「なぜこんな事になるのだ!」
『ダンッ』と、アイスヒートが長テーブルにグラスを叩きつけるように置く。
アイスヒートの隣に座って自棄酒に付き合うメラが、笑い声を漏らしながら同じように酒を口にした。
「ケケケケケケケ! 荒れる気持ちは分かるが少し落ち着けって」
「落ち着けるわけないだろう! 折角、アイスヒートがライト様のお役に立つことが出来ると思ったら、敵であるはずのそいつが、まともに戦うどころか変なことを叫び出して降伏してきたんだぞ!? どうして最後まで抗わないんだよぉ!」
『巨塔街(きょとうがい)』に侵入してきたミキを作戦通り、『巨塔』へと誘導。アイスヒートが無事に二階の大広間へと連れだし、ミキを閉じこめることに成功した。
途中で、外部から襲撃があって、ライトとナズナが離脱。
後をアイスヒート、メラ、スズに任された。
しかし敵であるミキがスズに一目惚れして、すぐさま亡命を宣言してきたのだ。
久しぶりに作戦参加の声がかかり、ライトから場を任されたアイスヒートはメラ、スズに『この場を譲って欲しい』と嘆願して、ミキと正面から向き合った。
にも関わらず彼女はまともにアイスヒートと鉾を交えることなく降参したのだ。
お陰でアイスヒートは自棄酒を煽るほど落胆してしまった。
愚痴に無理矢理付き合わされているメラはというと、
(ケケケケケ! アイスヒートが酔っぱらうところ初めて見たが、こいつ酒癖悪かったんだな……)
親友の新しい一面に、慰めつつも内心で驚きを露わにする。
メラの胸中など酔っぱらったアイスヒートが気付く訳もなく、長テーブルに上半身を預けて泣き言を漏らし出す。
「もうなんでアイスヒートの折角の見せ場がこんな形で潰れるんだ……。アイスヒートは運が悪いのかもしれない……活躍の場が悉く潰れるなんて……」
「ケケケケ! そう気落ちするなって。確かに今回は運が悪かったが、次またすぐにご主人さまのお役に立つ場がくるって」
「うううぅ……そんな慰めなどいらないもん。どうせアイスヒートはご主人様のお役立つことが出来ない宿命なんだ……」
(もんって! あの堅物のアイスヒートがもんって言ったぞ!? ケケケケケケ!)
アイスヒートの珍しい言動に笑いそうになるのを必死に堪えつつ、メラがフォローの言葉を口にする。
「そ、そんなこと無いって。気にし過ぎだって。今回、あの変態女が例外過ぎただけだ。あんな変な言動ばかりする奴がそうそう居るはずないだろ?」
「そうだ! あの女が全部悪いんだ!」
酔っぱらったアイスヒートがミキの話題が出ると、勢いよく上半身を起こし激怒する。
メラは落差について行けず、すぐに反応できなかった。
アイスヒートは構わず叫ぶ。
「あのミキ(変態女)はまともに戦わないどころか、スズに対して気持ち悪いことばかり叫びおって! 時と場所、相手も考えずなぜあれほど不謹慎な発言が出来るのだ!? あれではご主人様、ユメ様の教育によろしくないではないか! なっ!?」
「ケ、ケケケケ……そ、そうだな。ご主人さまとユメさまの教育に悪いな。あいつをお2人に近づけるのはちょっとなぁ」
酔っぱらい特有の振れ幅にメラはついて行けず、返事が遅れてしまう。
同時に、『アイスヒートは本気で酒癖が悪いな……』と胸中で感想を漏らす。
当然、酔っぱらったアイスヒートがメラの感想に気付く筈もなく叫び続ける。
夜遅いため、食堂に人気が無いのが救いだ。
「そうだろ!? メラもそう思うよな!? あんな変態女はさっさと処分すべきだ! 情報が得られなくなるのは勿体ないが、まだ『ますたー』は8、9? 人ぐらい居るという話だし! アイスヒート達の力で奴らを捕らえれば問題ないんだ!」
「おいおいおい、気持ちは分かるが処分は不味いって。ご主人さまがそう決断したし、折角目の前に貴重な情報を得られる奴が居るんだ。第一、アタシ達なら他『ますたー』達を捕らえるのも可能だろうが、絶対ではないし、被害出る可能性もある。ご主人さまはその辺りも気遣ってミキ(変態女)を殺さなかった面もあるだろ。なのにアタシらが『殺せ』と騒ぐのは不味いだろ? まぁスズには同情するがね」
「なら、今すぐミキ(変態女)に文句を言ってやろう!」
