ドワーフ王国郊外にある屋敷。

その地下にある鍛冶場から『カンカンカン』と音が木霊する。

ハンマー、金床、炉など一般的な仕事道具が鍛冶場には置かれているが、他にも似つかわしくないモノ――人種(ヒューマン)の死体が積み上がっていた。

1人、2人ではない。

軽く10人は越えている。

生きている人種は誰も居ない。

心臓を抉られ、確実に殺されている。

現場だけ見るなら、殺人鬼の事件現場だ。

しかし、唯一動く存在――ドワーフ種ナーノは別に快楽や憎悪などで人種を殺している訳ではない。

彼、彼女達はあくまでナーノにとっては『素材』だった。

モンスターの部位を使って武器を作るかのように、人種を殺し、時には生きたまま心臓を抉り出し、武器素材に利用したのである。

あくまで彼の目指す『伝説の武器』を作るために、だ。

「…………」

ナーノは一心不乱にハンマーを振るう。

炉の熱に全身を炙られ、汗を滝のように流す。

それでも手を止めず、水と血液、各種錬金素材を混ぜて作り出した特製の水につけて刃から熱を奪い、力を込める。

再び取り出し、鍛冶作業へと没頭した。

数時間後――。

「出来た……」

ナーノは汗だくになって、1本の剣を前に呟く。

赤黒い両刃の剣で、柄には骨を砕き、鉄、種錬金素材と混ぜて作り出し、髪を特殊加工で滑り止めに変えた。

鞘にも皮膚を貼り付けている。

剣、鞘共にデザインこそシンプルだが禍々しい気配が昇る異様な武器が作り出された。

ナーノ自身、鍛冶師、冒険者として多くの武器、防具に触れてきた。

鑑定スキルは所持していないが、一目で秘宝級《アーティファクト・クラス》のマジックウエポンだと理解する。

「くくく……ひひひぃ! まさか魔術師でもない儂が! たった1人で秘宝級《アーティファクト・クラス》のマジックウエポンを作り出すことに成功するとは!」

この地上世界では、普通ならば労力や年月を注いでも遺物級(レリック・クラス)をようやく作れるかどうかだ。

にもかかわらず、ナーノは単独で、しかも短期間で、魔術師の力も借りずに自力で遺物級(レリック・クラス)の一つ上、秘宝級《アーティファクト・クラス》のマジックウエポンを作り出したのである。

秘宝級《アーティファクト・クラス》のマジックウエポンは、冒険者ランク最上位中の最上位、S級が持つとされているレベルだ。

全て『禁忌の剣製造本』に書かれた通りに作った結果ではあるが、鍛冶師として自身の偉業にナーノは思わず歓喜の笑い声をあげてしまう。

さらに彼は完成したばかりの『禁忌の剣』秘宝級《アーティファクト・クラス》を手に、近くの物に手当たり次第に斬りかかる。

木の机は簡単に二分され、人種(ヒューマン)の亡骸、そして石造りの地面すら楽に切断した。

にもかかわらず、ナーノが確認する限り『禁忌の剣』には刃こぼれ一つ無い。

この結果に彼は狂ったように大笑いする。

「ひひひひひひ! 天才じゃ! やはり儂は天才だったんじゃ! 儂こそ女神に選ばれた天才鍛冶師! 『伝説の武器』を生み出すために遣わされた者だったんじゃ!」

『禁忌の剣』は強力な力を持つ呪いの武器などのことだ。

使用者の寿命を削ったり、他者の生き血を求めさせたり、精神を蝕み発狂させたりする。

――当然、製造者が『禁忌の剣』を作り出してただで済む筈がない。

ぴたりと笑うのを止めたナーノが一言漏らす。

「足りぬ……まだ足りぬ……」

彼は赤黒く光る刃を前に呟き続ける。

「物や動かぬ死体を切ったところで、意味は無い。やはり実際に生きた者を斬らなければ、本当の真価は分からぬな……」

彼は10数秒ほど考え込むと、剣を鞘に仕舞う。

鍛冶場を出ると、一度部屋に戻り冒険者時代の装備、顔を隠すためのフード付きマントを取り出し準備を始める。

彼は外出する準備を整えながら、どこか楽しげに漏らす。

「これも『伝説の武器』を作り出すために必要な犠牲――いや、天才鍛冶師である儂が作り出す『伝説の武器』の礎になれるのだ。むしろ名誉なことではないか?」

ナーノの呟きを誰も否定しない。

その場に彼しかいないからだ。

自らの熱に炙られるように、ナーノの自尊心、狂気が加速する。

ナーノは厳重に己だと判明しないよう気を付けた衣服に着替え、完成したばかりの『禁忌の剣』秘宝級《アーティファクト・クラス》を手に屋敷を抜け出す。

もちろん、夜の闇に紛れて自分が作り出した『禁忌の剣』秘宝級《アーティファクト・クラス》の性能を確かめに向かうのだ。

屋敷を出るナーノの横顔には一切の罪悪感などなく、ただただ己が作り出した武器の力を試したいというどす黒い欲求しか存在しなかった。

☆ ☆ ☆

そんなナーノを盗み見る影があった。

暗闇に紛れて屋敷を出るナーノの背中を――彼に『禁忌の剣製造本』を売り払った人種男性ヒソミがだ。

彼はナーノに気付かれず、その背を見送る。

ヒソミは闇に溶けるように独り言を漏らす。

「どうやら我慢しきれず出かけたようですね……。完全に『禁忌の剣』の毒が回り、最終段階までいってますか。さてさて、彼のおこないがどう転ぶのやら……。出来ればこれまでの仕込みが無駄にならないよう小生の得になると良いですが。やれやれ、人手が足りないとどうしても手が回りませんね。もう少し人数が増やせるとありがたいのですが、所詮は無いものねだりですね」

これからナーノが殺人を犯しに向かうというのに、ヒソミは咎めもせず、警邏兵士に通報する訳でもなく気楽に呟き肩をすくめる。

ヒソミの本来の目的からすれば『どうでも良いことだ』と顔に書かれていた。

彼はナーノを見送ると、再び影に溶けるように消える。

その場には最初から誰も居なかったかのように何の気配も残らなかった。