弔問団 殿下のの護衛の一人としてガロアを離れるのは、遠からず戦禍に見舞われるロマル帝国の内情をこの目で確かめられる好機である事は確か、か。しかし純人間種至上主義思想の色が濃いというロマル帝国に、魔物扱いされるラミアと亜人とされるがこちらでは馴染みのないバンパイアのドラミナを連れて行くのは、大いに気になるところがある。

リネットに関しては容姿が完全に人間であるし、一応はゴーレム扱いなので差別の対象になり難いであろうが、二人に関しては衆目に晒す事は避けなければならないだろう。

それにバンパイアを他国の領内に連れ込んだ、という事実は露見すればこれは小さな問題では済まない危険性もある。

セリナもドラミナも自分の身を守る事に関してはまず心配はいらないが、心を悪意ある言葉や態度で傷付けられる事に関しては、いくら配慮してもし過ぎると言う事はあるまい。

「殿下、私が弔問団に御同行させていただく事は大変名誉な事とであると心得ておりますが、セリナやドラミナ、リネット達をロマル帝国に連れて行く事は、小さくない問題を抱えているものと存じますが、どのようにお考えでおられますか?」

私の懸念は正しく伝わったようで、殿下は真摯な顔つきとなってセリナ達の顔を見回してから、私に答えを返す。

この場にいる学院長もハイエルフである為、亜人に区別されるが、さて殿下の返答にどれだけ関心を向けている事か。

「君の大切な女性達を表だって連れ出そうとは考えていないよ。こちらがどう言葉を並べ立てたとしても、あちら側は悪い感情しか抱くまい。

大公はもちろんの事、大公と比べれば亜人種に対して解放的とされる皇女も、どこまでその風聞を信じて良いのか計りかねるところがある。

大公と戦える勢力を整える為に大公とは正反対の主張をしているだけで、本心は別とも取れるからね。いざ皇帝の玉座に就いた時、これまでの主張を変えないとは誰にも保証出来るものではない」

ふむ、帝国の次代を担う二大巨頭の両方とも腹の内は黒い可能性あり、か。お隣の帝国は、私としては手を取り合うのが難しいお国柄だな。

そうなると次期皇帝の座を巡る国を二つに割る内乱に加えて、これまで隷属していた亜人種社会の蜂起も加わった三つ巴説になる可能性が高いようだ。

しかもこれに我がアーレクレスト王国が加われば、四勢力の入り混じる大混戦模様だ。

帝国の更に西側の諸国の動きにもよるが、もっとひどくなる可能性もあるのだから、民草にとっては辛い時期を迎えるか……

「リネットは、見た目とゴーレムと言う立場ならば、君の傍に連れていても大丈夫だろう。逆にセリナやドラミナは使い魔であっても、表立っては連れて行けまい。

そうなると護衛の馬車の中で待って貰う事になる。

二人に出番が回って来るとしたなら、それこそ大公と皇女が帝都で配下の軍勢を戦わるようなあり得ない真似をしでかし、それぞれの十二翼将が全開で戦い始めるような時くらいだな」

「王国への牽制に王太子である御身を保護の名目で拘束監禁しようとする可能性も、高いか低いかは別としてあり得なくはないですね。

ともすれば殿下が王国に帰らぬまま皇女の婿に、あるいは大公の息の掛った女性の婿になり、アークレスト王国を併呑するなどという話も可能性だけはありますな」

「考え得るもっとも危惧すべき可能性の一つだな。そうなれば我が国としては下手に手を出しかねるか、全力での戦闘を許可したメルルを投入する事になるか、あるいは国家を上げての戦争を挑むかの三つだ。

まあ、私が戻らなくともフラウが居るし、いざとなれば私を斬り捨てるまでの話だよ」

「いずれにせよ、泥沼の戦争になって長引くのだけは避けたいものです。個人的な感情になりますが、首の挿げ替えが定まらぬ内は民草への負担は留まる事を知らんでしょう。

帝国の民が、ただ翻弄されるだけの弱者という立場に甘んじているだけならば、ですが」

翻弄される立場だからこその強かさというものがあり、ベルン村の皆はそれを持っていたが、さて帝国の人々はどうであろう。

生き残る為には、落ち目になればそれまでの領主の一族郎党を殺し、新たな領主に恭順の意を示す位の事は、今も昔もそう珍しい話ではない。

高羅斗に対するのと同様に、帝国内部の反帝国勢力に我が国はどこまで支援の手を伸ばしているのやら。目の前の殿下の表情からは、それを読み取れそうにない。

「少し話が逸れてしまったな。

そんな事情の帝国にラミアであるセリナやバンパイアであるドラミナを連れて行こうとしているのは、まず二人が君と離れようとはしないだろうと私なりに考えたからだ。

それとまあ、ドランに護衛を頼む以上は、長期間ガロアから離れて貰わなければならない。その間、君達を離れ離れにさせるのは酷な事だと思ったというのもある」

話題が男女の事だからか、少し照れくさそうに話す殿下の顔には、少年めいた潔癖さが窺えた。ふむん、どうやら本当に気を遣われたらしいわい。

「お気遣いいただき痛み入ります。ではセリナとドラミナは、公式の記録には残さない員数外の人員として弔問団に加えるという理解でよろしいでしょうか?」

「ああ。狭苦しい思いをさせてしまう事になり、申し訳ないが耐えて欲しい。

それと弔問団に合流した後の行動だが、ドランには近衛騎士の一員に扮して、護衛の列に加わって貰いたい。服装や喪章など一式はこちらで用意しよう」

仮初「近衛ですか、騎士としては花型の役職ですね。にでも私が近衛騎士となる事に関しては、現役の近衛や王室の方々に問題視されるのでは?」

ついこの間まで農民だった騎爵なぞ、よくも仮初とはいえ近衛にする事が許されたものだ。てっきり小間使いか何かに扮するものとばかり思っていたというのに。

私は思った以上に殿下に評価されているのか、それともメルルの高評価を汲んでの事かな? 小間使いよりは近衛の方が殿下の傍に居られる道理ではあるがね。

「身分の事を口にする者はいないではないが、そもそも我がアークレスト王国の建国王からして平民の冒険者上がりであるし、曲がりなりにも既に騎爵なのだからと言いくるめるのは、難しくはなかったさ」

