Sacred Chevalier

Episode IX: Strategy and Tactics

神聖フェルシス王国は西方中央部に位置している。北には敵対しているトルマキア帝国、南東には友好関係を保つウェロス大正教国がある。西はアトラス大洋が広がり、軍港都市ロダを中心に、トルマキア海軍と睨み合っている。東には、別名「スパイス・ロード」と呼ばれる大陸公路が、中央域から東方に向けて伸びており、幾つかの都市国家と繋がっている。そして南西には、アルザス山脈が広がっている。その先は、アトラス大洋に突き出す半島があり、蛮族地帯となっている。アルザス山脈があるため蛮族地帯からの侵入は殆どなく、麓の広大なアルザス大森林は動植物の宝庫となっている。

「このように、アルザス大森林は古来より、猟師たちの狩場となっていました。広大な森林は未だに踏破されておらず、不明な場所もあります。これから一週間後、二学年生とともに行軍訓練を行なうべく、この大森林に向けて出発します。王都からおよそ十日で、森林北側の集落ルカに到着し、そこから南下、途中で東に向けて進路を変更し、扇型を描く形で王国最南端の街リューンを目指します。ルカまでは合同で進みますが、そこから先は聖騎士(パラディン)三名、英雄(シュヴァリエ)一名を基本としたチームを形成し、チーム単位での行動となります」

「教官殿」

ソフィア・ヴォルファルトが挙手した。凛とした美貌に相応しい、騎士のような喋り方で質問する。このクラスの担任であるエルネスト教授が頷く。

「先程のご説明では、アルザス大森林は未踏破とのことでした。しかしこの行程は、大森林を縱橫断するものと考えますが?」

教室内がガヤガヤとする。質問を受け、エルネストが解説した。

「確かに縱橫断をしますが、深部には進みません。アルザス大森林内には、山脈から流れる川が走っています。川の向こう側が大森林の深部地帯となります。深部地帯では、危険な猛獣が確認されています。」

「具体的にはどのような獣が出るのでしょう?」

「狩猟組合(ハンティングギルド)が公表している情報では、血塗られし巨熊(ブラッディエビルベア)、白銀牙虎《ホワイトファングタイガー》などの猛獣が出るそうです。ですがそれらはいずれも百年以上も前に、最深部で目撃されたというだけで、実際に確認されたわけではありません。鹿や猪などは普通に遭遇するでしょうが、近年では普通の熊ですら、あまり見かけなくなったそうです。川を超えない限り、危険はありません」

「ご説明、感謝します」

ソフィアが座る。カイトは誰と組もうかと悩んだ。入学してから三ヶ月、自分が浮いていることはカイトも自覚していた。思ったことを率直に述べ、正しいと思うことをやっていただけなのだが、それが摩擦を産んでいた。

「カイトはもう少し、時と場、そして言い方を考えたほうがいいね。特に君は、女性(レディー)の扱い方が下手だ。言われたほうが傷ついたり、感情的になったりしたら、結局は、カイトも損すると思うよ?」

ステファンは、たまにキザなところはあるが、精神的にも貴族であった。誰とでも分け隔てなく付き合うため、聖騎士(パラディン)候補生たちから人気がある。一方、カイトは嫌われているというよりは畏れられていた。聖騎士候補生たちは美少女が多いが、中にはそうではない女子もいる。某男爵家の次女に対しては「何を喰ったらそんなに太れるんだ?」と真顔で聞いてしまい、酷く嫌われてしまった。

「あの… カイト君。良かったら… その…」

ロクサーヌが話しかけてきた。他の聖騎士候補生からは白い目で見られているカイトだが、普通に話しかけてくる女子が三人だけいる。保健体育の授業で、最初に組んだエルフィーナとソフィア、そしてロクサーヌだ。エルフィーナな高度にまとまった優等生タイプだが、ソフィアは騎士然とした態度で、時として美男子にさえ見えてしまう。そして三人の中で一番豊かな胸を持つのがロクサーヌだ。気弱でオットリした性格で、押しに弱そうである。カイトはこの三人とは普通に話すことが出来た。三人が「カイトとはそういう男」と受け入れてくれたからだろう。

