僕は『巨塔』2階広間から抜け出て、屋上を目指し外へ出る。

原生林奥地に視線を向けると、上空を飛ぶ見慣れない男――魔人側『ますたー』の一人が、地上へ向けて攻撃を繰り返す。

時折地上から氷を中心とした攻撃が飛んでいく。

あれが始祖フェンリルの攻撃だろう……が、何かおかしい。

(フェンリルの攻撃が敵の男に当たらない? ……いや、むしろ攻撃が逸れているのか)

まるで始祖フェンリルがわざと男に当てないようにしているかの如く、不自然に攻撃が逸れていた。

始祖フェンリルが自分の判断でそんなことをする理由は無い。

もし意図的に攻撃を当てないようにしていたら、アオユキが気付くはずだ。にもかかわらず攻撃が逸れているということは――

(恐らくミキが言っていた『最強の神話級(ミトロジー・クラス)』の力によるものだろうな……。心情的には今すぐ何も考えず突撃して、仲間をいたぶる奴をぶち殺してやりたいが、相手の能力が未知数な以上、慎重に行動しないと)

まずは遠距離攻撃で様子を見ようと考えていたが、

「この×顔野郎! あたい達の仲間に手を出しやがって! 許さないからな!」

「ナズナ!?」

ナズナが叫ぶと『巨塔』を蹴り倒す勢いで屋上から跳躍。

ナズナが居た床に大きな亀裂が走る。

よほど足に力を込めて蹴ったのだろう。

お陰で彼女は放たれた矢の如く真っ直ぐ敵へと突撃する。

ナズナが蹴り壊した『巨塔』屋上床が高速で修復されていく。同時に『エリーがまた急な魔力放出に腰を抜かしているんだろうな……』とつい余計な事を考えてしまう。

僕がそんな事を考えている間に、ナズナが敵男と間合いを詰めるため、『大剣プロメテウス』で世界に干渉する。

「摂理をねじ曲げ空気を硬くしろ! プロメテウス!」

さすがにナズナでも一足飛びで敵男との間合いを詰めることが出来ず、『大剣プロメテウス』で摂理を曲げて足場として空気を固めた。

その足場を蹴って、再度加速。

「どっせい!」

「!? 次はなんだ!?」

さすがに大声を上げて、勢いよく接近すれば敵も気付く。

双剣を持つ男はナズナの一閃を回避するが、彼女はその場でぐるりと一回転。ナズナは『大剣プロメテウス』を片手で掴みリーチを伸ばす。

遠心力が乗った一撃を敵男は双剣を交差して防ぐが、空中のため勢いまでは殺せず吹き飛ばされる。

「? なんでナズナの攻撃が当たったんだ?」

始祖フェンリルの攻撃はまるで攻撃自ら意思を持ち彼を避けるように逸れてしまっていたが、今回のナズナの一撃を彼は自ら剣で防いだのだ。

(遠距離攻撃を全て無効化する神話級(ミトロジー・クラス)ってことなのか?)

しかし、それだけで『最強の神話級(ミトロジー・クラス)』とか言うのだろうか?

僕が考察していると、態勢を立て直した顔に傷がある男はナズナを前に心底楽しそうに声をあげる。

「おいおいおいおい! 今度はレベル9999の雌ガキ騎士かよ! あぁぁぁぁ、美味しい、美味しすぎる! マジでここは、己(おのれ)のレベルを上げるため存在するようなフィールドだな!」

レベル9000の始祖フェンリルだけではなく、レベル9999のナズナを前にしても、彼の余裕の態度は崩れない。

彼自身のレベルはというと……遠目から鑑定すると『レベル7000 ??歳、人種、男性、??剣士、ダイゴ』と表示される。

相手がステータスを隠蔽しているため、レベル差があっても一部鑑定が失敗してしまう。

レベル7000は今まで一番レベルが高いとはいえ、レベル9999のナズナを相手にするには心許ない。

むしろなぜそれほど強気なのか理解できなかった。

(それだけ自分が持つ神話級(ミトロジー・クラス)の双剣に自信があるということか……)

