Sendai Yuusha wa Inkyou Shitai

Women warriors are afraid.

ユーヤ・シロウ。

ある日突然ルクセリアギルドに表れた黒髪の少年。

歳は確か16って言っていたね。その歳の割りに背は少し低く、パッとしない顔立ち。悪くはないんだが好くも無い。

その癖人一倍性に関心が強い、

そんな少年だ。

薬草採取のクエストで集めて来た大量の薬草の中に、妖精の加護を受けたって言う希少アイテム上薬草が紛れ込んでたり、ギルドの雰囲気と少しの情報だけで正確な答えを導き出すし、オークの巣を単騎で殲滅したって言うし、ただ者ではないと思っていた。

だがあたしの中では、エロばっかり考えてるマセた子供。けれどなんと言うか、気持ち悪さよりもこそばゆさを覚えるどこか憎めないエロガキって言う位置付けだった。

優秀らしいし、こんな所で潰れるなんて可哀想だな、なんて思ってバジリスク討伐に色々手を貸してやろうとも思った。

だが、ここまで異常だとは思わなかった。

絶対的な絶望の渦中、ユーヤは短槍だけで切り抜けて見せた。

バジリスクに囲まれ死を予感したあたしは逃げようとした。

ユーヤと、エルフの少女を置き去りに、あたしは逃げようとした。

情けないよ。何がAAだい……

けれどそれほどあたしは恐怖し、優しく声を掛けられた。

ユーヤの腕にはリリルリーが眠る。彼女を渡されたあたしは、必死に言い訳をしようとし、その次の瞬間に見たことの無いものを見た。

蹂躙だ。

ユーヤから、バジリスクに対しての、一方的な蹂躙。

本来逆の立場である人が、たった七本の槍で化け物を蹂躙する。

一瞬だった。

一瞬で片がついた。

あたしは自分の頭が狂ったのかと思った。

幻覚を見たのかとも思った。

まるで伝説の、神話の英雄を再現したかのような戦いぶりに腰が抜けちまったよ。

そしてそんな凄い事をした当の本人はあたしを振り向かせたいのか、褒めて褒めてと甘えてくる。

ああ、かっこよかったよ。

そう素直に笑って言ってやろうと思ったが、……声が、出なかった。

襲い来る圧倒的な死の予感。

ソレに睨まれたあたしは、一度そこで死んだと思った。

通常の色をしてない、馬鹿みたいにでかいバジリスク。

ハーレムの、頂点。

血を吸ったように赤い結晶の鎧を纏った、化け物。

ソレが、ユーヤの背後に、居た。

奴は金色の眼、『石化の邪眼』を見開いていた。

――……だめだっ、逸らせないっ。

石化してしまうと、恐怖する。

だが奴はあたしになど眼中になどないと一瞥し、ユーヤに近づいて行く。

ソロリ、ソロリ。驚く事に、奴はその巨体で気配を殺しつつ接近する。他のバジリスクの大きさの数倍ある巨体で何故そんな事が出来るのか疑問に思うが、あたしは疑問を呟く事も出来ずにその様子を震え上がりながら眺めていた。

眺めているしか、出来なかった!

動けば、直ぐに死ぬ。

そんな言葉が頭の中をぐるぐると渦巻き、歯はガチガチと鳴る。

身体は壊れたように震え、口からは自身ですら聞き取れない程小さな掠れ声。

恐怖で動けないでいるあたしの頭の中に声が響く。

「大丈夫さ。見てたろ? ユーヤはあんな奴つ簡単に殺せる程の実力者だ。それが殺される?馬鹿かお前は。お前が気に掛けるまでもないよ」

その声にあたしは素直に安堵した。

そう、そうだよ。あんなに強いんだ。ああやって馬鹿みたいにエロい事を考えてるのだって周りを欺くためだったのさ。現にあたしは騙された。今だって後ろに迫る奴に気づいてない振りをしてんだよ。

そう頭の中で決めつけたあたしの頭の中で、誰かが叫ぶ。

「もし、もしもの話だ……本当にユーヤが気づいてなかったら? ユーヤは、化け物に食われちまうんだよ!?」

そう、そうだ。もしも全く気づいてなかったら。…………いくら凄くても身体は柔だったりしたら? 身体を、食われちまったら?

