Scop Scopper Scoppest with Demon Eye King
Episode 16: The Demon Mine
少年には夢があった。
成長したら、こんな田舎の村など飛び出して、剣を片手に己の力だけを頼りに自由に生きる。そして、いつかは世界中に名が轟くような冒険者になるのだ。
それは世の男であれば誰もが一度は夢想するありがち夢だった。本来なら、成長とともに忘れてしまうような、そんな純粋な夢。しかし、少年は忘れなかった。
少年は齢十五を向かえるころになると、必死に働いて手に入れた剣を片手に、希望に目を輝かせて生まれた故郷を飛び出した。
そこからの少年の道のりは、思い描いた夢のように平坦なものではなかった。
辿り着いた大きな街で冒険者になったはいいが、生活は厳しく生きていくだけで精一杯。一人では碌な依頼が受けられないと仲間を探したが、少年のような新人が相手にされることはない。
苦しい生活。うまくいかない依頼。強いモンスターども。
夢と現実のギャップに苦しんだ少年だったが、それでも少年が腐ることはなかった。毎朝の剣の稽古は一日も欠かしたことはない。少年の瞳は未だ夢の光で輝いていた。
それから数年が過ぎ、少年がいっぱしの冒険者を名乗れるようになったころ。少年にもついに仲間ができた。
一人は体格が自慢の割に、おっとりした性格の重戦士の男。もう一人は口を開けば嫌味しか吐かないが、実はお人好しな狩人の男。
ここに美人な魔法使いもいる予定だったんだけどな、と少年は仲間と共に夢を語り合い、笑い合った。
ある日受けた、それはなんでもないような依頼だった。街の付近に出没したゴブリンの討伐。既にDランクに到達していた少年達には、簡単と言って差し支えないものだった。すぐに片付けてやる。少年達は息巻いていた。
しかし、辿り着いた先で少年達を待っていたものはゴブリンではなかった。
食い散らかされたゴブリンの死体。
そして、食い散らかした張本人である――一つ目巨人(サイクロプス)。
四メートルを超える身長に筋骨隆々の体。顔にはギョロリと血に餓えた単眼を持つ巨人。本来、大陸外縁部に存在するはずのない強力なモンスター。しかも元来とは違う、黒い肌をしたそのサイクロプスは、強力な亜種である可能性が高かった。
そんな純然たる化け物が、少年達を見据えながら、舌なめずりして、愉しそうに嗤っていた。
まずは重戦士の男からだった。仲間を守るために前に出た彼の脚が、まるで人形のように簡単に引きちぎられた。
続いてお人好しの狩人。サイクロプスの目を射抜こうと構えた彼の弓は、次の瞬間にはなぜか彼の腕ごと腐り落ちた。
そして、最後に少年は――――――逃げた。
毎朝訓練を欠かしたことのない剣を抜くこともせず、共に笑い合った仲間の視線を背中に感じながら、本能が発する恐怖という名の声に従い、ただ走り続けた。
仲間は帰ってこなかった。何日待っても帰ってこなかった。
自責の念に耐え切れず、酒を飲んだ。酒を飲むと何も考えずにぐっすり眠れた。
心配した知人が訪ねて来ては当たり散らした。当たり散らしている間は、自分は悪くないと思えた。
やがて、心配して声をかける者もいなくなった。
何年も過ぎた。
その間に剣は振るよりも、ちらつかせるほうが金になると学んだ。
もう剣の訓練なんて何年もしていない。する必要がなかった。ちょっと弱そうな奴を小突けば金が出てくる。笑いが止まらなかった。
明日は誰から毟り取ろうか、と新しい仲間と共に語り合い、笑い合った。
かつて夢で瞳を輝かせていた少年は、もうどこにもいなかった。そこにいたのは下卑た笑いを浮かべ、欲で瞳を濁らせた一人の男だった。
その男は、仲間を見殺しにして逃げ出したときに、未来を夢見た少年も一緒に見殺しにしたのかもしれない。
男の名を――――ダナルートといった。
「――俺に触れるんじゃねえッ!!」
「きゃあっ!」
