ドラミナだぴょんの発言から、ドラミナがようやく落ち着きを取り戻してから、ドラン達は明日に備えて眠る準備に入った。

バンパイアであるドラミナにとっては、夜も深まるこれからの時間の方こそが活動に適した時間だが、今日ばかりは精神的な衝撃が強く、棺の中に引き籠って一夜を明かすようだった。

ドラミナが兎の耳を頭の上で揺らしたまま棺の中に足を踏み入れ、セリナが寝巻に着替えてドランの寝台に潜りこむのを、リネットはサンザニアで買い与えられたベッドの中で、じっと観察していた。

リネットからの視線を感じ、共に寝台の中に入ったドランとセリナ、それに棺の蓋を閉めようとしてドラミナ達が、リネットの方へと視線を集める。

寝台で横になり、口元まで毛布を引き寄せていたリネットは、ドラン達から寄せられる視線に気付くと、両手で顔を隠してしまう。

「どうした、リネット。枕が変わると眠れないのかな?」

ドランは、やはりブリュードと共に沈んだあの卵型の装置が必要だったのだろうか? と疑問を抱きながらリネットに問う。

リネットは顔を隠した両手の指の隙間を開き、瞳だけ覗かせて視線の理由を明かした。

「リネットは新参のゴーレムです。ですからどうぞ気になさらずにする事をしてくださって構いません」

「うん?」

咄嗟にリネットの言っている事が何か分からず、首を傾げるドランに向けてリネットは言葉を重ねた。

「健康な年頃の男女が同じ部屋で一夜を過ごすのです。

例えマスタードランがセリナやドラミナを相手に、口にする事を憚られるようなあんな事をそんな事を毎日毎夜求めていたとしても、リネットはそれも当然の事と受け止める覚悟を固めています。

ですのでどうぞリネットの事など気になさらず、いつものように夜をお過ごしください。

リネット的には知識だけしかない男女の営みと言うものを、まさか人間とラミア、バンパイアの組み合わせで目の当たりにする事になるとは、全く予想外でしたが極めて貴重な経験です。さあ、マスタードラン、どうぞ!」

ドランは心なしか聞こえて来るリネットの鼻息が荒くなっているような気がして、やれやれと軽く息を零す。

その零した息が抱き寄せているセリナのうなじをくすぐり、びくりとセリナの身体が震えて、露出している肌が赤く染まっている事に気付く。

触れている肌越しにセリナから伝わる体温がどんどんと高くなっている事から、リネットの発言でセリナが色々と想像を逞しくしているのが、ドランには察せられた。

棺の蓋を閉めようとしていたドラミナも、ドランに対して期待の光が瞬く瞳を向けており、これまで意識せずにいた事を強く意識し直しているのが一目で分かる。

ドランとて肉体は健全な十六歳の男子だ。睡眠欲や食欲と同様に性欲もきちんと備わっているし、男性機能の方も問題ない。

セリナやドラミナと同じ部屋で夜を明かしていて、性的な欲求を覚えないわけがなかったが、以前にもセリナ達と話しあった通りに魔法学院を卒業して結婚を申し込んでからと決めてある。

今のところ、ドランはその約束を堅守するつもりでいる。セリナの期待を裏切る心苦しさから、セリナの頭を謝意を込めて撫でる事で紛らわせた。

「リネット、君の期待に応えられずにすまないが、私はそう言った事は結婚してからと決めているのだ。少なくとも魔法学院の生徒であるうちは、まだそういった事はしない予定だな」

ドランの発言にリネットばかりではなくセリナやドラミナも、露骨に落胆する。

「そうでしたか、マスタードランのお考えを知らず、勝手な事を申し上げました。猛省いたします。あ、でもリネットの存在が気になるという時には、席を外しますので遠慮なく仰ってください」

「気遣いはありがたく受け取っておくよ」

やれやれと言わんばかりに肩を竦めて、ドランは残念な顔になっているセリナの額に口付けた。今はこれで許して欲しい、と口にする代わりの口付けだ。

「もう、仕方ないですね」

ドランの唇が触れた額を左手で撫でながら、セリナははにかんだ笑みを浮かべる。

これだけでもう満足してしまう自分に、少し呆れてしまうがそれでも嬉しいものは嬉しい、とセリナは本気で思っていた。

セリナの機嫌が元通り以上に良くなった事に安堵するドランの耳に、ドラミナの呼ぶ声が届く。

「ドラン、ドラン」

おや、とドランが振り返れば、そこには前髪を左右に掻きわけて、額を露わにしたドラミナが自慢げな顔でドランを見ていた。

これはもう間違いようがなく、自分にもセリナにしたように口付けをして、という露骨な自己主張である。ドランがドラミナの願いを叶えるのには、ほんのわずかな時間で事足りた。