ドワーフ王国城塞。

山に囲まれているため多数取れる石材と、凝り性なドワーフ種達によって首都の城はガチガチの城塞として建築されている。

内部に置かれている家具一つとっても、無駄に力を入れた高品質なモノばかりだった。

王城だから力を入れている訳ではない。

『儂の作品が一番素晴らしい!』と主張したいがため、ドワーフ職人が最も自信のある作品を納品してくるのだ。

結果、一つ一つは素晴らしいが全体コーディネートを考えるとバランスが若干悪い。

第三者からすれば気になる点だが、実際に使用する側からすればたいした問題ではないらしく是正される様子は今のところなかった。

そんな使う側――ドワーフ王国国王ダガンが、1日の仕事を終えて寝室へと戻ってくる。

今夜はこのまま酒を飲み寝るだけだ。

「あーちくしょうめ! 王などさっさと止めて、仕事や研究に専念したいわい。どうして儂がこんな面倒な仕事をせねばならぬのだ!」

禿頭に髭がもじゃもじゃと生えたドワーフ種で、背は低いが胴体、手足、肩回りは筋肉がガッチリとついて貧弱な印象は一切ない。

足音をたてて寝室へ戻ると、テーブルに置かれた酒瓶をラッパのみして、口元を荒く袖で拭う。

全ての言動が国王らしからぬ所業だった。

ダガンは酒瓶を持ったまま過去を悔やむ。

「ちくしょうめ……会議の席でどうして儂はパーを出したのだ。あの時、グーを出してさえいれば今頃研究三昧じゃったのに!」

台詞の中身は他人が聞けば呆れるような内容だが、本人にとっては現在進行形の深刻な問題だ。

ドワーフ種の国家運営は、血筋によって王族が国王として擁立される訳ではない。

ドワーフ王国建国に関わる程古くから続く職人親方達が集まり、国王を押しつけ合うのだ。

元々、ドワーフ王国はより素晴らしい品物を作り出すため、職人達が集まって作られた。

職人達にとって、全員で集まり派閥を作って合議で決めるなど、面倒くさい上に非合理的。誰かがトップに立ち国王として国の方針を決定するのが、最も効率が良い。故に昔から集まった親方達が国王仕事を押しつけ合うのが恒例となる。

一応、国家運営のため最低限の官僚達がいるのと、作り出されるドワーフ製品が他種にマネできないほど高品質のためなんとか国家としての体裁を整えている状態だ。

ダガンも建国当時から続くマジックアイテム開発、研究を生業にする一族出身である。

職人としての腕もよく、マジックアイテム研究者としてもドワーフ種で知らぬ者はいないほどの著名人だ。

故に国王としての仕事を押しつけられたとも言えるが……。

国王を決める際、もう1人、同じく建国当時から続く一族で細工師としてダガンに比肩するドワーフ種と王座の押し付け合いになった。

そして喧々囂々の議論の末、最終的にじゃんけんで決めることになり、ダガンが敗北し、国王をしなければならなくなったのである。

彼は未だにその一件を悔やんでいた。

ダガンが手にある酒瓶の酒を次の一口で飲みきる。

「げふぅー! だが次のシックス公国会議が終われば儂の任期は終わる! 終われば儂は自由にマジックアイテム開発と研究に専念できるんじゃ! それまで我慢するしかないわな……」

「……ドワーフ王よ」

「……ッ!?」

任期が終わるのを指折り数えて待ち望んでいると、寝室には他に誰も居ない筈なのに声をかけられる。

声音がした方へ振り向くと、ベッドの影からぬるりとフード付きマントを頭からすっぽりと被った人物が1人姿を現す。

「暗殺者か!?」

ダガンは大声を上げて、手にした空瓶を右手で剣のように構えて、左手は背後へと回した。

腰を落とすと完全な臨戦態勢となる。

ダガンの臨戦態勢を前にしても不法侵入者は焦った様子も見せず、淡々とした声音で指摘する。

「ドワーフ王よ、大声を出し兵士を呼び込むことは不可能です。さらに言えば、腰に下げているマジックアイテムを起動しようとしても無駄です。全て対処させて頂いているので」

「!?」

ダガンは驚愕で目を丸くする。

侵入者の指摘通り、大声を上げたのは寝室外で待機している兵士を呼び込むためで、酒瓶を掴んだ右手を突き出すことで注意を向けつつ、本命の腰から下げているマジックアイテムを起動し障壁を作り出そうとした。

