Senpensekai no Madoushoshi

Section III End of Adventure

「一応私のほうでも里の一件は教会に連絡をしますが、本当にご一緒しなくてよいのですね?」

クィンさんの肩に乗ったラプリスに、ロゼさんがそう仰った。

「なにあんた、女神のところに連れて行って欲しいんじゃなかったの」

「そこの神官の話だと女神はもうあの里が襲われたことは知ってるらしいし、今更俺が城に行って報告したって意味ないんだよな。だからもうその話はなしだ。お前らといると真面目に俺の寿命が縮まりそうだしな」

ラプリスはそう言ってクィンさんの側頭部をパシパシと叩く。

「代わりに仲間がいそうなオーシュネルに、こいつに連れてってもらうことにした」

「このままドラゴンを放置しておくわけには行きませんからね。オーシュネルに行って、腕利きの解体屋を呼んでくるつもりでしたので、そのついでということで」

勇者が討ち漏らしたらしいドラゴンの来襲によって建物が破壊され、冬場の収入源であるグッスリダケの胞子もなくなってしまい、甚大な被害を被ったレルトンの村。

でも幸い……というべきかどうかはともかくとして、ドラゴンの死骸が残されている。噂が本当であればあれは下位種のドラゴンということになるけど、ドラゴンはドラゴンだ。伝説にもうたわれる存在の皮や角、牙や鱗は村の損失を補って余りあるほどの収入をもたらすだろう。

「そっか。まぁそういうことなら達者でな」

「できればもう2度と会いたくねぇな」

「それはこっちも同じだ馬鹿野郎」

結局、ダークエルフは最後まで姿を表さなかった。ゴブリンとゴーレムを率い、里を襲って嘆きの宝珠の欠片を手にした時点で次の目的地に移動したのだろう。私達の中でそういう結論に達した時、ロゼさんはすごくすごく残念そうだった。私はその横顔を見て、不謹慎ながら、少しだけ羨ましいと思ったんだ。それほどに自分のすべてを掛けられる何かは、私にはまだないから。

「じゃあ貰うものももらったし、かえろっか」

キャロルがホクホク顔で踵を返す。正規の依頼料に加え、追加のゴーレムの報酬。あと解体した時に残ったゴーレムの残骸は私達がもらえることになった。なんか宝石みたいな綺麗な玉で、それがいわゆる核というやつらしい。結構高く売れるそうで、キャロルはすごくしまりのない顔をしていた。

そしてドラゴンを退治したその対価として、解体後にはその角を1本と皮膜、そして皮や鱗を幾つか拝領することを村長さんは快諾してくださった。

「この度は、本当にお世話になりました。皆様方には感謝してもしきれません」

村長さんがそう仰り、深々と私たちに頭を下げた。村の人々もそれに習う。

「あんた達、絶対また来るんだよ。今度来たときには私が腕によりをかけて料理を作ってやるからさ。後、できれば夏においで」

ライアランドさんが意味ありげにニンマリと笑いながらそう言った。

「旦那さんがいるからですか?」

トスリンが言うと、白い歯を輝かせて豪快に笑うライアランドさん。

「あっはっはっ。そうさ。うちの旦那にあんた等を是非見せてやりたいのさ。ドラゴンを倒したのがこんな可愛いお嬢ちゃんたちだって知ったら、きっと驚くこと請け合いだからねっ」

「心配しなくてもまた来るよ。来るなって言っても来るよ。それまでちゃんととっておいてよね、ドラゴンの皮とか色々」

「あぁ、もちろんさ。忘れず取りに戻っておいで」

「それでは、参りましょうか」

ロゼさんが村の方々に一礼し、キャロルの後を追った。ゴルトムントが重い荷車を軽々と引いていく。トスリンもこの場を後にし、私は最後まで残り別れを惜しんでいた。

「気をつけて帰るんだよ、アイリーズ」

「は、はいっ。ライアランドさん、皆さん、どうもお世話になりました」

「けっ、せいぜい足を滑らせて谷に転げ落ちないようにな」

「こ、こらラプリス……すみません。皆さんの旅の安全をお祈りいたしております」

出会いが最悪だったせいで、とことんこの妖精には嫌われてしまった。今回のことで後悔があるとすれば、ラプリスと仲良くなれなかった事だろうか。

「ありがとうございます、クィンさん。ラプリスも、元気でね」

「オマエ等にかかわらなきゃ元気でいられるんだよ」

ラプリスはつっけんどんにそう言うと、フワッと羽ばたき、私の顔の前へと飛んできた。また蹴られるのかと思ったけど、ラプリスは自分の羽根に手を伸ばすとプチッと1本、むしった。

「ほれ、これやる。お前は冗談抜きでどんくさいからな。お守り代わりに持っとけ」

それは僅かな風にさえ揺れる、虹色に輝く柔らかな羽毛。

「え……」

「まぁ、あのほぼオークやちっこいのに比べたらまだお前はマシな部類だからな」

「あ、ありがと……ラプリス……」

私は羽根を受け取ると、なくさない様にハンカチにそれを包んだ。

「で、でも勘違いすんなよなっ! 俺はお前等を許したわけじゃねぇんだからなっ! オマエ等が依然最悪だってことはかわんねぇんだっ! 覚えとけっ!」

鼻先にちっちゃな指が突きつけられる。でも、それでも私は嬉しかった。口は悪いけど、恨まれたままだけど、でも最後の最後で、この妖精と心が通い合えた気がする。

「あぁ、そうだ。お前が寝てる間に調べてわかったんだが……」

「おーい、アイリーズ、早くしないと置いていくぞ」

ラプリスが私の耳元まで飛んできて何かを言おうとした時に、ちょうどトスリンの声が重なった。

「あ、うんっ!! すぐ行くっ!! えっと、ラプリスごめん、なに?」

「いや別に大したことじゃない。どうせすぐわかることだし、ほら、とっとといけ」

ひとより少し大きな私の耳たぶをパシッと叩き、ラプリスはそう言った。

「わ、わかった。それじゃ……失礼します。皆さんも、お元気で」

気になるといえば気になるけど、すぐに分かることならまぁいいかと思って、私は手を振りながらレルトンの村の方々に別れを告げた。

「またっ、いつでもお越しくださいっ」

村長さんが先頭に立って、私たちが見えなくなるまで手を振ってくださっていたことが、ひどく嬉しく思えた。

「おっかえりぃ、みんなっ!」

分厚い木の扉をくぐった私たちに、元気のいい声が届いた。退屈そうに椅子に座っていたチャルリが立ち上がり、私たちを出迎えてくれた。

「ただいまチャルリ」

レルトンの村を出て途中で野宿し、私たちはあくる日の午前にリフロントの町へと帰ってきた。

「あぁ、もうおなかすいたぁ」

「もう、お前はそればっかりだな」

「少し急ぎましたからね、致し方ないかと」

街道の閉鎖が本当に解けているのかを確認するため、私が何も言わずとも3人は道を急いでくれた。途中で私のほうがもうちょっとゆっくり歩こうとか弱音を吐いてしまうくらい、急いでくれた。体力的にきついということもあったけど、その分皆との時間が早く減っていくようで、寂しかったというのもあった。

「まぁそういうわけだからチャルリ。悪いけどとりあえずご飯。何でもいいから持ってきて」

トスリンがチャルリの肩をポンと叩いたとき、私たち4人のお腹が同時にグ〜ッと音を立てた。