俺は義理の父ことメレゼフの背に乗り、一直線にマーレン族の集落を目指す。

シビィが伝言に来た様子から見て、もう猶予はない様子だった。

集落につくと、マーレン族からどよめきが上がった。

皆、メレゼフを見て怖がっている。

何せメレゼフは巨漢で強面である。

メレゼフが息を切らし、血走った目で周囲を睨むのは、なかなか威圧感があったことだろう。

「アベル、娘はどこだ?」

「あっちへ向かってください!」

俺が指で道を示したとき、シビィが咳き込みながら俺達へと追い付いてきた。

「……ま、待ってください、アベルさん」

そのとき、猿顔の小柄な、エプロン姿の老人がメレゼフの前を遮った。

元水神四大神官の一人、ペンラートである。 

「アベル様やっ! 帰還なさったのですな! して、その御仁は……」

「ペン爺、この人は俺の義理の父だ」

「なるほど……そうでございましたか。それよりもこの愚拙、アベル様にご報告がございます!」

ペンラートが嬉しそうに話す。

俺は息を呑んだ。もしや、既に出産は終わっていたのだろうか。

「こ、これをご覧に! アルタ女史が我々へ宛てた、お手紙でございますっ! ついにアルタ女史は、魔力波塔を建設し終えたのでございますよ!」

ペンラートが手紙を掲げた。

「な、なにぃ!?」

アルタミアが魔力波塔を再建していたことは知っていた。

俺も何度かファージ領を訪れて手を貸したことがある。

彼女は塔に籠っている間に編み出した魔術理論を、惜しみなく用いて領地発展に貢献しているという話であった。

全ては魔力波塔再建の資金作りのためである。

メアの妊娠があったため、あまり様子を見に行かないでいた。

その間、アルタミアから早く手伝いに戻れと、脅迫染みた手紙を何通か受け取っていた。

もう少し時間が掛かりそうだと思っていたが、まさかもう完成してしまったとは。

アルタミアが建設していた魔力波塔さえあれば、ディンラート王国中の魔導携帯電話(マギフォン)を繋げることができる。

つまり、この世界に携帯電話が持ち込まれたに等しい。

離れた相手と通話し放題である。

「どうやら魔力波塔と魔導携帯電話(マギフォン)のリンクも、アベル様の残した理論を用いて既に完成させているご様子であります! これは世界に革命が起きますぞ!」

俺は息を呑んだ。

魔導携帯電話(マギフォン)はこの世界にとって完全にオーバーテクノロジーである。

文字通り、革命が起きるだろう。

地球でも通信技術の発達が文明に齎した意味は大きい。

「そして、こちらが同封されておりました! どうやらリンク済みのもののようでございます」

ペンラートが、簡素な革ベルトに、魔鉱石で作った円盤が設置されたものを掲げる。

腕時計に似ているこの魔道具は魔導携帯電話(マギフォン)だ。

ペンラートがちょいちょいと触ると、ホログラムが展開される。

そこに、アルタミアの顔が大きく表示された。

満面の笑顔であった。

背後には、ピースをしている錬金術師団の面子が映っている。

「ペン爺かしら? 無事に届いたようね!」

「はっ、愚拙でありますアルタ女史! お手紙拝見させていただきました! さすがアルタ女史にございます! と……それから、アベル様もいらっしゃいます! 替わりましょうか?」

「アベルいるの? 早く! 早く出して! 順調なんだけれど、問題ごともいっぱいあって……とにかく、助言をもらいたいの! アベル! アンタ、全然来ないじゃない! メアちゃんが大変なのもわかるけど、こっちも本当、良い意味で大変なの! アンタが好きそうな事案がたくさんあるのに、勿体ない! もうメアちゃん連れて、ファージ領に戻ってきてよ!」

アルタミアは早口で捲し立てた後、バンバンと急かすように机を叩いた。

「魔導携帯電話(マギフォン)越しじゃどうにもならないことだってあるんだから、早くファージ領に来なさい! 今、本当に、凄いことになってるんだから! とにかく今、口頭ですぐに教えてほしいことがあって……!」