侵入者との間に障壁を作り出すことで、兵士達が駆け込むまでの時間を稼ごうとしたのだが――その全てが見破られ、無効化されたということに驚愕してしまったのだ。

正確に言えば障壁を作り出すマジックアイテムは一瞬なら作動する可能性もある――だが、術が発動しても、目の前の正体不明な存在は障壁が存在し続けることを許しはしないだろう。大声を上げても誰も来ないところから見て、相手は格上。障壁を作ったとしてもすぐに何らかの手段によって破壊される可能性が高い。……そして、そもそもマジックアイテムが全く発動しない可能性もある。今は敵対的行動は避けた方が良い。

侵入者はダガンを落ち着かせるように用件を告げる。

「まずは夜分、非礼な方法でお訪ねしたことについて謝罪を。自分はドワーフ王を傷つけるために不作法を働いた訳ではございません。お話があって伺わせて頂いたのです」

「……竜人種(ドラゴンニュート)やエルフ種、魔人種から遣わされた暗殺者ではないのだな?」

「はい、違います。自分はいと尊きお方にお仕えしている者です。そのお方は真実が知りたいと願っておいでなのです」

「……真実じゃと?」

「『ますたー』とはなにか? なぜ誤りだった『ますたー』候補を殺さなければならないのか? もしかしたら『ますたー』より上位の存在がいるのか? 他にもありますが、偉大なるお方は全ての真実を得たいと考えられています。故に偉大なるお方は、ドワーフ王と極秘に会談することをご希望しております。もちろんドワーフ王の安全は偉大なお方の名においてお約束させて頂きます。なのでどうかお時間を頂けないでしょうか?」

「…………」

ダガンは黙り込む。

彼は押しつけられたとはいえ国王だ。

『ますたー』などについて、当然知っている情報もある。

だが、おいそれと怪しげな風体をした人物に話して良い内容ではない。

とはいえドワーフ種が技術の粋を注いで作り出した城塞に難なく侵入し、兵士達や設置された最新防犯マジックアイテムにもひっかからず王の寝室まで侵入。

ダガンの切り札である障壁を作り出すマジックアイテムすら楽々無効化しているであろう輩である。

拒絶すればあっさり自分を殺害し、再び城塞から逃げ出すのも容易いだろう。

自分の命がかかっている状況で安易に拒絶することも、同意することも出来ず黙り込んでしまったのだ。

――実際、侵入者である『UR、レベル5000 アサシンブレイド ネムム』からすればドワーフ種が作り出した城塞への侵入など容易く、警備兵士、最新防犯マジックアイテムなど無いに等しかった。

伊達にレベル5000の暗殺者ではない。

彼女からすれば自宅の隣部屋へ移動する気楽さである。

話を戻す。

ネムムからすれば、申し出を拒絶されてもドワーフ王を殺害するつもりはなかった。

ライトからそう指示を受けているからである。

手を出さず撤退し、後日、『巨塔の魔女』が正面からドワーフ王国を叩き潰し、エルフ女王国のように傘下に加えるだけだ。

ライト達側からすればどちらでも構わないのである。

一応……リリスのアドバイスに従い交渉材料を取り出す。

ネムムは刺激を与えないようにゆっくりとした動作でマントの下から手を出す。

ダガンは一瞬、彼女の動きに警戒心を強くしたが、自分を殺害するため動いている訳ではないと気付き様子を窺う。

ネムムは手に乗せた小箱の蓋を開く。

「会談をお受け頂けるのであれば、幻想級(ファンタズマ・クラス)、マジックアイテム『毒物無効』の指輪をお贈りするよう言付かっております」

「幻想級(ファンタズマ・クラス)のマジックアイテムじゃと!?」

リリス曰く、ドワーフ王ダガンは、マジックアイテム開発に血道を上げていると聞いた。

そのため会議参加のエサに幻想級(ファンタズマ・クラス)のマジックアイテムを用意したのだが……効果は絶大だった。

警戒心を露わにしていたダガンが、エサを出された犬のようにネムムの手元へと無造作に詰め寄る。

「見せてくれ! 触らせてくれ! 舐めさせてくれ!」

「か、会談を受けて下さるのならドワーフ王へお贈り致しますので、お好きにして頂ければ……」

「会談じゃな! 分かった行くぞ! それで何時、どこへ行けば、その指輪を儂にくれるんじゃ!?」

「…………」

先程までとはまったく違う態度に今度はネムムが驚きで黙り込んでしまう。

(ライト様の元にこの御仁をお連れしても本当に大丈夫なのだろうか……)

ネムムは思わず胸中で考え込んでしまった。

その間も彼女の手元にある幻想級(ファンタズマ・クラス)のマジックアイテムをダガンは、少年のように瞳を輝かせつつ、ねっとりとした視線で上下左右から見続ける。

――とりあえず、こうして第一段階としてドワーフ王ダガンとの極秘会談の承諾を得たのだった。