Senpensekai no Madoushoshi
Section 4 Attention
朝の戦士兼木工ギルドは、夜にはなかった賑わいを見せていた。
テーブルには昨晩と違って結構な数の人がついていて、地図を広げたり依頼書を見比べて、仲間とどれを受注するかを相談し合ったりしている。
「あ、あの、こんにちは……」
その中に目的の顔が見つからなかったので、受付へと向かった。
「ようこそ、いらっしゃいませ。こちらは戦士ギルドの窓口となりますが、宜しいですか?」
頭上に掲げられた看板を指して、受付のお姉さんがそう仰った。
「は、はい。えと、ここで昨日お仕事を受注した冒険者のパーティーとこの時間に待ち合わせの約束をしているんですが……」
「待ち合わせ……ですか? えぇと、ではその冒険者の位階と、お名前をお聞きしても宜しいでしょうか? 帰還しているかどうかをお調べいたしますので」
「はい。橙位階の、トスリルンです。エルフで剣士で金髪で……。あ、それか神官戦士のロザリスで登録しているかもしれません。教会からのお仕事だそうなので」
「と、橙位階ですか? し、少々お待ちくださいませ」
場違いな町娘の格好をした私を不思議そうに眺めていらっしゃった受付のお姉さんだけど、橙位階と聞いて目が覚めたような顔をなさった。
「確認致しましたところ、まだお戻りになっておられないようです」
「あ、そうですか……。じゃあ、すみませんが隅っこの方でかまわないので、少しだけ待たせていただいても宜しいでしょうか」
私がサリュエナのいる部屋の隅っこらへんを指差しながらそう言うと、受付のお姉さんが立ち上がった。
「いえ、そちらは冷えますので、どうぞ部屋の中央で。すぐに椅子をご用意いたします」
そして言うが早いか、予備の椅子を奥から持ってきてストーブの近くに置いてくださった。
「こちらでお待ち下さい。何か飲み物でもお持ち致しましょうか」
「い、いえいえっ!! お構いなく」
椅子を用意していただいた上にそこまでしてもらっては申し訳ない。私はサリュエナを手招きし、しばらく好奇の視線に晒されながらストーブにあたって冷えた身体を温めていた。
「あっれ!? アイリーズじゃん。こんなところで何してるの?」
すると突然私の名前が呼ばれ、肩を叩かれた。慌てて振り向くと、そこにはミケーニャがいた。
「わ、びっくりした。いきなり叩かないでよ。私は人を待ってるんだけど、ミケーニャこそこんなところで何してるの?」
「私? 私はほら、木工ギルドに仕事の話をしにね。ほら私、大工だし」
「あ、そっか。そう言えばお仕事任せてもらえるようになったとか言ってたっけ」
「ふふーんっ!? 凄いっしょ。今や巣箱から犬小屋まで、ほぼなんでも作れるんだから」
「ほぼなんでもっていう割にはものすごく限定的だね」
「あ、サリュエナさんもおはようございまっすっ!! 今日もアイリーズのお守り、ご苦労様でっすっ!!」
ミケーニャが私の隣にいるサリュエナに気づき、元気に頭を下げた。
「そなたも頑張っているようだな。晴れ晴れしき乙女よ」
「はいっ、早く父さんみたいな立派な大工になってカルヴァフォン姉妹と暮らすための愛の巣を作るのが私の目下最大の夢ですからっ!!」
「そんな夢、私は聞いてないんだけど」
「サゥラちゃんには言ってあるよっ!!」
「わかった。わかったから少し声量を下げて? みんなに聞こえちゃってるから」
まぁ、こんな話を真面目に捉える人はいないから大丈夫だろうけど。
「というわけで、私は頑張るからねっ! 応援しててねっ! そして待っててっ、私が一人前になるその時をっ!!」
ミケーニャはパタパタと手を振ると、木工ギルドの受付の方へと走っていった。
「いや、もう……ほんとゴメンね。私の友達がうるさくて」