「ロクサーヌ、俺からお願いするよ。行軍訓練でパーティーを組んでくれ」

ロクサーヌはニッコリ微笑んだ。可愛らしい笑顔を浮かべる首から下は、牡を悦ばせるためだけにあるような躰がある。今回の行軍訓練中に、この躰を喰えるかもしれない。獣欲が湧き上がる。

「君は相変わらず、下半身で物事を考えているようだな?」

後ろから声が掛けられた。ソフィアである。

「俺は優秀な英雄(シュヴァリエ)だからな。性欲が強いとは、すなわち生命力が旺盛だということだ。褒め言葉として受け止めておこう」

そう嘯く男に、ソフィアは溜息をついた。言っていることは間違ってはいない。だが限度というものがある。この男は四六時中、性交のことばかりを考えているのではないか、とさえ思えた。

「まぁ、君が優秀なことは認めよう。なんだかんだ言いながら、体力は学年どころか学院内でもトップレベルだし、座学の成績も良いそうじゃないか。あれだけ教官に食って掛かっていながら、ちゃんと成績は修めているから不思議だ」

「俺の師匠が優秀だったんだよ。そんな話より、どうだ。ソフィアも一緒にパーティーを組まないか?」

ソフィアは気まずそうに頬を掻いた。

「済まない。もう声が掛けられているんだ。私とエルフィーナは、カルロス・ロドリゲスのパーティーに加わることになった。済まないな。だがこれは、良い機会じゃないか。君は私たち以外の女子とは関わりが少ないと聞いているぞ? これを機会に、交流の幅を広げたらどうだ?」

「でしたら、私に心当たりがありますよ?」

カイトには、心当たりはない。ここはロクサーヌに任せようと思った。

「彼女はサーシャ・グルップ。そして彼女はエルザ・ファランクス。クラスは違いますけど、同じ学年の聖騎士(パラディン)候補生ですよ?」

目の前には銀髪の子供と、赤い髪と気の強そうな瞳の女子がいた。

「私はサーシャ。どこのパーティーにも誘われていない。だから貴方のパーティー入ってあげる……」

サーシャという、どう見ても十二、三歳にしか見えない女の子は、無表情で意思表明をした。そして気の強そうな瞳と紅い髪を持つエルザという女性は、腕を組んでカイトを睨んでいる。

「アタシはエルザ、言っておくけど、アタシは引く手あまただったんだから!ロクサーヌがどうしてもって言うから、仕方なくアンタとパーティーを組んであげるのよ? 感謝なさい!」

パーティーの単位は、英雄一人に三人の聖騎士と決められている。他に伝手のないカイトとしては、ロクサーヌが連れてきた二人で納得するしか無かった。

「あぁ、解った解った。感謝するよ。さて、では早速、準備を始めるか」

するとエルザが素っ頓狂な声を上げた。

「はぁ? アンタ、なに言ってんの? 出発は来週よ? 顔合わせが済んだんだから、あとは出発日でいいじゃない」

だがカイトは首を振った。

「お前たちはそれでいいだろう。聖騎士(パラディン)だからな。だが俺は英雄(シュヴァリエ)だ。お前たちが安心して行軍できるように準備するのが俺の役割だ。お前たちはもう帰っていいぞ。俺はちょっと行くところがある」

三人が顔を見合わせた。勝手に進めようとするカイトに、エルザが怒りを向けた。

「ちょっと待ちなさいっ! 勝手に話を進めて…… アタシたちのためですって? 誰がそんなことを頼んだのよ? アンタは大人しく従っていればいいのよ!」

「では聞くが、お前は食料や水などはどうやって確保するつもりだ? 前後左右も解らなくなる森林の中で、どうやって方向を定めるつもりだ? 行けばなんとかなるとでも思ってるのか?」

「な、なによ…… そんなの先生たちが準備して…」

「そんなこと言ってたか? ルカからリューンまではチーム単位の行動としか聞いていないぞ? 未知の土地に行き、見知らぬ森の中を何日も歩くんだ。 なんでお前はそんなに楽観的でいられるんだ?」

