「ケケケケケケケ! 悪いなゴールド、頼みを聞いてもらって」
「お気になさらず、我輩が好きでやっていること上」
『奈落』最下層食堂で、メラとゴールドが長机一杯に食べ物や酒を並べて昼間から呑んでいた。
食堂は既にお昼を過ぎており、人は少ないため2人は遠慮無く酒と食べ物を口にする。
昼間から飲酒はどうかと思うが、一見すると食堂のためおかしくない光景ではあるが……一点だけ変わっている部分がある。
その部分とは……テーブルに並べられている飲食全てが地上で買ってきた物という点だ。
「ケケケケケケケ! 地上の飲み物、食い物はあまり美味くないのが多いが、中には『奈落』最下層のにも負けない当たりがあるな」
「然り、然り。ネムムなどあからさまに地上の食べ物を下に見て、極力口にしないようにしているのだから嘆かわしい」
ゴールドは愚痴りながら首を横に振る。
2人が何をしているかというと……地上でゴールドが買ってきた飲食物を試食しているのだ。
なぜそんなことをしているかというと、メラの趣味である。
彼女の趣味は『食道楽』。
『奈落』最下層で得た賃金を食事やお菓子、酒などに費やしていた。
とはいえ約3年間も『食道楽』をしていれば、『奈落』にあるものは全て食べ尽くしてしまう。
故にゴールドに頼み、賃金&手間賃を渡して食べ物や飲み物を購入してもらっているのだ。
今日は彼が地上で購入してきた物を、受け取り食べていた。
中には酒も混じっているため、ゴールドも一緒に口にして感想を言い合っていたのである。
とはいえ2人の間に甘い雰囲気は皆無だ。
同じ組織に働く同僚程度の認識か、ゴールドに至ってはメラに対してやや畏怖すら抱いている。
同僚として頼もしさは抱いているが、『敵に回したくない』という雰囲気を纏っていた。
だが今日は楽しい飲食会。
メラはタコの干物を左手から口を作り頭からむしゃむしゃガムのように囓りながら感想を告げる。
「ケケケケケケケ! 今回はこの『タコの干物』が当たりだな。『奈落』最下層食堂でたまに食べられる『たこ焼き』の中身がこんなグロイとはな。でも、口にすると旨味が滅茶苦茶広がって癖になるな」
「ドワーフ王国の港街から送られてきた乾物ですな。ドワーフ種達の間でも一部の者しか食さないゲテモノ扱いらしいですが、見た目さえ気にしなければ我輩も美味いと思いますぞ」
「ケケケケ! 今度アイスヒートにも喰わせてやるか。あいつは『体に良い物しか食べない』とか言って決まった食事しか口にしないからな。たまにアタシが、美味いモノを喰わせてやらないと。まったく手間がかかるやつだぜ」
メラは口では『手間が~』とか愚痴るが、声音は非常に嬉しそうだった。
ゴールドはあえてそれを指摘せずに流す。
ちなみにアイスヒートの趣味は『鍛錬』で、暇を見つけては体を体術やメイド技術を磨いている。彼女は体の維持、成長のため栄養価の高い決まったモノしか口にしない。
全ては自身の実力を高めるためだ。
そんな彼女に親友であるメラが、こうして気に入った食べ物を差し入れするのが定番の一つになっていた。
『噂をすれば~』ではないが、アイスヒートの話をしていると、ライトと彼女が食堂に顔を出す。
アイスヒートはライトの護衛としてついているのだ。
彼は一番目立つメラ、ゴールドに気付くと近付いてくる。
「2人とも、昼間からもしかしてお酒を飲んでいるの?」
「ケケケケケケケ! いえいえあくまでこれは試飲ですよ。酒は夜にがっつり飲むつもりですから。メインはゴールドに頼んで買ってきてもらった食べ物の味見をしていたんですよ」
「メラ殿の仰る通り、あくまでメインは食べ物ですぞ」
2人は教師に咎められた生徒のようにわたわたと言い訳を口にした。
ライトは微苦笑を漏らし、メラの隣に座るとテーブルを覗き込む。
護衛のアイスヒートは無言で、邪魔にならないようにライトの背後から若干距離を取った。
「ゴールドがお休みの時に買っていたお土産のことだね。思った以上に色々あるね」
「暇を見つけては市場に出てちょこちょこ購入していたからな! 他には、仲良くなった店の主や屋台の奥様方からお勧め情報を仕入れて分けてもらったりしておるぞ!」
「ゴールドって地味に僕とネムムより、地上の人達と仲が良いよね」
ライトは正体を隠すため仮面を被っているため、見るからに怪しく第一印象としては微妙だ。