「ケケケケケケケ! なぜそうなる?」
アイスヒートの提案にメラが反射的にツッコミを入れる。
アイスヒートはメラのツッコミを受けつつも、笑顔で立ち上がり、食堂の出口へ向かってフラフラ歩き出す。
その後をメラが慌てて追いかけた。
「どこに行くつもりだよ!?」
「あの女に文句を言ってくる!」
アイスヒートが笑顔で親指を立てる。
メラの顔色が悪くなった。
「正気か!? 酔っぱらい過ぎて無茶し過ぎだろ!?」
「大丈夫、大丈夫、アイスヒートは酔っぱらってないから大丈夫だ。ところでメラ、どうして3人に分裂しているのだ? そこまで分裂する意味は無いだろ?」
「やっぱり酔っぱらっているじゃねぇか!」
メラが突っ込むとアイスヒートがけたけた笑う。
素面(しらふ)だった場合、絶対にありえない光景だ。
メラが力尽くで抑えようとするが、単純な腕力なら『炎熱氷結のグラップラー』であるアイスヒートの方が勝る。
メラが力を使って強化すれば話は別だが、無理矢理引き留めて酔っぱらったアイスヒートが全力で抗ったら周囲に大きな被害が出てしまう。
そうなったら、ライトは嫌でも怒らなければならない。
故に力尽くでは止められず、メラは珍しくあわあわしながらアイスヒートを制止しようとするが難しく、気付けば『奈落』最下層のさらに下にある独房へと辿り着いてしまった。
独房前で見張りをしている妖精メイド達にも制止されたが、アイスヒートは強引にその間を抜けて、ミキが囚われている独房前まで辿り着いてしまう。
独房は特殊な鋼鉄で作られた扉で、上下に中を隙間窓がある。
上は内部を見るためのモノで、下は食事などを入れる隙間だ。
中に居るミキは『SSSR 呪いの首輪』を付けた状態で、手足も拘束され、目隠しもされている状態で中へと入れられていた。
そんな彼女に向けて、扉前からアイスヒートが叫び声を上げる。
「おいこら! 変態女! 貴様のせいでアイスヒートがどんな目に遭ったか分かっているのか!? だいたい貴様はご主人様やスズに対して迷惑を掛けすぎなのだ!」
声をあげるが中から反応はない。
気配からベットの上でゴロゴロしているため、起きていることは理解できる。
つまりアイスヒートを無視しているとすぐに理解した。
彼女は酒だけではなく怒りで顔を赤くし、上の隙間から内部を見て声を掛ける。
「おいこら! 無視するな! だいたい貴様のご主人様に対する態度は――」
説教が途中で停止する。
最初、暗くて独房内部を視認することが出来なかったが、アイスヒートの瞳はすぐに暗さに慣れて、ベッドに横たわるミキを捕らえる。
彼女がベッドの上で何をしているのかもすぐに理解した。
「くんかくんか! すぅはぁすぅはぁ! あぁぁスズちゃんスズちゃんスズちゃんのタイツ! さっきまで履いていた黒タイツ! 凄く良い匂いなの! ミキィの脳味噌スズちゃん匂いで一杯になっていけない脳内麻薬がドバドバ出てくるのぉ! スズちゃんの匂いにミキィの脳味噌いっぱい犯されちゃっているのぉ。こんなの実質○○○○だよぉ! ミキィ今スズちゃんの脳味噌ガンギマリ○○○○しちゃってるのぉ! むほうぉおぉ、お腹がきゅんきゅんしちゃう! スズちゃんの匂いが――」
「…………」
ミキはベッドの上で、質問に答える代わりに渡されたスズのタイツを両手で掴み顔に乗せて全力で匂いを嗅いでいた。
タイツで顔を押さえているため、くぐもった声音が独房一杯に広がる。
アイスヒートの声もスズのタイツを嗅ぐのに夢中なミキには届いていなかったようだ。
そんな光景を直視したアイスヒートの酔いが冷める。
扉から距離を取ると、おろおろと側にいたメラや妖精メイド達に普段通りの真面目な顔を向けた。
彼女はこの世の全ての悲しみを目にしたかのような瞳で、
「――あいつとまともに戦うことなく、目を付けられずに済んでアイスヒートは運が良かったんだな。スズが可哀相……」
彼女の素直な感想に、側に居たスズ、妖精メイド達が無言で同意する。
これ以上、止(とど)まってミキに目を付けられるより先に独房を出る。
そっと音を立てずにだ。
皆、胸中でスズに同情しながら、静かに独房の出入口の鍵を硬く閉めたのだった。