「すご~い!」

「た~のし~!」

 連発される、どこかで聞いたような私の感嘆符。

 そして、鼻の穴を膨らませて喋り続ける軍人くん。

 うん、まぁ、アレだ。『計画通り……』ってやつ。

 日本でならば中3か高1くらいの、まだ子供だ。いや、見た目は大学生くらいに見えるけれど、それは日本人である私にそう見えるだけであって、精神的にはまだ日本の中高生、いや、情報伝達のシステムが発達していないここでは、精神的な成熟度はもっとずっと低いんじゃなかろうか。

 いやいや、それとも、他の楽しみが少ない分、女の子に対しては手が早くて成熟している可能性も微レ存か?

 ともかく、相手は、ここでは一応は成人ではあっても、日本人である私から見れば、まだまだ子供。それに対して私は、日本ではまだ未成年とはいえ、えっちな漫画も暴力描写も解禁された、18歳だ。少年を手玉に取るなど、容易(たやす)いこと。

「それで、最新鋭の64門艦って、どれくらい速いの?」

「追い風だと、14~15ノット近く出るんだよ。凄いだろ!」

「え、でも、完全な追い風よりも横風の方が速いんじゃないの?」

「ええっ! よく知ってるねぇ……。うん、実はそうなんだけど、普通は女の子にそう言ってもなかなか理解して貰えないから、分かりやすいように言ってるんだ。こう、横風を受けることによって……」

 うむうむ、航行性能は拿捕船とあんまり変わらないか。最高速度が14~15ノットということは、風向きとかの関係もあるし、平均速度は5~6ノット、いや、4~5ノットくらいと考えていいかな。

 あ、勿論、軍人君が喋っている速度の単位は『ノット』ではなく、この世界での単位だ。それが、私の頭の中で自動的に地球の単位である『ノット』に変換されている。1ノットは1海マイル毎時、つまり時速1.852キロメートル、ということだ。陸マイルではなく、海マイル、つまり『海里』の方。約0.5メートル毎秒。

 しかし、快速を誇ったティークリッパー、あの有名なカティサーク号やサーモピレー号には及ばないけれど、かなり性能がいいなぁ。こりゃ、圧倒的な船の性能差で、というのは難しいかも。

 考えてみれば、帆船の操作は職人芸に近いから、ぽっと出の新米がそうそう勝てるものじゃないか。参ったな、こりゃ……。

 船のサイズ、造船技術、航海技術、操船技術、国の財力、基礎科学力、全ての面で、圧倒的に不利。これで、私の存在を抜きにして国を守れるのか?

 ……無理っぽい……。

 蒸気機関なんか、今の技術力じゃあ、夢のまた夢だしなぁ……。

 頑丈さで勝負、体当たりの衝角(ラム)戦(せん)だっちゃ、というのも、動力無しでは難しい。

「あれ? ミツハちゃん、どうかしたの?」

 いかん、思わず顔が暗くなっていたらしい。軍人くんが心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「あ、ううん、何でもないよ。ちょっと、お友達のおとうさんが乗っている船と較べちゃって……。

 あっちは、確か40門艦とか言ってたから、弱い船なのかなぁ、戦いになると負けちゃうのかなぁ、って考えちゃって……」

 よし、これで、拿捕船と新鋭艦の性能差の話が聞けるかも。

 ……というか、この子、かなり詳しいなぁ。ただの下っ端水兵さんじゃないのかな? 士官の息子で父親から色々聞いてるとか、士官候補生……にはちょっと若過ぎるか。士官候補生の候補生、くらいだとか。

「40門艦? ああ、そんなに弱いわけじゃないよ。今の最新鋭艦が配備されるまでは、2番目に大きい船だったからね。船は砲撃戦で沈むようなことは滅多にないから、乗員の生死は時の運だよ」

 うわ、子供なのに、割り切ってるなぁ、死生観……。

 でも、ま、確かに炸薬無しのただの鉄球なら、船体の水面上の部分に当たっても、そうそう沈められるようなことはないか。マストを折ったり索を切ったりして船を行動不能にしたり、乗員を殺傷して船の戦闘能力を奪うのが目的だろうからね、この時代の海戦は。

 そして、軍人くんは、更に色々なことを喋ってくれた。

 まぁ、若い男の子が女の子の歓心を得られるような会話術を心得ているはずもなく、そして船の話を延々と続けて喜んでくれる女の子もあまりいないだろう。それを、自分が得意な分野の話を興味津々で聞いてくれて、しかもその方面の知識がかなりあって適切な質問を返してくれる女の子なんか、滅多にいないだろう。なので、軍人くんが調子に乗るのは仕方ない。

 数杯目となる追加の飲み物もカラになり、お昼が近くなった頃、そろそろいいかと帰宅する旨を切り出した。

「え? いや、お昼も奢るよ! 美味しいレストランを知ってるんだ!」

 うむうむ、せっかく捕まえた『船乗りに憧れる、話の分かる女の子』を逃がしたくはないよねぇ。私も逃がしたくないよ、『最新鋭艦や軍のことを何でもぺらぺら喋ってくれる男の子』は。

 というわけで、一応、繋ぎは取っておこう。

 酒屋のみっちゃんに教わった、男の子を殺す方法シリーズ、第3章第2項。

 『あたしのために』その1。

 両手の拳を軽く握って、口元にあてて、と……。

 やや内角を狙い、えぐりこむように打つべし!