「私の知らぬ内に王宮の方々に私の事を知られているようで、普通なら名前を知られた事を喜ぶべきなのでしょうが、どうにも素直にそう出来ないところがありますね」

「素直にそう口にするところは君の美徳だな。表面上は納得していても、心の内ではまだ納得しきれていない者もいるだろう。特に近衛の若い者などはな。

一言二言嫌味を言われるかもしれんが、そこは堪えてくれ。頼み事ばかりで済まないが、よろしく頼む。君がベルン村でクリスティーナの下に就いた時には、私の方でいろいろと便宜を図っておくから」

「それを報酬にするのはずるいですよ、殿下。それでは私もやる気を出さざるを得ないではないですか」

本当にずるい話題を出してきおったぞ、この王子様。ふうむ、薄々感じていたのだが、自覚があるのかないのか、ちと腹黒いぞ、うちの王太子。

「良くする事はあっても悪くする事はないから、その点は安心してくれ。いや、済まないな。普通ならこんな話はしないのだが、どうにも君が相手だとついつい私の口が滑りやすくなってしまう。

どうしてか君には気を緩めてしまうらしい。同世代の友人はいないではないが、君のようにあけすけと物を言う相手というのは希少だからかもしれないな」

「殿下の御友人の方と同列に扱っていただけるとは、光栄の極みですな。では私は近衛に偽装するとして、セリナとドラミナ達は如何いたしましょう。

お許しいただけるのであれば、ドラミナの所有している馬車と馬達を連れて行きたく存じます。

馬達は全てスレイプニルですから、普通の馬に見えるよう偽装する必要はあるでしょうが、いざとなれば空を掛ける事も出来ます。

殿下を連れて急ぎ王国に戻らねばならぬ事態が生じた時には、重宝するかと」

今や装飾などを外して簡素な外見になったドラミナの馬車だが、馬車そのものに使われている素材が希少なものばかりで、何重にも魔法が掛けられているから、こちらもスレイプニル同様偽装を施す必要はあるだろう。

まず間違いなく殿下がお乗りになる馬車よりも品格が上とあっては、護衛の任に難ありだからな。

「スレイプニルか。話では聞いていたが、本来なら使い魔などに収まるような氏素性ではないのだろうな」

殿下はちらりとヴェールで顔を隠しているドラミナに一瞥を送った。殿下からの視線に、ドラミナは小さく会釈するきりで何かを語る事はしない。

ドラミナに語るつもりがない事を悟り、殿下は深く追求して藪をつついて蛇が出てくるような真似を避け、馬車と馬の件を承諾なされた。ふむ、賢明な判断だ。

「とりあえず馬車と馬の件は承諾した。私の方で弔問団に追加の報せを送っておこう」

後はまるでロマル帝国の不意を突くように弔問団の派遣を隠す事や、時期が早すぎる事など聞いておきたい事はあるが、『不意を突くように』ではなく『不意を突く』のが目的なのだろう。

皇帝崩御の知らせを受けて動き出す者達に対し、少しでも崩御の情報を隠して時間を稼ぎたい皇女や大公に対する嫌がらせで、ぎりぎりまで弔問団の派遣を隠して送ると見た。

陰謀術数蠢くとはまさにこの事かね、と私が胸の内で溜息を吐いていると、これまで沈黙を保っていた学院長が不意に口を開いた。

考えてみるにこの方もなかなか複雑な立場だ。建国王の仲間であり、同時にエンテの森の最重要人物のひとりなのだから、殿下であっても対応には慎重を要するときている。

「殿下、横から失礼いたします。ドラン、弔問団の護衛としてガロアを離れるのであれば、ディアドラを連れて行ってあげてはくれませんか?」

「ディアドラを? 連れて行けるのなら私も連れて行きたいですが、彼女には教師としての仕事があるのでは?」

「それならもう引き継ぎは済んでいますし、彼女の受け持ちの授業はもうありませんよ。

セリナとドラミナが貴女と一緒なのに、自分だけ離ればなれとあってはディアドラが大いにへそを曲げる事でしょう。

それに彼女もあなた達同様に見聞を広めるのによい機会です。あまりよい経験にはならないでしょうが、それもまた経験というものです」

「そういう事でしたなら私としては問題ありませんが、殿下、更に一人追加となっても支障は御座いませんか?」

「ディアドラというとあの黒薔薇の精の女性の事だな。あい分かった。確かに彼女だけを置いていっては、不公平というものだ。一人くらいならどうとでもなるよ」

殿下が快く承諾して下さった事で、弔問団の護衛にディアドラも加わる事となったのである。それからさらに弔問団の予定や帝国での作法や事情などを伺い、事前に仕入れておくべき情報を受け取った後、殿下はガロアを後にされた。

愉快な道中となりそうだが、さて、私がガロアを離れるにあたってとびっきりごねそうな子がまだ残っているのが、最後の難関か。