Sendai Yuusha wa Inkyou Shitai

The sprawling world and the entry and exit ban

理想郷を夢見た俺に待っていたのは、二度目の落下だった。

「ウソダドンドコドーンッッ!!」

「何を言ってんのかわかんないよ兄ちゃん!」

落下した俺を更に待ち構えるのは落下した時の衝撃。水に叩きつけられ、俺の背中は真っ赤になった事だろう。ジンジンと痛む。

「くそっ……どうも登れる気がしねぇ……」

この浴場が建てられてから一度も覗きを許したことがないと言うのは伊達じゃないぜ。

と言うか恐らくなのだがこの壁にいくつか魔法が掛けられてはいると俺は見た。

壁を登る内に腕が重く感じたり滑りやすくなってたりする気がする。

確証はない。が、領主が自信ありと言うのだからそれくらいしているのだろう。となると

「壁を登ってあの壁を越えるのは生半可な事じゃ駄目だ」

握力や筋力において圧倒的アドバンテージがある俺でさえ登り切るのはほぼ不可能。

またしても俺の前に壁が立ちふさがった。

「やっぱり無理なんだよそ兄ちゃん。諦めなって」

悔しくて天井を見上げてた俺に、近くにいたマルコが声を掛けて来た。

「毎年この時期になると増えるんだよ。けど、どんな奴らも制覇できねぇ。魔装演武の本戦に出たって奴でも無理だって話しさ」

「そんな……」

魔装演武に出るような奴らでさえ叶わなかったとは……。

「ま、空でも飛べたら別だろうけどね」

…………

「それだ!」

そう、それだ。飛べば良いのだ!何の為に俺は人の限界を超えたんだ!(覗きの為ではない)

常人を遙かに超越したこの肉体なら数十mくらい軽く飛べるじゃないか!

「に、兄ちゃん?」

「サンキューなマルコ。そう、そうだよ。何もバカ正直に壁をよじ登ることなんてなかったんだ」

これが逆転の発想と言う奴だろう。

「そう。ジャンプで壁を越えちまえば良いんだから」

「いやいやいや!普通無理だから!魔法も使えないんだよ?」

魔法が使えない、か。やっぱり妨害用に魔法が仕組まれてたってわけか。

「安心しろマルコ。元々俺に魔力はねぇ」

「うぇ!?兄ちゃん魔力がないの!?んじゃどうやってジャンプしようって……」

ぶつぶつと何か呟くマルコを他所に、俺はジャンプしてみる。

勢いつけて天井にぶつからないよう軽めにだ。

女湯と男湯を阻む壁のおよそ半分を通り越した所で勢いを無くし、一瞬の停滞の後、落下する。

「……っと、およそ十四メートルってとこか。壁の高さ半分以上は飛べたしちょいと勢いつければすぐだ」

壁が予想以上高かった事には驚いたが、壁のおおよその高さと力の入れ具合をなんとなく掴んだ。次は届くぜ。

「な、なななあなっ!何今の!?」

頂点を見据え思わず笑ってしまった俺の背中を突きながらマルコが尋ねてくる。やめんかくすぐったい。

「何って、ただジャンプしただけだよ」

「普通の人間はビックホッパーみたいに飛ばないよ!」

確かに魔法も使わず十数メートルを越す跳躍力を持つ人間なんて俺も知らない。マルコが驚くのも無理はないか。

ちなみにビックホッパーと言うのはこの世界にいる巨大なバッタの魔物の事で、赤ちゃんぐらいの大きさのくせに大きな建物すら軽く飛び越える程ジャンプするのだ。巨大な虫が飛び跳ねながら迫る姿は意外と精神的に来る物がある。

「すごい、すごいや兄ちゃん!これなら……っ!」

まるで自分の事のように興奮しだしたマルコだが、その興奮は突然なりを顰め剣呑な雰囲気を見せる。

「ん?どうしたマルコ」

「奴らが来たんだ兄ちゃん。ホラ」

尋ねるとマルコは視線を浴場の入り口に向けた。

「……しまった、失敗しすぎたか?」

マルコの視線の先にはTシャツに短パン姿のスタッフが二人いた。スタッフ二人は見回りをするかのように入って来たのだ。

「次失敗したらアウトだね」

「へっ、次で失敗しなけりゃいい」

壁から少しはなれ、腰に結び付けたタオルをキツく締めて俺は両手の指を床につき、クラウチングスタートの姿勢になる。

「兄ちゃん?」

こんな姿勢みたことないだろうマルコは俺が何をしようとしているのか検討もついてないようだ。

まあ仕方のない事だ。

この世界では戦闘技能を争い競うことはあっても、走る早さを競う競技などほとんどないのだから。

地球人類がその脚速を競うために編み出された、走り出す《・・・・》ための姿勢。

「っ!!」

ドンッ。

まるで十トントラックがぶつかりあったような音が浴場内に響き渡る。

全身のバネを用いたクラウチングスタートで飛び出した俺が、空気の層にぶつかり、それを突き抜けた際の爆音だ。

大砲から放たれた砲弾のように空を跳んだ俺の目の前に広がったのは……――

「『停止する世界《ストップ・ザ・ワールド》』」

灰色になった世界と、壁の頂上で腕を組みタオルで身体を隠した若葉色の髪色の幼女。

そしてその次の瞬間には、

「ぶべらっ!?」

俺は顔に走る痛みとともに湯船に水柱を立てる程盛大に落下した。

その日、大衆浴場の出入り禁止を俺は食らった。