Saikyou Juzoku Tensei ~Cheat Majutsushi no Slow Life~
Sixty-seven stories Empty Ear Length Army ③
木偶竜ケツァルコアトルに乗ってファージ領を出発してから日を跨ぎ……ついに月祭(ディンメイ)の当日となっていた。
「さすが、天空の国というだけはあるな」
俺は目前の光景を目にしながら、そう口にする。
天空の国(アルフヘイム)は、俺がこの世界に来てから見た中で最もファンタジーらしい外観の街であった。
巨大な大陸が雲より上空に浮かんでいることも勿論そうだが、街一帯が白い建物の連なりであり、巨大な建造物のようで美しかった。
そして何より、背後に聳える虹色の葉をつける規格外なほどの高さを誇る巨大樹に圧倒された。
幅もあるが、高さだけで東京タワーの十倍以上はある。
高いはずの城壁が、背後の巨大樹と比べればまるでミニチュアの玩具である。
……俺はここに住まう最高魔術適性を秘めるという種族、ハイエルフ達を敵に回さなければならない。
和解はないだろう。
かつてアルタミアの塔で出会ったデヴィンがそうだったように、ハイエルフは他種族を自身と対等な立場だとは決して認めない。
この天空の聖域へと侵入した異物を、きっと許しはしないだろう。
……木偶竜ケツァルコアトルにはジュレム伯爵の魔力を覚え込ませたオーテムを乗せているが、まだ反応はない。
まさか、ここまで来て外したなんてことはないだろうなと自問する。
いや、天空の国(アルフヘイム)は広大だ。
隅から隅まで飛び回るまでは、ここにジュレム伯爵がいないとは断言できない。
それに……天空の国(アルフヘイム)まで来ると、地上からでも大きく見えた月(ディン)が、明らかに異常な大きさになっていた。
普段の二十倍はある。
このペースで近づいてきているのならば、いずれこの星へ落ちてくるのではないだろうかと見ていて不安になってくる。
月(ディン)が関連しているのは、少なくとも間違いではないはずなのだ。
とりあえず感知が確実に働くよう、木偶竜ケツァルコアトルの速度を大幅に落とすことにした。
ついに天空の国(アルフヘイム)へと入り込んだところで、ハイエルフ達が建物から出て来始め、俺を指差して何かを叫んでいた。
距離があり過ぎて、何を言っているのかはわからないが、友好的でない事だけは想像できた。
「পুতুল(人形よ) দখল(踊れ)」
俺は傍らの六つ腕のオーテム……バビロン8000へと杖を向けて操る。
これは元々イーベル・バウンという悪魔の抜け殻の木を用いた木偶人形であり、戦闘能力に秀でている他、悪魔特有の思念波を放つことができる。
これで、遥か下方のハイエルフ達へと俺の声を聞かせることができる。
「聞いてくれ! ここへ来たのは、争うためじゃあないんだ! どうしても俺は、ここで捜さないといけない娘がいるんだ! 無理な頼みなのはわかっているが、通してはもらえないか!」
バビロン8000が思念波を放つ。
ハイエルフ達は思念波に怯えた様に固まったが、一部の者達が次々に杖を取り出して振るい、翼を持った馬を召喚していく。
転移魔術は距離の三乗に比例した魔力を必要とする。
魔獣ならば、転移魔術であそこまで気軽に呼び出せるはずがない。
恐らくあれは……ペガサスだ。
ペガサスは天空の国(アルフヘイム)にのみ生息するとされている精霊獣である。
文献でしか知らなかったが、間違いない。
精霊体は転移魔術による魔力消耗を大幅に抑えられる。
百人はいるだろう、ペガサスに跨るハイエルフ達が、木偶竜ケツァルコアトルへと飛行してくる。
皆、恐ろしい剣幕だった。
……プライドの高い彼らだ。
異種族の聖地侵犯を許すことはないだろうとわかっていた。
戦いは、避けられない。
俺は木偶竜ケツァルコアトルの表に置いていた五十のオーテムの内三体を操り、木偶竜ケツァルコアトルの縁へと配置した。
因みに、内部にもこの五倍の数のオーテムを隠しているため、木偶竜ケツァルコアトルさえ近くにあればすぐにでもオーテムの軍勢を召喚できる状態となっている。
「তুরপুন(錬成せよ)!」
俺は叫んで杖を振るい、魔法陣を浮かべた。
俺は大気中の成分と精霊を自身の魔力で変質させて好きに結合し、魔法陣から水の塊を降らせた。
継続して錬成を続け、魔法陣から滝の如く液体を垂れ流しにし続ける。
水の塊は拡散し、下へと散らばっていく。
無論、これはただの水ではない。
とんでもない粘着性を誇る水である。
ものにくっ付けば、魔力が尽きて魔術が解けて水自体が元の成分へと戻るまでは、絶対に対象を離さない。
「「「তুরপুন(錬成せよ)!」」」
四重詠唱(オーテムカルテット)が作動した。
縁に立つ三体のオーテムが光を帯び、口をガクガクと動かして言葉を発し、俺と同様の魔法陣を浮かべる。
俺と同様に、三体のオーテムの頭上からも水の滝が垂れ流しにされ始めた。
木偶竜ケツァルコアトルの下を、俺の錬成した水が雨のように降り注いでいく。
ハイエルフ達から阿鼻叫喚の叫び声が上がった。
「うわあああああああああっ!」
「なんだこれはぁぁあああああ!」
次々にハイエルフは身体に纏わりついた水に驚き、もがけばもがくほどに姿勢が固定され、ヨガのような奇怪なポーズで絶叫を上げながら惨めに落馬していった。
粘水の効かない精霊獣達が、必死に主の後を追って地へと降りていく。
「貴様ァ! 何の恨みがあって、我が同胞を無意味に辱める! 貴様の首をこの聖地に晒してうわああああああああっ!」
また一人落下していった。
ハイエルフを倒すだけならどうとでもできただろうが……ここに侵入したのは俺の都合だ。
なるべくハイエルフ側に死者を出したくはなかった。
俺は、メアとジュレム伯爵を捜しに来ただけなのだ。
横や後方から上側へと回り込んで俺へと接近を試みたハイエルフも何人かいたが、皆自動展開されている結界に弾かれて落馬していった。
ついでに俺は魔法陣を傾け、落ちていくハイエルフに錬成水を掛けておいた。
前世のゴキブリホイホイの如く床へと貼り付き、唯一動く首を物凄い勢いで振っていた。
また飛び上がってこないとも限らないからな、うん。
このまま前進しようとしたとき……妙な魔力を覚えた。
天空の国(アルフヘイム)の連なる建物の中央部には、ひと際荘厳な雰囲気を放つ、巨大な宮殿のようなものがあった。
その屋根に、虹色の光を纏う大柄のペガサスに乗った、薄い青色の髪をしたハイエルフが立っていた。
煌びやかな衣を羽織っており、頭には蔓や花を模した金の冠が乗っていた。
明らかに、他のハイエルフとは様子が違った。
そいつは空の俺を見上げると、邪悪な笑みを浮かべた。
『不愉快だな……薄汚いマーレンが、余より天に立つというのは』
思念波が俺まで届いて来た。
思念波は通常、悪魔にしか使えない。
恐らく、あの虹色のペガサスに代弁させているらしかった。