一目で粗末と分かる一室。男にベッドから突き飛ばされた女が、テーブルと、その上にあった酒瓶を巻き込みながら、派手な音を立てて床に倒れ込んだ。
薄い生地の服――というよりも、もはや下着に近いような黒い布切れを身に纏っただけの女だ。
女は手入れの行き届いていない金髪を伸ばし、顔には濃いめの化粧が施されているが、それでもその不健康そうな相貌は隠し切れていない。
「何度も言わせるんじゃねえ……! 俺に触れるなッ! 絶対にだッ!!」
女を突き飛ばし、喚いている男はダナルートだ。
彼は倒れ込む女に散々喚き散らした後で、まだ怒りが収まらないのか、苛立ち紛れにベッドのふちを殴りつけた。
木製のふちが衝撃でガンッと音を鳴らす。
しかしどうしたことか。その音が響いた瞬間、殴りつけた当人であるはずのダナルートが、音に怯えたように体をビクリと震わせた。そして、とんでもない失敗を犯したとばかりに、顔面を蒼白にして体を縮こませた。
そのままガタガタと震え、頭を抱えたダナルートは、
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ――」
と繰り返しながら、己のステータスに目をやる。
名前:ダナルート
種族:人間族
年齢:25
Lv:21
状態:呪い
HP:137/137(-239)
MP:392/392
筋力:16
敏捷:10
知力:17
精神:11
スキル
【剣術Lv5】【見切りLv1】【解体Lv3】【採取Lv1】【掘削Lv1】【逃走Lv2】【恐喝Lv2】【窃盗Lv2】【魔力感知Lv1】【魔力操作Lv1】【言語Lv3】【算術Lv2】
装備:ステータスタグ【アカウントLv1】【システムログLv1】
そこにあるのは、状態:呪い、という明らかな異常を知らせる表示。
そして――(-239)という恐ろしい補正値。
ダナルートの感覚で言えば、補正を受けて残ったHP137という数字はあまりにも低かった。年々衰えていく自らのパラメーターを考慮しても、ありえないほどに低くすぎた。
ダナルートが覚えている限りでは、こんなに低いHPは、まだ自分がほんの小さな子供だったころ――それこそ、初めて聖教会でタグを作ったときにまで遡らなければ記憶にない。
もし、こんなHPでモンスターと戦うことにでもなったら、いや、それどころか普通の人間相手に戦ったとしても、いや、もしかしたら道で転んだだけでも下手をすれば死――……
「ふざけるなッふざけるなッふざけるなッ……! あの野郎がやったんだ……。なんとかしねえと……なんとか……ッ」
倒れ込んだ女が狂人を見るような目でダナルートを見ていたが、彼はそんなことなど気にも止めない。濁った目を血走らせて、時折部屋の片隅に立てかけられた自分の剣に目をやり、そしてまた、ブツブツと呟き続けた――。
SSS
Eランクダンジョン『魔鉱窟』
全五階層からなる小規模ダンジョン。
主な出現モンスターはゴブリンやビッグラット、ビッグモス等の下級モンスターであり、危険度の高いものでもビッグポイズンスパイダー、最下層で確認されたブルーキラーフィッシュの二種に限られる。
魔鉱都市ベルグの礎ともいえる魔力鉱石の安定確保のために、レーゼハイマ商会が出資し、常に冒険者によるモンスターの間引きが行われているために、その絶対数も少ない。故に、ダンジョンの難易度は最も低いEランクである。
昨日、ルーリエと別れた後に、冒険者ギルドに立ち寄った継人(つぐと)が聞くことができたダンジョンの情報である。
その情報とともに手に入れた一枚の紙切れを片手に、継人は今日もダンジョンに足を運んでいた。
本日の彼の出で立ちは、昨日までとは少しばかり違う。
履き古した白いスニーカーが消え、代わりに、しっかりとした作りの黒い革のブーツが足を包んでいる。
そして、腰に巻かれた茶色い革のベルト。鞘と一体になったその分厚いベルトには、三本のナイフが収まっていた。
「――……ふあ、ふぁあああぁぁ」
