エルフ女王国首都の宿屋で一晩明かした翌日。
早朝から起き出し、僕達は早速冒険者ギルドで『謎の巨塔調査』クエストを受注し、現場へと向かう。
現場の原生森林出入口付近は、大勢の人々で溢れていた。
街道を守護する兵士、商人、移動娼館娼婦、冒険者など――多種多様な職業の人々がいる。
人数の多さからいうと兵士、冒険者達が一番多い。
街道を行き来して守護する兵士達は人々が集まっているので秩序を護るためと、人が多いからこそモンスターが近付かない、即時対応できると考えて休憩所代わりにしていた。
冒険者達はいちいち首都に戻るのが面倒なため、宿泊地にしている。
これらの情報は全て事前に僕達は把握していた。
約1年前『奈落』から地上調査に出した者達も一部先行し集まり、情報を仕入れて伝えてくれているのだ。
その一部、ニワトリのトサカのような髪型をした人種(ヒューマン)冒険者達が視界の隅に入る。
彼らも僕達に気付いているが、知らない振りをして森に入る準備をしていた。
(モヒカンさん達は、やっぱり髪型のお陰で目立って分かりやすいな。あの髪型も冒険者として目立つ、印象を与えるという意味では悪くないと思うんだけど……どうしてメイ達は『アレはダメな髪型です』と言っていたのかな?)
昔、『奈落』時代、恩恵(ギフト)『無限ガチャ』カードで出したモヒカン達の髪型について、話題に触れたことがある。
するとメイを初め、アオユキ、エリー、果てはナズナからですら、『アレはダメな髪型です! 主君(ご主人様、主、ライト神様)はそのままの髪型でいてください!』と言われたのだ。
別にあの髪型にするつもりはない。だが他人がするなら、冒険者として活動し印象を残すという点でモヒカンは別にアリだと思うのだが……。鬼気迫る表情で迫ってきていたので、彼女達には何も言えなかった。
昔のことを思い出しながら周りを見渡すと、他に知っている顔として、昨日の昼にエルフ女王国首都冒険者ギルドで絡んできたエルフ種冒険者2名の姿を確認する。
「チッ、あのゴミ共め。いちいち気持ち悪い視線を向けてきて……。昨日の不敬な態度を含めて、ダーク様のご許可があれば今すぐにでも首を刎ねてやるのに……ッ」
絡んできたエルフ種冒険者2名は、僕達を睨みつけ、ネムムには嗜虐心と色欲が混ざった視線を顔、胸、足などに向けていた。
その視線が余程不快なのだろう、ネムムは苛立ち物騒な独り言を漏らす。
反対にゴールドは冷静に助言を耳元に告げてくる。
「主よ、昨日の2人組、気配と態度から森の中で我輩達を襲うつもりだぞ。遅れを取ることはないが、放置してもよいのか?」
今回、森に入って『巨塔』で待機しているエリー達と合流する予定だ。
万が一にもありえないだろうが、ゴールドはエルフ種の2人がそのまま僕達の後をつけてきて、『巨塔』でエリー達と合流する姿を見られる可能性について懸念しているのである。
ゴールドの言葉を耳が拾い、不快な視線に苛立っていたネムムがすぐに反応する。
「……ダーク様、ご命令頂ければ、すぐにでも首と胴体を永遠に別れさせてやりますが?」
『UR、レベル5000 アサシンブレイド ネムム』なら、森林前、大勢の人々が居ても誰にも気付かれず2人の首を刎ねることは可能だろう。
しかし、僕は微苦笑して首を横に振る。
「ネムムの腕は疑っていないけど、誰の姿も無いのに突然2人の首が飛んだらみんな驚いちゃうよ。森に入って本当に襲ってきたら、対処すればいいよ」
「し、失礼しましたダーク様。そこまで頭が回らず……」
「気にしないで。女性じゃないから分からないけど、2人の視線がそれほど気持ち悪いんだよね? なんだったら僕か、ゴールドの影に隠れていいからね」
「だ、ダーク様……ッ。ンンンッ! もったいないお言葉です……ッ」
僕に庇われたのが余程嬉しかったのか、ネムムは顔を紅潮させる。
その表情はとても魅力的で、遠目にネムムの様子を窺うエルフ種冒険者だけではなく、他男性冒険者達の視線も集めた。
一方、ゴールドはそんな魅力的な表情、仕草を作るネムムを前にして笑い飛ばす。
「わははははは! あいつらネムムの平たい胸にも視線を送っているからな。まな板を目にして何が楽しいのやら」
「ゴールド! 誰がまな板だ! 自分は普通だと言っているだろ!」
僕に庇われた時とは別の理由で、ネムムが顔を真っ赤にしてゴールドの臑を蹴り出す。
ガチガチに甲冑を身に纏っているゴールドからすれば何の痛みも無く、彼は心底楽しげに笑い続けていた。
――そんな笑いがピタリと止まる。
羞恥心から顔を真っ赤にしてゴールドの臑を蹴っていたネムムも真顔になる。
僕もなるべく感情を表に出さない声音で注意を飛ばす。
「2人とも、まだ手を出す場じゃないよ。僕も我慢するんだから注意するんだよ」
「心得た、主よ」
「ダーク様のお言葉のままに」
ゴールド、ネムムの声が硬い。
僕自身の声も硬くなっているのを自覚する。
1台の馬車が街道を進み、停車する。
最初に銀髪と金髪のエルフ種男性2人が下りてきた。
使い込まれた防具、周囲をすぐさま確認する立ち振る舞いから、実力ある冒険者だと判断できる。
そんな2人にエスコートを受けてサーシャ――今回のターゲットである僕の復讐対象が馬車から降りてくる。
『ギリッ』と奥歯が鳴るのを自覚した。
紙を渡すため一瞬だけ顔見せをしたが、仮面越しとはいえここまでがっちりと彼女を目視するのは『奈落』で殺されかけて以来だ。
感情に任せて、この場で彼女を殺すのは容易いが、それでは僕が味わった絶望の万分の1もサーシャに味わわせることが出来ない。
そんな楽な死に方は絶対にさせてやるものか!
僕が味わった絶望を彼女にも味わわせるためにも、今は我慢するべき時だ。
僕達は彼女に背を向けて、森に入るための打ち合わせを開始する。
「ネムムは先導を頼む。まずは『巨塔』に近付くより、森の感触を確かめよう」
「分かりました。モンスターはなるべく回避する方向でよろしいですよね?」
「うん、お願い。ゴールドは背後を頼む」
「心得た。後ろは我輩に任せるといい」
何の打ち合わせもせず、森に突撃するなんて冒険者として不自然なためソレっぽく会話をする。
レベルが上がって鋭敏になった気配察知が教えてくれる。
わざわざ僕達が無視しているにもかかわらず、サーシャがズンズンこちらへ向かって近付いて来ることを。
「ちょっとそこの人種(ヒューマン)!」
「……なんでしょうか?」
約3年振りにサーシャと正面から顔を会わせる。