「……ペン爺、魔導携帯電話(マギフォン)は切っておいてくれ。今俺は、それどころではない」

俺は首を振ってそう言った。

「……承知いたしました、アベル様。そういうことでございますので、アルタ女史、ご容赦を」

ペンラートはそう言って、魔導携帯電話(マギフォン)のボタンを弄り始めた。

「なっ、なんでよー! アベル、ペン爺! 待ちなさい! 待って! お願い!」

アルタミアの必死の形相が映る。

ブチッとホログラムが途切れた。

無論、完成した魔導携帯電話(マギフォン)やアルタミアの課題は気にかかる。

「だけど、今はそんなことよりもメアが優先だ」

俺が言うと、シビィがぽかんと口を開ける。

「アベルさん、成長しましたね……あんなに魔術一筋だったのに」

……シビィは俺を何だと思っているのか。

俺はその後、メレゼフと共にメアの許へと向かった。

出産はまだ始まっていなかった。

メアはベッドで横になっており、近くには俺の母親が控えている。

「アベル、戻ってきてくれたんですね……!」

メアはそう言った後、俺の下のメレゼフへと目をやった。

「と、父様!? ど、どうしてここに……!」

メレゼフは無言のまま、重々しく頷いた。

何を口にすればいいのか悩んでいるようだった。

その後、本格的に出産の兆候があったため一時的にメレゼフには別の部屋に控えてもらうことになった。

娘の顔を見たかっただけなのでこのまま帰ると言い張るメレゼフを俺の父がどうにか呼び止めて宥めているようだった。

出産は、無事に行われた。

占術通り、男女の双子であった。

男の子の方は目が丸く、ややメアに似ていた。

頭に薄っすらと青い産毛がある。

ドゥーム族の影響だろう。

女の子の方は白い産毛と、角があった。

マーレン族の白髪と、ドゥーム族の角の遺伝だ。

「お、おお……!」

「ア、アベル、メア達の赤ちゃんですよ!」

占術で男女の双子だということはわかっていたため、名前は事前に決めていた。

男の子はメディオ、女の子はアルマだ。

双子をメアと交代して抱いた。

「メディオ、アルマとお前は、二人共、立派な魔術師に育ててやるからな……!」

俺はメディオの頭を撫でながら呟いた。

きっとこの子達は俺のような、いや俺以上の魔術師に育て上げて見せる。

伸びやすい幼少の間に、俺が師となって教え込めば、簡単に俺よりずっと腕のいい魔術師になれるはずだ。

「メアが守らなきゃ……」

メアは女の子をぎゅっと何かから守るように抱きしめながら、そう零した。

そのとき、俺の父親に連れられ、メレゼフがそうっと部屋に入ってきた。

メレゼフは双子を交互に見た。

メアに抱かれているアルマが、メレゼフを見て彼へと腕を伸ばした。

「あ……あー……!」

メレゼフの強面の彼の顔が、少し緩んだ。

その後、俺と目が合うと、首を振って顔を引き締めていた。

それからメレゼフは、メアへと深く頭を下げた。

「すまなかった、メア……。あろうことか、お前の命を狙い……そして、私の弱さ故に、今までまともにそれを詫びることさえできなかった」

メレゼフは膝を床に突き、更に深く頭を下げる。

「許してくれ、とは言わない……。だが、お前の母……ネレアのことは許してやってくれないか? あいつがお前に辛く当たっていたのは、お前が赤石であったことを、私に悟られないためだったのだ。全ては、私が悪いのだ」

「頭を上げてください、父様! ……それに、メア、父様がずっとメアのことを考えていてくださったことも……母様がずっとメアを気遣っていてくれたことも、わかっています」

「メア……」

メレゼフの目に涙が溜まる。

「あ、あの、母様は元気でいらっしゃいますか?」

メレゼフは迷う素振りを見せた後、口を開いた。

「……実は、メアが集落を出てから一か月後に、ネレアは石になってしまったのだ。恐らく、赤石を狙う精霊の呪いを受けていたのだろう。だが、それも既に解けている。今は元気なものだ。安心しなさい」

メアは少し驚いていたが、ほっと息を吐いていた。

石化には心当たりがある。

大精霊シムのことだろう。

あいつは石化の呪いを持っていた。

しかし、シルフェイム騒動の際に俺が討伐している。

そのときに呪いが解けたのだろう。

「……何年掛かってもいい、だから、気持ちの整理がついたら……いつか、アベルと、子供達と共に、私達の集落を訪れてくれ。ネレアも、メアにずっと会いたがっている」

メレゼフがもう一度頭を下げる。

「はい、父様。メアは必ず、アベルと、それからメディオとアルマを連れて……ドゥーム族の集落に行きます。だから、そんな顔をしないでください」

メレゼフは辛うじて耐えていた涙を零し、その場に突っ伏した。

そこへ、遅れてやってきたメレゼフの部下のドゥーム族達が、俺の両親に案内されて部屋の中へと入ってきた。

一人は、森で見たベビーカーをいそいそと押していた。