「……死んじまうよ…あの時と、同じでっ!」

思い出されるのは数年前に魔物に喰われた、弟の姿。

バカで、実の姉を女として見るような奴だが、どこか憎めない………そんな、ユーヤみたいなガキだった。

あたしは……また、失うのか?

ユーヤが殺されたら、と思うと大きな虚無感が胸を襲う。

あの時のような、あの、からっぽな感覚を味わうのか?

いやだっ…!!

あたしは必死に立ち上がり、ユーヤに危険を知らせようとする。

ユーヤっ、気づいておくれよ!

声が震えて、掠れて届かない。

振り絞った声がようやく届いた瞬間には、

ユーヤは砕け散ってしまった。

石化の邪眼を受け一瞬で石化し、奴の牙に噛み砕かれた。

石像のようになったユーヤの、下半身だけがその場に残った。

う、嘘だろう?

……ユーヤが、死んだのか?

「ひっ…!」

奴が、こっちを向いた。

石化の邪眼は発動していない。それが、逆に恐怖を煽った。

喰う気だ…!

ユーヤを石にして確実に殺した奴は、あたしら(・)を食おうと思ったのだろう。

あの牙で切り裂かれ、咀嚼され、痛みの中で死んでいく。

先程の比でない恐怖を覚える。

辛うじて立っていた脚は崩れて腰を付く。

必死に、立ち上がり逃げようとするが腰が砕けて立ち上がれない。

奴が、追い詰めた獲物で遊ぶようにゆっくり、ゆっくり、と近づいてくる。

「いや……いやぁっ!!」

恐怖が募る。

股に熱いものが溢れ、けれどそんな事を恥じる間もない。 奴が近づいてくるのだ、逃げなくては。

必死に後ろに、後ろに逃げようと後ずさる。それを見て楽しんでるのかバジリスクは歩調を速くしたり遅くしたり緩急を付けてあたしの様子を楽しむように遊ぶ。

そして、突然大口を開けて、来た。

逃げられない…っ!

あたしがそう思った瞬間に、少女の寝息が聞こえた。

「……ん、……ユウ…っ」

咄嗟にあたしは彼女を、リリルリーを抱きかかえていた。

悪夢にうなされる少女。

その子がせめて、安心して逝けるように。

あたしは母に優しくあやされた過去を思いだしながら彼女を強く抱き締める。

バジリスクに喰われる瞬間を見れるはずもなく、あたしは眼を閉じた。

痛みが、こない?

いつまで経っても痛みが来ない。何が起こったんだ? 

バジリスクはまた遊んでるのか? あたしが恐怖する様を見たいって?

とことん下衆な考えをするもんだ。

あたしは恐怖が心を支配する中でそんな事を思った。

不意に、足元が揺れる感覚を覚えた。

何か大きな物が倒れた時に感じるような――――

「あ………―――あぁ…っ」

あたしが眼を開いて最初に見たのは頭。首の根本から切られた、赤いバジリスクの頭。

そして次に見たのは、首の無い赤いバジリスクの身体の上に立ち、一振りの極光を持つ、少年の姿。

星の輝きを閉じ込めたように煌めく剣。

そしてそれを持つ、ユーヤの姿だった。

「ユー……ヤ……」

服が破れたのだろう。上半身裸の状態の彼は今までに見たことのないような真面目な顔をしていた。

「…………ごめんなさい、トーレさん」

ユーヤは申し訳なさそうに、とてつもなく悔しそうに、今にも泣きそうに、そう呻めくように謝って来た。