「あ、あの… 喧嘩はしないで…」

弱気ながらも、ロクサーヌが仲裁しようとしてくる。サーシャはカイトを見上げながら無表情に意見してきた。

「カイトは英雄(シュヴァリエ)なんだから、私たちにもキチンと共有すべき。自分だけ情報を独占して、後は俺について来いというやり方では、人は動かない」

サーシャを見下ろす。見た目は子供だが、考えるべきことはしっかりと考えているようだった。これなら十分に頼れるだろうと判断した。カイトは三人に視線を向けた。

「これから行くところは、学院長室だ。それでも付いてくるか?」

それを聞いた途端、サーシャは逃げ出そうとし、エルザは青くなった。

「それで、担任ではなく私のところまできたわけね?」

王立騎士学院長のレダは机に両肘を載せて手を組んだ。

「入学式において学院長は、学内で解らないことがあれば聞きに来いと仰られました。今回の行軍訓練は学院の行事です。それで解らないことがあれば、質問しても問題ないでしょう?」

「確かにそうね。ただ、どうして担任ではなく私なの?」

「今回の行事には、些か不穏な匂いを感じたからです。昨年までは二学年だけで行われていた行軍訓練が、今年は一学年も参加する。単純計算でも参加人数は倍になり、それだけ費用も掛かるはずです。にも関わらずそう決めた。なにか理由があるのでは?」

学院長は感心したように小さく拍手した。

「本当に残念だわ。貴方がもう少しマトモな性格だったら、稀代の英雄(シュヴァリエ)になれるでしょうに… 理由は一学年のうちに聖騎士や英雄の厳しさを体験させることで、今後の学院生活を引き締めるため… 表向きわね」

「…で、本音は?」

「約一名、生意気な生徒がいる。その鼻っ柱を圧し折り、自らの浅はかさを思い知らせてやる… かしらね?」

カイトは苦笑いした。だがこれは好機とも判断した。ここで予想外の成績を残せば、今後の学院生活が快適になるのではないかと考え、小さく笑った。他の三人は緊張のためかカチカチになっている。カイトの笑みの理由を、レダは正確に見抜いていた。

「言っておくけど、たとえ貴方たちが一番だったとしても、メデタシメデタシで終わるとは限らないわよ? 何しろ、この行軍訓練を考えたのは私なのだから…」

「なるほど。では意地悪… 失礼、厳しい内容になるのでしょうね?」

「さぁ? ただ貴方たちだけを特別扱いはできない。行軍訓練の内容は、教授陣や三学年生たちにも箝口令を敷いている。限られた情報の中で、できることをするしか無いと思うわよ?」

「かつて、俺の師匠はこう言いました。情報収集を怠る者は、愚か者である。これさえ知っていれば… と後から嘆いてももう遅い。“出来ること”を効率的に行うことを戦術と呼び、“出来ること”を増やすことを戦略と呼ぶ」

「…懐かしいフレーズね。私がまだこの学院生だった頃に、ある英雄(シュヴァリエ)から同じ言葉を聞いたわ。ならばもう何も言わないわ。貴方は英雄(シュヴァリエ)なのだから、自分の役目をしっかりと果たしなさい」

カイトは頷いた。学院生ではなく、英雄(シュヴァリエ)として動いて構わない、という意味と受け止めた。これで大分、動きやすくなった。

学院長室を出たカイトの後ろに、三人がついてくる。談話室に入ると、エルザが聞いてきた。小生意気な表情に、若干の畏敬が浮かんでいる。

「アンタ、一体何者なの? 学院長とあんなに対等に会話ができるなんて、普通じゃないわ」

「まぁ俺の場合は、少し特殊な入学だったからな。お前たちよりも、学院長に慣れてる」

「それで、今後の計画は?」

サーシャの発言で、話題が切り替わった。談話室の机を四人が囲む。カイトは銅貨を二枚、机においた。

「ここが王都イスタローン、そしてこっちが、行軍訓練が開始されるルカの集落だ。王都からの移動距離はおよそ十日間。恐らく途中で、二箇所ほどは街にも寄るだろう。ルカから最も近い街で、干肉や干し野菜、塩類など必要な食料、物資を調達する」

「カイトさん。ルカの集落で調達するのは、ダメなんですか?」

「一、二学年生合計四百名が集落に入り、一人一週間分の食料を調達しようとする。地方集落の店に、そんな在庫があると思うか? あったとしても俺なら、値を上げて売るだろうな」

