙々と準備をしている。

何もしていないと、不安に押しつぶされるからだ。

僕はアンネラを誘って竜舎に来たのも、アンネラの精神を慮ってのことだったが……。

「料理って何が出るんでしょうね、レオン先輩。楽しみです」

意外と元気だった。

『アレとともに戦えるゆえに、怖くないのであろう』

僕の心情を理解したのか、シャラザードがそんなことを言った。

ターヴェリの強さを信じているアンネラにとって、不安なのは自分がその力を引き出せるかどうかだけらしい。

アンネラが萎縮したり、気負わない分、ターヴェリも実力を発揮できる。

このコンビならば、いい結果が残せるのではなかろうか。

一方僕はといえば……

『主はいつも変わらんのう』

「そうかな?」

『うむ。まったく変わらん』

ということらしい。

それが僕が命のやりとりに慣れているからだろう。

いつも冷静でいられるよう、父さんから嫌と言うほど訓練を受けた。

というわけで、属性竜を駆る僕ら三人。

軍人のソウラン操者、ターヴェリを信頼しきっているアンネラ、そして何事にも動じない僕。

もしかしたら、最高の布陣かもしれない。

翌日、壮行会が開かれた。

副操竜長の挨拶のもと、面倒な式典はすべてすっとばし、各部隊の現状報告と今後の確認が行われた。

そして戦いに赴く者たちへ激励の言葉が投げかけられた。

みなは明日出発する。

最後の橋頭堡に到着したら、数日間の休息がある。

その後、最終決戦へ向けての進撃を開始する。

「さあ、今からは無礼講だ。みんな思う存分楽しんでくれ」

広い大会議室に、これでもかと並べられた料理の数々。

お酒の数々。

一晩で消費しきれるのかと思う分量だ。

副操竜長の言葉が終わるやいなや、みな料理や酒に殺到した。

そこには階級や職種、熟練新兵の差はない。

副操竜長が言ったように、ここからは無礼講だ。

ここにはともに死線に赴く同志しかいない。みな平等なのだ。

「ようし、僕も」

僕はみなに負けじとテーブルに駆け寄り。

パンに手を伸ばした。