Sayonara Ryuusei Konnichiwa Jinsei

Sorry for being short.

ドランの展開した欺瞞と遮断の結界は、地上の同胞達に対して完璧な効果を発揮していた。

結界内部で幼い頃からの約束である、力の比べっこをしている深紅竜ヴァジェと黒緋竜ゼルガスムの高まる魔力や周囲の溶岩地帯を蒸発させる熱量を外部へ一切漏らさず、また結界の外からはヴァジェ達が和やかに話しているように見えている。

もっとも、ドランが結界の効能は地上の同胞達にだけ通じればよいと判断している為、バハムートやヴォルダージュ、鉄朱火などは感知しているだろう。

そう判断したのも、地上の同胞達がヴァジェ達の力の比べっこにドランが同席しているとあれば、一体何事かと驚天動地の境地に達するところだが、バハムート達ならばドランに何か考えあっての事と察してくれるという根拠があった。

赤色の山肌に足を下ろしたドランの眼前で、同じく大地に降り立ったヴァジェとゼルガスムが、既に摂氏八千度に達する熱を全身から発しつつ向かい合っている。

家族ぐるみで付き合いのあった幼馴染という事もあり、ヴァジェの心身には闘志こそ満ち溢れているが、殺意や悪意の類の感情は一欠けらもない。

ドランが初対面の時を思い出し、私の時とはまるで正反対だな、とつい考えてしまうほど、奇妙な穏やかさが今のヴァジェにはあった。

ヴァジェの心に迷いや曇りの類はない。磨き抜かれた鏡のようにこれから自分のする事に対して、躊躇や遠慮などもまったくなかった。久方ぶりに幼馴染とじゃれ合うのが楽しみで仕方がない、そう全身で物語っている。

対するゼルガスムは、表面上はあくまでも落ち着き払っていた。心身に満たした黒緋竜の魔力を解き放つ機を見逃さぬようにと、精神と神経を研ぎ澄ましている。

――だが心の奥では穏やかならず、か。

ドランの観察眼だけがゼルガスムのわずかな精神の揺らぎを見抜いていた。

心の奥底に封じ込めた感情が、どうしても抑えきれずに、グジュグジュとふやけた治りかけの傷口のように疼いているのだ。

それでも、ヴァジェがゼルガスムに悪意を抱いていないのと同じように、ゼルガスムもまたヴァジェに悪意を抱いてはいない。ただ、理性だけでは抑えきれぬ感情が青年竜の胸の中で蟠っている。

言葉にすればそれだけの単純な話だったが、単純であるがゆえにゼルガスム自身でしか決着をつけられぬ問題でもある。

「ヴァジェ、ゼルガスム、一応は見届け役として双方どちらかが傷を負うような事になれば、止めに入らせてもらうぞ。久方ぶりの力比べで勝手を誤る事もあるだろうからな。

他の者達からの介入がないように結界も張ってある。他の事は気にせずに力を振るうがいい。それと、何か合図のようなものは要るか?」

「いいえ、ドラゴン様には我らの為にご配慮いただき、感謝の言葉しかございません。なあ、そうだろう、ゼル」

「ええ、ヴァジェの言うとおりです。我らの事情で御身を煩わせる事をお許しください。

それでは恐れながら合図に関しましてもお願いできますでしょうか」

ゼルガスムが居る手前、ドランをドラゴンと呼ぶヴァジェの言葉には、その通りの感謝の念がたっぷりと含まれている。それに加えて、これまでの緊張から開放された事の喜びを感じて、傍目から見ても相当に気分を高揚させているのが見て取れる。

重圧と緊張感から開放された事で、ヴァジェが生来持つ好戦的な気性がようやく顔を覗かせ始めていた。ドランとしては、ヴァジェはこうでなくてはな、と思うところである。

「君らに不服がないのならばなによりだ。ではこれから空に魔力の砲弾を打ち上げる。それが弾けたら、比べっこの開始だ。よいな?」

ヴァジェとゼルガスムが揃って首肯するのを確認し、ドランは右手に白い魔力の球体を構築して上空へと打ち上げる。

びゅうびゅうと音を切って打ち上げられた魔力の砲弾は、ドラン達の頭上高くで内側から弾けるように破裂し、白い霧のような光が青い空に広がる。

ヴァジェとゼルガスムは合図とまったく同時に動いた。研ぎ澄ました神経は、開始の合図が告げられた事を一瞬の遅れもなく把握し、次の瞬間には結界の内部は灼熱地獄と化した。

二体の上位火竜の放つ膨大な熱量に地面や岩石が見る間に煮え立ち、気体へと変わる。

尋常な生物では、結界の内部に足を踏み入れた瞬間に炭すら残せず焼死する世界だ。

加えて古竜であるヴァジェ達の放つ炎熱は物理のみならず霊的存在にも効果を及ぼす為、精霊や死霊の類ですら燃やされてしまう。

肉持つ者も霊なる者も区別することなく、平等に燃やす炎が天地を満たす。

ヴァジェは種族名の通り深紅の炎を纏い、ゼルガスムもまた黒緋色の炎を全身から激流の如く放出していた。

天変地異を思わせる二色の炎の流れは、両者の中間地点で激突し、夥しい水飛沫ならぬ炎の飛沫を無数に作り出しながら押しては退き、退いては押すの拮抗状態は演じる。

「ふむ、ゼルガスム君はなかなか見所のある青年だな。ヴァジェはかなり厳しく鍛えているのだが、この星の若い世代の有望株その三といういわけか」

ドランが感心した様子で二人の激突を眺めている間に、ヴァジェとゼルガスムは、炎の吐息のぶつけ合いはほぼ互角と判断し、戦い方を別のものへと変える決断を下す。

「はははは、ゼル、しばらく見ないうちに随分と火の扱いが上手くなったな!」

「それはこちらの台詞だよ、ヴァジェ。それなりに強くなったつもりだったが、君がここまで強くなっているとは」

互いに火を吐く口を閉ざして、ヴァジェとゼルガスムは巨大な翼を広げ、溶岩の海と化した足場から烈風を起こしながら飛び立つ。瞬時に音の壁を越える速度に到達し、炎熱を孕む大気を引き裂いて、二体の竜は空中で激しい肉弾戦と炎の打ち合いを演じる。

一撃一撃が大型の魔獣を絶命させ、小さな砦などの建築物ならば即座に倒壊させる破壊力を持ち、ほんの数分この二体が暴れるだけで都市の一つ二つ灰燼に帰するだろう。