ネムムは『ライト様優先』が前に出すぎているのと、地上の人達を見下している面があるため仲良くなろうとする気さえない。
ゴールドは全身黄金鎧で覆われているが、コミュニケーション能力に長けており、すぐに他者と仲良くなる。地上の住人などという偏見もない。
結果、彼が一番地上での知り合いが多くなっているのだ。
メラは隣に座ったライトに先程の『タコの干物』を勧める。
「ケケケケケ! ご主人さま、今の所、この『タコの干物』がお勧めですよ。よかったら食べて見てください。見た目は悪いですが、美味いですよ」
「これって『たこ焼き』に入っているタコ?」
「!?」
背後で護衛についているアイスヒートが『タコの干物』のグロさに反応して、顔を強ばらせる。
メラに向かって『ご主人様に何を食べさせるつもりだ!』と視線で訴えてくるが彼女は気にせず足の部分を切断。
ライトへと差し出す。
ライトは興味深そうに口を開いた。
「ありがとう、メラ、あーん」
「ケ、ケケケケケケ! あ、あーん」
ライトは差し出されたタコ足を受け取らず、口を開いて催促する。
メラは照れながら、『ご主人さまのあーん顔が可愛すぎる!』と胸中で悶えつつ、幸せそうにライトの口へとタコ足を差し出す。
背後に居るアイスヒートや様子を窺う妖精メイド達から羨ましそうな視線を感じるがメラは一切無視した。
ライトは瞳を輝かせて、感想を漏らす。
「本当だ! 見た目は悪いけど、旨味がぎゅっと凝縮されて美味しい!」
「ケ、ケケケケ! 喜んでもらえて嬉しいです」
「なら今度は我輩のお勧めを進呈しよう!」
次はゴールドがお勧めをライトに食べさせようとする。
彼はナイフを手にカビだらけの塊を手に取る。
「ゴールド、それは本当に食べ物なの? なんだかカビだらけだけど……」
「カビているのは表面だけで、中身はしっかりと食べられるから安心するといいぞ。食べ方はナイフでカビている部分を切り落とすのだ」
ゴールドは慣れた手つきでカビが生えたチーズの塊を食べやすいように切る。
カビている部分を切り落とし、食べやすいように切ってアイテムボックスから皿とフォークを取り出し並べる。
「さぁ主よ、遠慮無く食してくれ!」
「うわぁ、どんな味なんだろ」
ライトは興味深そうにフォークでチーズを指して口に運ぶ。
彼は大きな瞳をキラキラと輝かせた。
「全然カビ臭くないし、味もしない。むしろミルクの味が濃くて、適度な塩味が効いて美味しいよ!」
「これはドワーフ種の呑友から教わった珍味なのだが、これが非常に酒に合うのだ。ただ見た目が悪いため、ゲテモノ扱いではあるがな」
「確かに見た目がカビだらけで、最初は抵抗あるかもね。でも、凄く美味しいよ。メラも食べてみて」
「ふえぇ!?」
メラが耳まで赤くして、可愛らしい声をあげてしまう。
なぜならライトが食べたフォークそのままに、チーズを刺して差し出して来たからだ。
彼は無邪気な笑顔で、
「さっきのお返しだよ」
ニコニコ善意の笑みで答える。
護衛のアイスヒート、妖精メイド達が心底羨ましそうな視線を向けてきた。メラの体に穴が空きそうな嫉妬心すらあった。
しかしメラは体中に降り注ぐ嫉妬心の視線より、目の前の幸運的状況にあたふたする。
「ケ、ケ、ケケケケケケ! で、では遠慮なく……」
普段は袖から口を作って食しているが、メラは顔を真っ赤に染めつつ、差し出されたフォークに顔を近づけた。
長い髪が落ちてくるので、手で耳にかけつつ口を近づける。その際、あのメラが非常に乙女っちくな表情をしていた。
ライトから差し出されたフォークからチーズを食べる。
緊張と羞恥心、多幸感からいまいち味が分からないが、
「ケ、ケケケケケケ! 美味しいです。今まで食べてたチーズの中で一番!」
これはメラの嘘偽り無い本音だ。
ライトに食べさせてもらったことで、チーズの味はいまいち分からなかったが、生きていて一番美味しかったと断言できた。
背後に居るアイスヒートが、『う、羨まし過ぎる!』と言いたげに視線を向けてくるが、メラは顔が赤くなり過ぎて親友の視線に気付いていない。
こうしてメラは、他にもゴールドに買ってきてももらった地上の飲食物を敬愛するライトと一緒に楽しく味わう。
久しぶりの休日だったが、メラにとって非常に有意義な時間を得たと断言できた。