紙切れを眺めながら歩を進めていた継人が、不意に大きな欠伸を漏らす。心なしか目もショボショボとさせていた。
「……む、ねぶそく?」
隣をトコトコ歩くルーリエが首を傾げた。
「……ああ、【魔力感知】の練習してたら結構寝るのが遅くなった」
「【魔力感知】できた?」
前日の狩り――というよりもほとんど採掘であったが――の最中、継人はルーリエから【魔力操作】の教示を受けた。
【魔力操作】とは魔力、つまりは己のMPを意思のままに操る技術のことをいい、この技術を習得するためには、まずは操る対象であるMPを感じ取るスキル【魔力感知】の習得が必須になる。
故に継人は【魔力感知】習得のため、寝る間も惜しんで瞑想に耽り、己の中にあるはずの魔力なるエネルギー体を一晩中探し続けたのだが――、
「全然駄目だ。正直、そんな謎エネルギーが本当にあるのかよって囁きかけてくる理性との戦いで、俺はもう疲れた」
「……おうえんしてる」
はあ、と溜息をつく継人の前に、もう馴染み深いといってもいい最初の分かれ道が見えてきた。
右手が、継人がこの世界にやってきたときに立っていた場所がある方面へと続く道。左手が採掘場広間へと続く道だ。
継人は手に持った紙切れに目を落とした。
この紙切れは地図である。冒険者ギルドにて銀貨一枚で販売されていた『魔鉱窟』一階層を細かく記したものだ。
その地図によると、地下二階層に進むには右手の道を進まなければならないようだ。左手の広間方面への道は、広間を抜けた先から複雑に入り組んだ作りになってはいるが、結局は全て行き止まりになっている。
とはいえ、継人達の目的はダンジョン攻略ではなく、狩りである。少なくとも今は二階層には用はないし、そもそも二階層の地図は買っていない。
というわけで、継人達は左手の道を進み、広間を抜け、前日と同じくゴブリンと戦った五つの分岐が立ちはだかる場所へとやってきた。
「――さて」
継人は地図を眺めながら、この分岐をどう進もうかと思案する。
まず、地図を見るまでもなくありえないと除外できるのが、五つに分かれた分岐の一番右側の道だ。
その道は、通称『ゴミ穴』と呼ばれる、巨大な穴が存在するだけの袋小路なのだ。
地図には、このゴミ穴の位置にデカデカと髑髏マークが印してある。これは、致死性のトラップという意味だ。というのも、この通路のちょうど真下が底無しの空洞になっており、そこに一歩でも足を踏み入れれば、落とし穴のように床が抜けて、穴の底へと真っ逆さまというわけなのだ。その際に崩れた床も、壁と同様ダンジョンの不可思議な復元現象で元通りになり、何度でも落とし穴として機能し続けるというのだから、トラップとはよく言ったものだろう。
冒険者ギルドからも、この底無しの穴に落下して帰ってきた者は一人もいない、生還率0%の凶悪なトラップだから十分に気をつけるように、との注意を地図を買う際に継人は受けていた。
実際の落とし穴がある場所には――
『この先、落とし穴注意 レーゼハイマ商会』
――という採掘人達を守るための看板が大量に並べられ、落とし穴自体はほぼ無力化されているのだが、本当に落とし穴以外には何もない場所なので、この道を考慮する必要はない。
というわけで、消去法で残り四本の道から選ぶことになるのだが――、
「……代わり映えしないな」
「む?」
「いや……どの道を進んでも最後には行き止まりだし、どこかゴールを目指してるわけでもないし、どっちに行っても同じかなってな」
「めざしてるのはレベルアップ。モンスターがいればいい」
スコップをギュッと握り、ふんすっと息巻くルーリエ。
「――だな」
彼女の言葉に納得したように継人も頷き、地図から目を離すとツルハシを担ぎ直した。
今日は二人ともバケツは持っていない。
「じゃあ行くか、索敵は頼んだぞ」
「……まかせてほしい」
耳をぴくぴくと動かしながら先導を始めるルーリエ。
彼女に続き、継人もまたダンジョンの奥へと進んでいった。