「元気なのは良いことだ。特に、そなた達の齢(よわい)の時分はな」
ミケーニャはカウンターの方と少しの間話をしたあと、すぐにまた走ってギルドを出ていく。
途中で私を見て手を振ってきたので、私も手を振り返した。
そしたら今度は投げキスをしてきたので、知らんぷりしておいた。
「返してやればよかろうに」
サリュエナが微笑ましげにそう言ったけど、ここに何人の人がいると思ってるの。
「い、嫌だよ。恥ずかしい……」
ただでさえ注目を浴びていると言うのに、そんなことしたら余計に居辛くなってしまう。私はここには人に会いに来たのだ。目立つ必要なんて、どこにもない。
「や、やっぱり部屋の隅の方に行ってようかな……」
サリュエナがいるから大丈夫だとは思うけど、ここは戦士ギルドでもあるわけで、今から危険な仕事をしに行こうという時に私のような町娘が騒いでいたら、何だこのやろうってことになるかもしれない。
でも椅子から立とうとして中腰になったときだった。私達に向いていた視線が一斉に出入り口の方に移動した。
「あ……」
ギルドに集まった人たちの視線の先には、私達の待ち人の1人であるロゼさんがいた。
鎧に刻まれた聖なる花、ティッカロデッカは、ひと目で彼女が神官であることを周囲に知らしめる。
「おい、神官様だぜ。でも見ない顔だな」
「最近この街にいらしたそうだぜ。なんでも橙位階らしい」
「マジかよ。なんでそんな高レベルのお方がこんな街に……」
ヒソヒソと声を落とし、囁く人たち。彼らはロゼさんに続いてトスリンとキャロルが入ってきた時、もう一度感嘆の声を上げた。
「うお、今度はエルフかよ。森人は美人揃いってのは本当なんだな」
「あのエルフも、その横のワーウルフの嬢ちゃんも神官様と同じ位階らしいぜ」
「橙位階っていやぁ、勇者のパーティーメンツと同じだよな? ひょっとしてまたドラゴンでも出たのか?」
驚きと同時に不安の声も合わせて上がり始めた頃、ロゼさんが私を見つけた。そしてテーブルの間を縫うようにして、こちらへとやってくる。
「すみません、お待たせ致しました」
「い、いえっ……私達もさっき来たところですから」
本当はさっさと私から声をかけるべきだったんだけど、なんか周りの空気的に言い出しづらくて機会を逸してしまった。
「サリーお姉さま、只今戻りました」
「無事の帰還、何よりだ。ローザよ」
ロゼさんがローブをつまみ、お辞儀する。そのロゼさんの肩を、サリュエナは2度ポンポンと叩いた。師匠であり、姉であるサリュエナに労われ、ロゼさんは嬉しそうだ。そんなロゼさんに昨日サリュエナがぬいぐるみに向かって無事を祈ってたって教えたら、とっても喜ぶだろうなぁ。いや、その前に驚くかな?
「ふたりも、お疲れ様。どうだった? お化けいた?」
「はぁ、それよりもなにか温かいものほしい。ねぇ、ここってご飯も食べられるんでしょ? 朝ごはん食べたい、朝ごはん」
キャロルが足音もなくするりとそばに寄ってきて、私の膝に座った。そして背中を預けてくる。
「ほあぁ……アイリーズあったかぁい……」
「キャロルも十分温かいよ?」
服や鎧は冷たいけど、でもキャロルの身体はポカポカとしている。それでも本人が寒く感じるのは、基礎体温が高いからだろうか。
「ん、たしかに歩きづめで疲れたし、まずは休むか」
「朝ごはんっ!!」
「うっさい、わかってるっての」
トスリンが受付のお姉さんのところに向かったのを確認すると、キャロルがグニャッとなって私に頭まで預けてきた。
「ねぇねぇ、聞いてよアイリーズぅ。信じられる? あの人また迷子になってさぁ……」
そして愚痴を吐き始める。でもトスリンにはちゃんと聞こえていたらしく……。
「お前もだろっ!!」
遠くからそんなツッコミが入るのだった。