「でも、お昼御飯をすっぽかすと、おとうさまとおかあさまが怒って、外出を制限されちゃうの。そうなると、もう会えなくなっちゃう……」

 よし、イチコロ!

「あ、ここは私が……」

 さすがに、これで支払いまでさせるのは申し訳ない。かなり居座ったから、何杯もお代わりしたし……。それに、拿捕船の乗員の手持ち分は両替したけど、船の金庫にあったお金はそっくりそのまま戴いたから、ここの通貨には不自由していない。

 勿論、軍人くんは『女の子に払わせるなんて、紳士にあるまじき行いだ!』と言って拒絶したけれど、私もこんなことで罪悪感に苛まれるのは嫌だよ。なので、『女の子の頼みが聞けないのか。それがヴァネル王国紳士のすることか!』と言って、軍人くんが怯(ひる)んだ隙に支払いを済ませた。

 一応小銭として銀貨も用意していたんだけど、宿代に使ったから、残った銀貨と小銀貨だけでは支払いに足りなかった。どうして小金貨を入れておかなかったかなぁ、私……。

 そういうわけで、巾着袋から出した金貨で支払ったわけだけど……。

 平静を装った店員さんも少し挙動不審だったけど、軍人くんはあからさまに動揺していた。

 うん、まぁ、割と大きく膨らんだ巾着袋から金貨を出すということは、小銭がない、ということであり、すなわちその膨らみの大半は金貨だということだよね。事実、その通りなんだけど。

 こうして、『いいトコのお嬢さん』を演じたまま、またいつか会えたら、ということで、具体的な約束はしないまま別れることに成功。

 いや、次に会う約束を、と迫られたけど、いつ自由時間が取れるか分からない、ということで……。軍人くんの方も、そう先の外出日が分かっているわけじゃないらしいし、船が出港したらそれまでだから、あまり強くは言えなかったみたいだ。

 ま、乗っている船の名前と軍人くんの名前が分かっているから、その気になれば連絡は取れるだろう。『軍人くん』というのはあくまでも私の脳内呼称であって、勿論、ちゃんと名前は聞いている。

 あ、忘れないうちにメモしとかなくちゃ。でないと、絶対、明日になったら忘れてるよ、軍人くんの名前……。

 そして、そのまま港から離れて、街の中心部を抜け、反対側へ。

 いや、勿論昼食を摂るんだけど、街の中心部より向こうへ行かないと、うっかり軍人くんに再会したら大変だからね。今日は丸1日情報収集に充てるつもりだったから、これで帰るのは時間が勿体ない。それに、食堂でひとり静かに食事しながら、耳に全神経を集中させて他のお客さん達の会話を聞くのも、大事な情報収集の一環だ。

 敵国の情報収集というものは、その殆どは一般公開されているものを入手することで成り立っている。それらを集め、分類し、解析し分析することで、敵国の意図を判定する。スパイが忍び込んで、とかいうのは、ごくごく一部のことに過ぎない。

 昼食の後は、街を歩き回って買い物をしたり、人々の会話に耳を傾けたり。勿論、買い物の時は店の人に話し掛けて色々なことを聞いたり、公園で私と同年代くらいに見える……、つまり12歳前後の子供に話し掛けたりして、情報収集に努めた。

 昼食の時間帯を過ぎれば、もし軍人くんに出会っても問題はない。家族との食事を終えた後に、また家を抜け出した、と言えば済むことだ。

 そしてその後も日を開けて何度か視察を行い、私の敵地視察『軍港の部』は終了した。

     *     *

 その後しばらくは、領地や、王都の『雑貨屋ミツハ』、地球で準備中のギャラリーカフェ、そして日本の自宅を飛び回り、それらが一段落ついたところで、新大陸の情報収集を再開した。

 今度は、あの港町ではない。

 あそこへ行ったのは、船に関する情報の確認がしたかったことも勿論あるけれど、本来の目的地に姿を現す前にある程度の情報を得ておきたかったから、という理由が大きい。つまり、本来の場所で、最初から無知丸出しで色々なことを聞いて廻り、それを後々関係する人達に見られて覚えられているとマズいからだ。

 しかし、他国からあの国にやってきた者としての必要最低限の知識が得られた今、いよいよ本来の目的地へと向かう時であった。転移ポイントは、港町で手に入れた地図と航空写真で位置を照合し確認してあるので、上空偵察した時の脳内記録と合わせれば、問題ない。ただ、初回は例によって暗くなってからの転移となるが……。

 ま、大した問題ではない。

 では、そろそろ行くか!

 向かうは新大陸、ヴァネル王国の王都。

 目的は、情報収集及び、それから一歩進んだ作戦のためのベースの確保。

 そう、拠点確保である。

 オペレーション・巌窟王女《ミツハ・ヤマノししゃく》、はっじまっるよ~~!