「全く、大事な時期に俺をこき使いやがって……」

俺は馬車の中で文句を零す。

「いいじゃないの、アベルちゃん。報酬は弾んだじゃない」

ペテロがあっさりと言ってくれる。

ペテロの依頼で、ディンラート王国にてクーデターを起こす準備をしていた王族アルフォンスの討伐に当たることになったのだ。

アルフォンスはクゥドル教から枝分かれした過激派宗教団体と結託し、大量の悪魔を召喚して王都の攻撃を目論んでいた。

アルフォンスはシャルロット女王の兄に当たる。

彼は自身を押し退けて王の座についたシャルロットを恨んでいたのだ。

「まさか、この大事な時期に女王様の側近騎士、ガストンが病魔で寝込んでいるなんてね。ガストンがいれば、貴方を呼びつけなくても済んだのだけれど……」

「そうですね」

俺は適当に相槌を打つ。

ガストンは恐らく、国の一大事に駆り出されそうになったショックで寝込んでしまったのだろう。

容易に想像がつく。

「アルフォンスはガストン不在のこのタイミングを狙って動いたのでしょう。騎士ガストンの容態は国家機密だから伏せられていたけれど、アルフォンスなら知る機会もいくらでもあったはずよ」

「そうですね」

俺は大きく溜息を吐いた。

ガストンはもう、死んだことにして隠居でもするしかないのではなかろうか。

このままだといずれあっさり殺されかねない。

国が荒れる度に仮病で寝込むつもりなのだろうか。

問題は完全には片付いていない。

関与した宗教団体は解体に追い込んだが、問題のアルフォンスは一度は捕縛に成功したものの、アルフォンスの配下が見張りの襲撃に出て、結局は逃走を許してしまったそうだ。

近隣の農村で、パンツ一枚で形振り構わず走って逃げていくアルフォンスの姿が確認されている。

だが、現在どこにいるのかは行方不明だ。

アルフォンスは野心家で、いつかまた力をつけてクーデターに出ることをペテロは予想している。

そのとき、ガストンはどうするつもりなのか。

「……とにかく、これでメアの出産に遅れたら一生恨みますからね。俺は嫌だって、あれほど言ったのに……」

「我が儘を言わないで頂戴。アベルちゃんが出なければ、今頃国は大パニックだったわよ。一万人見殺しにしてもいいなら、来なくてもいいとも言ったはずよ。それに……」

ペテロがずいと俺に顔を近づける。

「……相手の宗教団体の教典、どさくさに紛れて片っ端から隠れて横領してたの、知ってるのよ。危険な魔術が山ほど記されてて、焼却処分の命令が出ていたのに。表沙汰になったら、貴方極刑になるわよ」

俺は咳払いをして誤魔化した。

「兄様を脅迫なさるおつもりですか? 兄様はいざとなったら、国の全てを相手取ることも厭いませんよ。その覚悟があって仰っておられるのですね?」

俺の腕を抱いていたジゼルが、ムッとした表情でペテロへと顔を近づける。

「や、止めろ、ジゼル、無茶を言うな! できるわけないだろ! 見逃してくれると言っているんだし、ここは大人しくしておくぞ」

「……わかりました、兄様」

ジゼルが不服そうに口にする。

ペテロは頭を押さえ、息を吐く。

「本当にやりかねないから、私も表沙汰にはしたくないのよ」

皆して俺を何だと思っているんだ……?

「とにかく、持ちつ持たれつでお願いいたしますね、ペテロさん」

俺は手揉みしながらペテロへとそう言った。

ペテロとのコネさえあれば、多少見つかってまずいものが表に出ても、全力で彼が誤魔化してくれることだろう。

あまり蔑ろにはしないようにしよう。

「と、集落についたわよ」

ペテロの言葉に、俺は窓から外を見る。

ようやくマーレン族の集落に帰ってこられた。

「アベルさんっ! よ、よかった、ようやく戻ってきた……!」

馬車の速度を落とし始めた頃、小太りのマーレン族の青年が駆け寄ってきた。

「どうしたシビィ? まさか、もう産まれたのか!」

「い、いえ、その……実は、ここ最近怪しい集団が、マーレン族を見張っているみたいなんです! も、もしかしたら、またアベルさん狙いの連中かも……」

「なにぃ……?」

シビィの言葉に、俺は目を見開いた。

以前、『刻の天秤(バランサー)』の魔術師がマーレン族の集落へ襲撃に来たことがあった。

俺の暗殺が目的だったようだ。

不在の間に来たということは、俺を相手取るのを諦め、メアを狙おうとしているのかもしれない。

「……面倒だから放置してやってたのに、どうやら本格的にやり合いたいみたいだな」

身内への手出しを目論んでいるのならば、俺も甘いことは言っていられない。

『刻の天秤(バランサー)』は世界各地に散らばっているという話だったが、一人一人見つけて全員捻り潰してやる。

大元のボスも世界のどこかに潜伏しているらしいが、強大な魔力の持ち主は存在するだけで微量の魔力を放ってしまうものだ。

だからこそシルフェイムもクゥドルから隠れるため、わざわざ月(ディン)に本体を隠して準備を整え、公転に合わせてこの地へと戻ってきたのだ。

手間さえかければ、『刻の天秤(バランサー)』のボスを見つけ出すことも不可能ではない。

メアの出産が終われば、本格的に手を出そう。

俺が乗り気になったといえば、クゥドルも手を貸してくれるはずだ。

「マーレン族を見張っている連中は、まだ近くにいるはずです! アベルさん、見つけ出して締め上げてやってください!」

先にメアに会いに行きたいが、逃げられては問題が長引きそうだ。

「……わかった。先に、そっちの対処に急いで当たろう」

俺は横に置いているオーテムを掴み、馬車を降りた。

オーテムで怪しい魔力の流れを感知すれば、隠れている連中を暴くことも難しくはないはずだ。

「兄様、私もお供いたしますっ!」

ジゼルが俺と同時に馬車を降りた。