あまりの田舎に驚いた!

「……知らない天井だ」

 いつか言ってみたいセリフベスト30に食い込む言葉を口にして、目が覚めた光波はぼんやりと考える。

(ここは……)

 確か、訳の分からない森にいて、疲れ果てて、道を見つけて……。

 そして今、知らないベッドで寝ていて、知らない天井を眺めている。木造の小屋の一室らしく家具や調度品は粗末なものだが、きちんと整理されており掃除も行き届いているようで清潔感がある。

(助かったの? いや、助けて貰ったのか…)

 まだ少し意識がハッキリとしないが、光波には色々と考える前にとにかく急いでやるべきことがあった。

「水~! 誰か、水と食べる物を下さい~~!!」

 そう、飲食物の要求であった。

 パタパタと慌てたような足音がして部屋の扉が開かれ、はいって来たのは年の頃は十歳前後、飾り気のない簡素な服を着た、銀色の髪に碧い瞳の可愛らしい少女であった。

「ーーー、ーーーーー!」

 嬉しそうにニコニコとした顔で少女が叫ぶが、残念ながら何を言っているのか全然判らない。

(あ~、外国かぁ…。それも、どうやら英語圏じゃないっぽい…)

 一応は受験生だったのだ、流石に英語かそうでないかくらいは判る。

(少なくとも、日本語、英語、中国語、韓国語、ドイツ語、フランス語っぽくはないよねぇ…)

 少女の外見から、アジア圏内ではないだろうと思ってはいたが。

 とにかく水と食べ物が欲しい。話はそれからだ。喉もヒリヒリして喋るの辛いし。そういう訳で無駄なやりとりは省略! 光波は会話は断念していきなり身振りで勝負に出た。両手でコップを持って水を飲む仕草、口元と喉を指さしたあとお腹を押さえる。どうだ、これなら万国共通、サルでも分かるだろう!

 …助けてくれたと思われる家の者をサル呼ばわりとは、何気に失礼である。

「ーー、ーーー!」

 少女はニコニコとしたまま何やら喋り、首を縦に動かして部屋を出て行った。大丈夫、多分正しく伝わった! …と思う。

 …大丈夫だった。数分後、少女と、少女と同じ眼と髪の色をした母親と思われる女性が水のはいった水差しと木製のコップ、それと同じく木製のカップにはいったおかゆのようなものを持って来てくれた。お礼の言葉もそこそこにとにかく水を受け取りゴクゴクと一気に飲み干す。

「ぷはぁ~~、生き返ったあぁぁ~」

 やっと人心地ついて、光波は身体の力を抜き母娘に向き直るとお礼を言って頭を下げた。

「助けて戴いてありがとうございました」

 いや、言葉が通じないであろうことは分かっているけど、感謝の礼を言っているだろうというのは伝わるはずだ。

 母親は言葉が通じないのに驚いたのか一瞬きょとんとした顔をしたが、満面の笑みを浮かべて微笑んでくれた。

 よし、礼も言ったし、次は食べ物、食べ物!

 おかゆのように見えたものは、薄めたミルクに細かく千切ったパンを入れて煮たもの、パン粥って言うのかな、そんな感じのものだった。胃に優しく、栄養がありそうで身体が暖まる。うん、今の私に最適の食べ物だね。すぐに持って来てくれたことと言い、多分いつでもすぐに出せるよう用意してくれていたんだ。

(いい人だ~!!)

 よし、無事帰れたら、たっぷりお礼しよう! 何せ命の恩人だものね。

 温かい食事でお腹が膨れ、トイレを済ませると、気絶と睡眠は違うのかどうか知らないけどなんかまた眠くなったので寝た。今度は本当に心の安まる休息が訪れたのであった。

「…知らなくもない天井だ」

 うん、2回目だよね、この木目そのものの天井も。

 今度は本当に身体を休めることができたのか、疲れが取れてサッパリとした気持ちの良い目覚めであった。手足の細かな切り傷と足の筋肉痛はまだ痛いけれど。

(う~ん、どうしようかな…)

 あの広い森の近くで、この家の粗末さ。最初は山小屋かと思ったけど、どうやら普通の家らしい…。となると、相当田舎の村か…。とりあえず、ある程度の町まで行ってなんとか大使館に連絡、かな。あ、ここ、電話とかあるかな。

 ベッドの上で身体を起こしてあれこれ考えていると、ドアがそっと小さく開けられ、そこから銀髪の頭が覗いた。どうやら先程の少女らしい。光波が起きた気配を感じて様子を見に来たのだろう。凄い察知能力だ。流石、自然と共に暮らす民!

 光波が起きているのを見ると、少女はにぱっ、と満面の笑みを浮かべベッドに向かって突進して来た。そしてそのままボスンと光波の身体に飛びついた。

「ぐえっ!」

 お腹にまともにはいった頭突きに、光波は悶え苦しむ。

「ギブ、ギブギブ!!」

 頭突きに引き続いてのベアハッグに、小柄で華奢な光波の身体は耐えきれない。

「折れる、背骨が折れるうぅ~~!!」

 必死で少女の肩をパンパンとタップし続けると、ようやく地獄の責め苦から解放された。

 再びベッドに倒れて悶絶する光波に、少女はキョトンとして首を傾げていた。ああ、うん、普通の親愛の表現ね。ここでは普通の、ちょっとした挨拶ね。でもこれ、この子でこの威力だと、大人にされたら間違いなく死んじゃうよね、私。よし、気配を察知したら全力で回避だ!