「…浅ましい。やっぱり、アンタは平民ね」

貴族の「四女」であるエルザは、フンッと鼻で笑った。だがサーシャはカイトの意見を肯定した。

「欲しがっている人がたくさんいるのなら、値を上げるのは当然。私の実家もそうしてる」

「…サーシャ、お前の実家は商売をやってるのか?」

「うん。グルップ商会っていう店をやってる。私はそこの三女。一番目のお姉ちゃんが婿を取って商会をついで、二番目のお姉ちゃんは別の商会に嫁いで、三番目の私は聖騎士(パラディン)になって行き先探し…」

「そ、そうか。頑張れよ。…と、待てよ? グルップ商会? あの、中央通りにデカイ店を構えている、アレか?」

「そうよ。サーシャは王国屈指といわれるグルップ商会会頭、レオナルド・グルップの娘なの。そしてアタシは、王国北方を預かる大将軍ベルガラード・ファランクスの娘よ!」

「そうか。俺は鍛冶師ドレイグの長男だ」

ウザい女だと思いながら、カイトは直接指摘せず、自分の父親を紹介する形を取った。これまでの僅かな経験から、直截的表現は人との摩擦を生みやすいと理解したからだ。

「そ、そう。あまり聞いたことがないけど、凄い鍛冶師なの?」

「いや、腕は良いと思うけど、あまり有名じゃないな。まぁそれよりも、グルップ商会のツテで、ルカの集落で荷物を受け取れるように、注文することはできるか?」

「できると思う。本店を切り盛りしている番頭のマルコは、私に甘い。利益度外視というわけにはいかないだろうけど、お願いすれば何とかしてくれると思う」

「カイトさん、何を考えているんですか?」

カイトは机の上の銅貨を取りながら説明した。

「簡単に言えば、英雄(シュヴァリエ)としての役割をどう果たすかだ。まず、王都で今回の行軍訓練に必要な物資を注文する。それをルカで受け取る。資金については、取り敢えず俺が建て替えよう。幸い、多少の手持ちはあるからな」

「四人が一週間、森の中を進むのであれば、食料だけでは不足。替えの靴や水袋、雨露をしのぐための天幕なんかも欲しい」

「食料も選ぶ必要があるわよ? 干し肉だけなんて嫌よ。干し野菜やパン、そして何よりも、塩が必要ね。本当はバターやチーズが欲しいけど、担いで進むことを考えたら、あまり贅沢は言えないわね」

「カイトさんが以前言われていた、何人かの英雄(シュヴァリエ)でまとめて動くというのはダメなのでしょうか?」

「無理だな。資金的な問題もそうだが、俺たちは今、推測で動いている。もし、ルカの集落で食料が用意されていたらどうする? 仕入れた物がムダになる。この懸念を払拭するだけの説得材料は無い」

三人の聖騎士候補生が、顔を見合わせる。ならば何故、この議論をしているのだろうか。カイトは笑みを浮かべて理由を述べた。

「あの意地悪残念美人が、そんな単純な訓練をするとは思えないからだよ」

騎士学院長のレダは、先程来た四人組を思い出していた。自分が学院生だった頃、同じような行動を取った英雄(シュヴァリエ)候補生がいた。彼は言った。

…限られた選択肢の中で、最良の成果を掴む方策を戦術という。選択肢を増やしたり、選択する必要性を無くしてしまう方策を戦略と呼ぶのさ。いまはできるだけ、選択肢を増やすべきだ…

彼の言葉通り、自分たちは圧倒的な速さで森を抜け、後続を待つ間、リューン観光で盛り上がった。自分の親友は、その時に彼と結ばれた。そして今、彼女を通じて「あの英雄」の薫陶を受けた候補生が再び、同じことをしようとしている。

「楽しみだわ。彼は何を見せてくれるのかしら…」

…聖騎士(パラディン)は剣であり盾である。その力は強力で、戦の勝敗を左右するものだ。だがそれは戦場という場面で発揮されるものであり、どこまでも“戦術的兵器”に過ぎない。ならば英雄(シュバリエ)の存在とはなんだろうか? 単に聖騎士(兵器)の手入れ係だろうか? 否である。英雄(シュバリエ)は“戦略的兵器”としての存在にならなければならない。それを実現させた者こそが、“真の英雄”なのだ…