また気になる点として『??剣士』の部分だ。

ステータスが隠蔽されているが、よりこの部分が強く隠されている気がした。

彼のステータスに気を取られていると、ナズナが仕掛ける。

「摂理をねじ曲げろ! プロメテウス!」

「!?」

彼女の叫びと共に大剣プロメテウスが世界に干渉、ナズナが5人に分裂する。

これには流石にダイゴも面食らって一瞬硬直してしまう。

それを見逃すほどナズナは甘くない。

「よっしゃ隙だらけだぜ!」

「あたいの攻撃をくらいやがれぇ!」

「仲間に手を出した報いだぞ!」

「顔の十字傷の他にも新しいのをつけてやる!」

「くらえぇぇぇぇぇ!」

5人一斉に喋ったため台詞がまとまり何を言っているが聞き取れないが、とにかく相手を倒そうと叫びながらナズナ×5人が攻撃をしかける。

硬直後の一斉攻撃にさすがのダイゴも対応しきれず、ナズナ1、2、3の攻撃は剣で防ぎ、体を捻って回避するが――4、5の攻撃を喰らって地面へと隕石のように落下、叩きつけられてしまう。

僕もその隙を逃さず畳みかけた。

「ナズナ! 攻撃魔術を使うよ!」

「分かったぜ、ご主人様!」

「ご主人様、やっちゃえ!」

「ご主人様、かっこいいぜ!」

「普段からもご主人様はかっこいいだろ!?」

「当然だ! なんて言ったってあたい達のご主人様なんだからな!」

5人のナズナがわちゃわちゃ話をしている間に、『SSR、転移』でナズナ×5人の側へ。

『SR、飛行』で空中を安定させて、ダイゴ落下箇所に目掛けて『SSR 爆豪火炎』×10枚を叩き込む。

「爆豪火炎! 解放(リリース)!」

『SSR 爆豪火炎』――戦術級《タクティックス・クラス》の中でも上位に入る攻撃魔術だ。

爆発と火炎の合わせ技で大抵のモンスターに有効なカードである。

普通のモンスターならこれで大ダメージ、少なくても傷を負わせることが出来るのだが……。

爆炎が突風によって払われる。

突風が巻き起こった中心から顔に十字の傷があるダイゴが無傷で姿を現す。

正確にはナズナの攻撃は効果があったようだが、僕の『SSR 爆豪火炎』×10枚のダメージは一切無かった。

「レベル9999の雌ガキの他にも、同レベルのクソガキが参戦するとは! 景気がいいじゃないか! 己(おのれ)にもいよいよ運が回ってきたようだな!」

(こいつ正気か!?)

ナズナだけではなく、同レベルの僕が参戦したにもかかわらず、未だにこちらをただの『レベルアップの獲物』程度にしか考えていない。

その自信を支えているのが、彼の持つ双剣のようだ。

(これだけ不利な状況にもかかわらず、揺らがない。これほど自分の勝利を信じられるほど強い神話級(ミトロジー・クラス)武器って、一体どれほどの力を持っているんだ?)

あまりに揺らがない彼の自信に、僕は内心で驚愕してしまう。

「貴様達を全員喰らえば、もしかしたら己(おのれ)もレベル9999になれるかもしれないな! こんな大チャンス見逃す訳にはいかないぞ!」

武器の自信もだが、レベルアップに懸ける執念的にも僕達を脅威でなく、獲物だと考えているようだ。

ダイゴが剣先を向ける。

『ご主人様!』

ナズナ×5人が前に出て壁となる。

彼女達の首が半分切られたり、鎧防御ごと破り足や腕、胴体、肩などに深い傷を与えて血が舞う。

『摂理をねじ曲げて傷を癒せ! プロメテウス!』

しかし、ナズナ達が大剣プロメテウスと使うと、傷が一瞬で治癒する――正確には治癒ではなく、世界に干渉して『傷を負った』という事実を書き換えたのだ。故に傷だけではなく、鎧まで最初から傷など無かったかのように消える。

だが敵がナズナを傷つけたのも事実である。

「炎が効かないなら、凍り付け! 『SSSR、氷の世界(アイスワールド)』、解放(リリース)!」

ダイゴへ向けて『SSSR、氷の世界(アイスワールド)』を解放する。

冷気が彼を襲うが、原生林の木々は根本まで凍り付くも、ダイゴの爪先一つ、髪の毛の先すら凍らない。

彼は心底愉快そうに笑う。

「無駄無駄無駄だぁぁぁ! 己(おのれ)にそんな属性攻撃が届くはずないだろぉ! オマエ達はただ己(おのれ)に狩られる獲物でしかないんだよ! 大人しく殺されて己(おのれ)様のレベルアップに貢献しろ!」

『SSR 爆豪火炎』では分かり辛かったが、『SSSR、氷の世界(アイスワールド)』だとよく分かる。

どうやら本当にダイゴには遠距離攻撃、属性に偏った攻撃が効かないらしい。

(なら接近戦で倒す――といいたいが、相手の手の内が分からないのに接近戦をしかけるのは危険だ)と僕が考えていると、メラから念話が届く。

『ご主人さま、よろしいでしょうか?』

その声音はなぜか非常に困惑していた。