食堂に着いた俺たちは、人気の少ない食堂で朝飯を食べていた。

いつもならこの時間帯には、もっと大勢の学生がいて賑わっているはずだが、今日は両手で数えるほどしかいない。

「……この時間帯でここまで空いているのは珍しいですね。簡単に席が取れて有り難いですが」

「ああ。食堂のおばちゃんに聞いたら、竜の姫様が来るって云々で、先に済ませて城門の方に向かった奴らが多いらしいぞ」

「そうなんですかあ。でも、静かな朝ごはんも、偶にはいいですねえ」

そんな感じでソフィアたちと喋りながら、俺が朝食を食べていたら、 

「あ、クロノ! 君はこっちにいたんだね! それにソフィアちゃんやサラマードまで」

リザが食堂に入ってきて、手をふりながら俺たちの方にやってきた。

「おはようございますリザさん。でも、こっちにいた、ってどういう意味です?」

「いやあ、クロノも他の学生たちと一緒に、城門の方に行っているのかなあって思って。でも、そうだよね。『山の街』とやらに住んでいたクロノだったら竜とか見慣れていそうだし、行かないよね」

その納得のされ方はどうかと思うが、大方正しくはあるので何も言えないので、とりあえず半目だけは向けておく。

「というか、リザさんもいつもの調子ですけれども、ドラゴンのお姫様が来るって事を知っていたんですね」

「うん。ドラゴンのお姫様たちが来るのは、年初から決まっていたことだからね。彼女たちが来るのは遅れるって、連絡されていたしさ」

そんなリザの言葉を聞いて、俺は首を傾げた。

「お姫様『たち』ってことは、他にもいるんですか?」

「うん。竜族も最近はかなり子供に恵まれているらしくてね。それで今年は複数の竜族を受け入れることになったんだ。男女一人ずつ、だけどね」

「おお、二人も。新しい仲間が増えるのは嬉しいですね」

そう言うと、リザは苦笑した。

「あはは……竜が入ってくるっていうのに、本当に普通の反応するんだねえ、クロノは」

「え? いや、だって、リザさんだって普通にしてるじゃないですか」

「私は事前に知っていたからね。ほら、ソフィアちゃんもサラマードも、二人とも食事の手が止まってるくらいには驚いているじゃない」

言われて見れば、確かにソフィアもユキノも食事の手を止めていた。

ソフィアは目を丸くしていたし、ユキノは表情が薄いけれども明らかに冷や汗を流している。

「あれ……本当に竜族が来るって一大事なの、か?」

「え、ええ、まあ。竜というのは、本来、秘境にしか住んでいないものですからね」

「俺の街では結構な頻度で見れたんだが……そうか。秘境と言えるほど田舎なのか……」

自分が普通に暮らしていた街は、精々山奥の田舎程度だと思っていたのだけれども。

竜がいると秘境扱いになるとは。

また一つ新しい事実を学んだ気がするなあ、と思うけれど。

「予想以上に俺は田舎ものであったことを突き付けられて、割とショックを受けるな」

「いや、あの、クロノの言う田舎者と一般的な田舎者っていうのは、色々と定義が違っているからショックを受ける必要はないと思うなあ、うん!」

俺がちょっと落ち込んでいるとリザが首をブンブン振りながらそんな事を慰めてきた。

魔王であるリザがそう言ってくれるのであればそう思う事にしよう。

「まあ、俺のことはともかく、魔王城に新しい仲間が増えるのは良い事ですね」

俺の言葉にソフィアも頷いた。

「あ、それは私も思います。竜族で同年代の人なんて中々会える機会もないですしね。色々とお話を聞いてみたくもあります」

「だよな。俺も率先して会いに行きたい!って程ではないんだけどさ、同年代の竜に出会った事なんてないから。結構楽しみではあるんだよな」

しかも同性異性の両方が来てくれるという。どんな性格をしている人なのか。

友人を求めている身としてはかなりの興味がある。

……出来れば、仲良くなれるタイプだと嬉しいなあ。

今日の講義で会う事が出来れば話かけてみようかな、などと思っていた。

その時だ。

「いやあああああ!」

「うん!?」

と、食堂の外から叫び声が聞こえた。

そして、その次の瞬間、

――ドゴン!

と外壁を破りながら、巨大な竜が食堂の中に入ってきた。

「え、ちょっ!? い、いきなり何――?!」

突然のことに驚くリザだが、その間にも竜は止まることなく。

相当な速度でこちらに突き進んできており、 

「止めて止めて退いて――!!」

そんな叫びと共に、竜の身体が食堂の床を滑っていた。

このまま行くと、確実に俺たちと衝突するだろう。だから、

「リザさん。あの竜、止めたいんですけど、魔王城の食堂を動かしてもいいですか?」

「え? あ、うん! お願い!」

リザの許可が出た。ならばあとは動くだけだ、と俺は支配の鎖を床に取り付け、

「――床よ、剥がれて穴になれ……!」

俺の前方十数メートル分の床を一気に引きはがした。

それだけで、食堂と地下にある部屋と繋がり、俺の目の前に大穴が空いた。

必然、俺たちの元へ滑る様にやってきた竜は、

「ひゃ、ひゃあああ~~!?」

そのまま穴の中に入っていき、ドスン!という重たい音を立てた。

そして、それっきり、巨大な竜が動く音は聞こえなくなった。

どうやら激突は完全に防げたようだ。

「お、お見事、クロノ。魔王城を操作してくれたおかげで、助かったよ」

リザは支配の鎖によって操作された食堂を見ながら冷や汗を流している。

「でも、よくまあ、地下の空洞部屋とつなげるなんて発想が即座に出来たね。本当に君は、竜が相手でもテキパキ動けるというか……とんでもなく冷静だよね……」

「うーん、冷静というよりは見慣れているから、普段通り行動できるってだけだと思いますけどね。それに、食堂の方も大分がめちゃくちゃになりましたけどね」

見れば、食堂に並んでいたテーブルは大部分がひっくり返っているし。

竜が突っ込んできたことで吹っ飛んだ外壁で、かなり傷ついている部分があった。

「いやいや、これ位の損傷なら、私のダンジョン操作だけですぐに直るし。全く問題ないよ」

「なら、良いんですけども……ソフィアとユキノさんも大丈夫ですか?」

俺は背後にいるソフィアとユキノにも声を掛けた。すると彼女たちは揃って頷いた。

「はい。クロノさんが守ってくださったおかげで傷一つないです」

「ソフィアに同じく。ご飯も守ったし」

どうやら二人にも被害はないらしい。そしてテーブルの上から吹っ飛んでいた朝食もユキノが器用にキャッチしていたので、実質被害はゼロだ。

「それは良かった。……しかし、何で竜がぶっ飛んできたんでしょうね?」

俺が首を傾げながらリザに聞くと彼女も首を横に振った。

「うーん。私にも、ちょっとわからないから、本人に聞いてみるしかないね」

「本人、ですかあ……」

と、俺はリザと会話しながら、竜を落とし込んだ大穴を覗き込んだ。

深い穴だが、食堂の光もあって、大穴はある程度見渡すことが出来た。

ただ、そこには、先ほどまで見ていた巨大な竜の姿はなくなっており、 

「ちょ、この大きな穴は何?! というか、あたしの体も埋まっちゃってるし。う、上にいるそこの人、出して! 出して――!!」

代わりに竜の角を生やした少女が、下半身を床に埋めながら、元気そうに騒いでいたのだった。