 ようやく復活した光波は、少女と並んでベッドに腰掛けて交流を図った。やはり言葉は全く通じないけれど、時間をかければ身振りや表情で少しずつ意図が伝わっていく。

 どうやら、この少女が倒れていた私を見つけて両親に通報し助けられたらしい。家の中を案内されたが、両親の姿は見えなかった。仕事に出ているのか、それとも私のことでどこかに連絡に行ってくれているのか…。

 トイレの案内で家の外に出たが、……田舎だった。うん、予想はしていたけど、その更に上を行く田舎だった。この家と同じような木造、というか、そのまま木で造られた平屋の小さな小屋…げふんげふん、民家がかなりの間隔を空けてポツンポツンと建っている。ザ・田舎。あの、街灯も電柱も見当たらないんですが……。あ、景観保護のため地下埋設式なんですよね、やっぱり。

……って、あるかボケェ!! はぁはぁ。

 あ、やっぱ町へ行かなきゃ無理だコレ。

 再び部屋に戻り、コミュニケーション続行。かなり時間はかかったものの、結構伝わるもんだと感心。いや、間違って伝わってることもあるかも知れないけど、誤差の範囲、誤差の範囲!

 で、多分こういう事かな、という感じで分かったことは、こんな感じであった。

 この家は両親とこの少女、コレットちゃんの3人暮らし。この村は農業、林業、狩猟等何でもござれで、概ね自給自足で生活しているらしい。で、さっき教えて貰ったとおり、コレットちゃんが倒れていた私を見つけてくれて、両親がここに運んでくれて、コレットちゃんがずっと汗を拭いたり布に水を含ませて口に垂らしてくれたりしてた、って……。文字通り、命の恩人じゃない、コレットちゃん!!

 思わずコレットちゃんに抱きついて、ぎゅっとした。えへへ、と笑いながらコレットちゃんも私の背中に両手を回して…、

どんっ!

 私は反射的にコレットちゃんを突き飛ばした。

 いやぁ、学習する人なんですよ、私は! 特に、命にかかわることにはね。

 そしてドヤ顔の私の目に映ったのは、泣きそうな顔で呆然としたコレットちゃんの顔であった。

 ………、やべぇ。

 必死で謝りご機嫌を取り、まだ若干ふくれっ面ではあるものの、何とか許して貰えた模様。いや、失敗失敗。

 その後、両親が戻った頃にはようやくコレットちゃんの機嫌も戻り、やれやれであった。

 帰宅したコレットちゃんの御両親とも、コミュニケーション開始。流石に8歳ではコレットちゃんから得られる情報にも限りがある。

 あ、十歳くらいかと思っていたコレットちゃん、何と8歳だった模様。びっくりしたよ。この頃の1歳、2歳の差って大きいからねぇ。しっかりした子なんだ、コレットちゃん。流石、私の命の恩人!

 で、なんとかかんとか情報収集に努めた結果……、がっくし。

 ご両親、別に私の為に出かけてたわけじゃなかった。普通に農作業やら山仕事やらに行ってただけらしい。どこかに連絡とかする気も全くなし。

 いや、悪い人達じゃないんだよ、全然。ただ、通報とかそういう発想そのものが全く無かっただけで。いやまぁ、助けて貰って食事と寝場所提供して貰って、充分ありがたいからね。ヘタしたら人買いに売られるとか奴隷扱いで強制労働とかあってもおかしくないからね、途上国とかだと。それを思えば、十二分に良い人達だ。

 で、それはいいんだけど、何ががっくし来たかというと、大差無いんだよ、コレットちゃんから得た情報と、ご両親から得られた情報とが! いや、まぁ、言葉が通じなくて身振り手振りというのはあるけど、一応絵を描いたりもしたけれど、何と言うか、ご両親の知識レベルがコレットちゃんとあまり変わらないという…。

 コレットちゃんが凄すぎるのか? それともご両親が揃いも揃ってアレなのか? 世界地図のポンチ絵描いてここがどこか指して貰おうと思ったのに、地図が理解できない? いや、私、そこまで絵、下手じゃないよね? 電話のマネしてもきょとんとして首を傾げるだけ? プッシュホンじゃ分からないのかと古いダイヤル式の真似もして、ジーコロコロとか擬音付きで頑張ったよね、私! いや、拍手って何よ! 別にパントマイムで芸やってるわけじゃないって!!

 私は全てをあきらめた。

 体調が完全に戻るまで何かお手伝いでもしながらしばらくここに置いて貰って、食料と水を用意して町を目指そう。助けて貰った恩返しは帰国してから何か送ろう。もう、それしかないよ…。