亡き友人を思い出し、レダの瞼は少しだけ熱かった。

「これはこれはお嬢様、そして御友人の皆様方、グルップ商会本店にようこそいらっしゃいました」

グルップ商会本店の支配人にして筆頭番頭であるマルコ・ボルフェスは、人懐っこい顔に満面の笑みを浮かべていた。背は平均より少し低く、丸顔で目尻も下がり、いかにも人が良さそうな顔をしている。サーシャも珍しく、口角を上げていた。

「マルコ、今日はお願いがあって来たの」

「私で出来ることがあれば、何なりとお申し付けください」

店の奥に通されたカイトたちは、順番に自己紹介し、椅子に座った。カイトは早速、交渉を始めた。

「塩漬け肉、干し野菜、乾燥固パン、塩、硬チーズ、天幕、毛布、短剣… まるで何処かに、冒険にでも行かれるようですな」

「かなり近いです。アルザス大森林を抜ける行軍訓練が行われます。聖騎士(パラディン)英雄(シュバリエ)としての力量が問われる課外授業です。ルカの集落から出発することになりますが、昨年より参加人数が倍になります。ルカで仕入れることは難しいと判断し、手配をお願いに来ました」

カイトの説明に、マルコは感心したように頷いた。これが普通の授業であれば、必要物資は学院側が用意して然るべきだ。だが聖騎士、英雄の授業であれば、調達から学ばせようとするだろう。そうでなければ、英雄の勉強にならないからだ。

「四百人の人間が、一週間分の食料を調達しようとするのです。ルカの街では一時的に、物価が高騰する可能性があります。王都で調達しておけば、それを避けることもできるでしょう。適正価格で構いませんので、売っていただけませんか?」

「マルコ、お願い。パパの許可が必要なら、私から…」

「いやいや、その必要はありません。流石は、お嬢様の御友人です。立派に、商売の話ができています。カイト様の御判断は正しいと、私も思います。学院が準備をするのなら、物資調達の話などが私の耳にも入っているはずです。ですが、そうした話は聞きません。恐らく、戦場での物資調達の難しさを、英雄候補生の方々に学ばせよう、という判断なのでしょう。万一にもお嬢様を飢えさせでもしたら、私は会頭からクビを言い渡されてしまいます。必要物資の調達と輸送、確かに承りました。金額は…」

マルコは算盤を弾いた。一週間分の食料と輸送費用、その他の備品類の単価を弾く。

「ルカへの輸送料や短剣なども含めますと、それなりのお値段になります。ざっと見積もって、二万クローネですな」

金貨二十枚である。貴族のお嬢様であるエルザでさえ、この金額には驚いた。サーシャが何か言おうとしたが、カイトはそれを止めた。黙って目の前の番頭を見つめる。学院生に手の届く金額ではない。敢えてその金額を出したのは、何か理由があるはずであった。数瞬後、マルコはピシャリと自分の額を叩いて笑いだした。

「私としたことが、情報料を計算することを忘れていました」

再び算盤を手にする。珠を弾きながら、カイト以外の三人に説明するように呟く。

「いやいや、良い情報(コト)をお聞きしました。ルカの街で物価が高騰するとなれば、そこに物資を運び込めば、大きな利益が期待できます。お話では、一学年の参加が決まったのは二週間前とか… いきなり人数が増えたのですから、ルカのほうでも物資を揃えるために動きはじめる頃でしょう。当商会がいち早く動けば、それだけ利益が期待できますな。この情報料を差し引くと…」

算盤を弾く指が止まった。マルコはニッコリと微笑んだ。

「銀貨一枚、百クローネで、お引き受けしましょう」

店を出るまで、マルコは見送ってくれた。カイトは丁寧に礼を述べた。自分の話はどこまでも推測に基づいている。それを承知の上で、値を下げてくれたのだ。商会全体にとっては、二万クローネなど端金だろう。だが商人は、損する取引は決して応じない。それなのに、ただの学院生であるカイトの話を聞いて、それに乗ってくれたのである。

「感謝します。この恩は忘れません」

「いやいや、貴方様の話が面白かったからですよ。もし恩を感じて下さっているのであれば、どうかお嬢様をお願いします。会頭にとっても私にとっても、お嬢様は大事な娘なのです」

カイトは力強く頷き、もう一度、頭を下げた。後にグルップ商会は、大陸最大の大商会へと飛躍する。その最初の契機がこの取引にあったということは、後世の歴史家が一様に認めるところである。