「『白の騎士団』が壊滅しただと……ッゥ!?」

会合の席で、ウルフ種族長ガムがあまりの衝撃的報告に腰を浮かせる。

今回、議長を勤める翼人種族長イゴルは頭が痛そうに話を続けた。

「はい、ワシも最初、話を聞いて驚きましたわ。まさかエルフ女王国最強の『白の騎士団』が壊滅するなど……」

イゴルの商売人としてのツテで得た最新情報では――『巨塔の魔女』を名乗る人種(ヒューマン)女性が多数のドラゴンを従えて『白の騎士団』を撃破。

さらにドラゴンを多数引き連れてエルフ女王国へ侵攻し、エルフ種領土での人種(ヒューマン)奴隷売買、所持などの禁止を宣言した。

さらに『人種(ヒューマン)絶対独立主義』というモノまで掲げたとか。

タイガ種族長レバドが呻くように告げる。

「こいつは危険だぞ……下手をすればその『巨塔の魔女』が、エルフ種を先兵に獣人連合国に攻め込み支配下に置こうとするかもしれん。もし、そうなったら我々は――」

今まで見下してきた人種(ヒューマン)の下となり、獣人達は奴隷として扱われるだろう。

そして、自分達が今まで人種(ヒューマン)にしてきた差別や虐待などを受けることになるのだ。

暗い未来に場の空気が暗く、重くなる。

耐えきれず、紅一点の獣人ウシ種族長ベニが声をあげた。

「れ、レバドさん、いくらなんでもそんな簡単に攻めてきますか? あのプライドが高いエルフ種がいくら1度敗北したからといって、そうそう簡単に指示に従うとは思えませんわ。そ、それに、獣人連合国とエルフ女王国との間には森林がありますのよ? 森林という障害がある限り、簡単に攻め込むことなどできないはずですわよね?」

「……ベニ、忘れておらんか? イゴルの報告じゃ『巨塔の魔女』は多数のドラゴンを引き連れてエルフ女王国を落としておるんだぞ。空飛ぶドラゴンに森は関係あるまい」

獣人クマ種族長で、この中で一番年齢が高いオゾが、煙管から煙を吸い込み吐き出しつつ指摘する。

ベニがオゾの指摘に顔色の悪さを悪化させる。

「……ッ!? だ、だとしたら大問題ではありませんか!? すぐにでも対策を取るべきですわ!」

「た、対策と言っても……何をすれば?」

議長である翼人種族長イゴルは商売人のため、防衛や戦闘などその手の知識には疎い。

他の者達に意見を求めるため、落ち着かない様子でぐるりと周りを見回す。

ウルフ種族長ガムは『白の騎士団壊滅』の話を聞いて以後、黙り込んだままだ。

獣人クマ種族長は黙って煙管をくゆらせ。

獣人ウシ種族長ベニは、心を落ち着かせる案が出ないか似たように皆を見回していた。

誰からも効果的な案は出てこない。

暗くなった場にタイガ種族長レバドが切り込む。

「と、とにかく対策を立てるためにもまずは情報収集が肝要だ。皆、独自のルートでそれぞれ『巨塔』、『巨塔の魔女』等の情報を集めるべきだろう。最悪の場合はドワーフ種、魔人種、竜人種(ドラゴンニュート)に話をつけ、援軍を要請すれば恐らくなんとかなる……はず……」

レバド自身、本当にドワーフ種、魔人種、竜人種(ドラゴンニュート)を味方に付けただけで、大量のドラゴンから国家防衛ができるかどうか疑問を抱いてしまう。

ドラゴンの研究が最も進んでいる竜人種(ドラゴンニュート)に望みを掛けるしかない。

またその際にかかる援軍要請費用に頭を痛める。

だが現時点ではこれ以上の最善案は無かった。

情報を収集したら、どんな些細な内容にもかかわらず互いに共有し合う約束を交わし、その場は解散となった。

☆ ☆ ☆

獣人タイガ種族長レバド達は、彼らに与えられているタイガ種区間にある族長屋敷に帰還した。

レバドは執務室に戻ると、席に座り長い黒色の毛で覆われた足を机の上に載せる。

彼は机の引き出しから葉巻を取り出し、ナイフで丁寧に両尖端を切り落として口にくわえた。

部下がすぐにマジックアイテムで火を熾し、葉巻に近づけてくる。

レバドは慣れた様子で葉巻に火を付けると、いつもより長く吸い込み、煙を味わって――吐き出す。

彼は葉巻を指に挟んだまま、頭が痛そうにこめかみをぐりぐりと抑える。

「たく、普段は威張りチラしているエルフ種共が、『巨塔の魔女』だか何だか知らないがヒューマン(劣等種)如きに敗北しやがって……。何が『人種(ヒューマン)絶対独立主義』だ。ヒューマン(劣等種)のミミズ共は大人しく土を弄っているか、奴隷として惨めな一生を迎えてればいいんだよ……」

「しかし、ボス、先に頭を下げれば、『巨塔』の内部でも高い地位につけるのでは?」

部下の意見にレバドが、閉じた目を限界まで開き、灰皿を投げつける。

「馬鹿かテメェは! オマエの頭は防具を乗せるための台なのか!?」

「ぐうッ!?」

大理石の重い高級灰皿が鼻に高速でぶつかり部下の1人が鼻血を流す。

部下はその場で蹲り、両手で押さえた指の間からは血がぽたぽたと絨毯に落ちた。

レバドはそんな部下を無視して、叫び続ける。

「『人種(ヒューマン)絶対独立主義』がどういう意味なのかその腐った脳味噌でもう一度しっかりと考えやがれ! 奴らは俺らを敵視しているんだ! このままだと獣人種はヒューマン(劣等種)の下にされちまうんだぞ! オマエらはそれでもいいのか! ああん!」

ぐるりと部屋に居る部下達を見回す。

いくぶん落ち着いた声音で語る。

「このままヒューマン(劣等種)共の下についてみろ、二度と逃げるヒューマン(劣等種)のガキを獲物に見立て殺す狩り遊び等々ができなくなるんだぞ? そんな娯楽が奪われ、今度は逆に自分達が同じ目に遭うかも知れないんだぞ……。それでいいのか?」

「そんなの嫌に決まってます!」

「ヒューマン(劣等種)のガキを逃がして狩りができなくなるのは嫌だな。最後、泣きながら命乞いするのが滅茶苦茶楽しいのに」

「俺は親子同士、友人同士で殺し合わせる方が好きだな。涙を流し、必死な表情で殺し合うのが腹を抱えて笑えるから」

「いやいや、獣人種とヒューマン(劣等種)で殺し合いするほうが楽しいだろ? 獣人種が完全武装装備なのに、素っ裸で戦いを挑まないとならないヒューマン(劣等種)の絶望顔といったら! そして、少しずつ切り刻まれ、血を流し、骨を折られても降参が許されず、命乞いをするどころか、『早く殺してくれ』ってヒューマン(劣等種)が涙を流して懇願する姿を酒片手に見るのが最高なんじゃないか!」

「俺はむしろ――」

部下達がそれぞれ人種(ヒューマン)奴隷を使った娯楽――について楽しげに意見を上げていく。

レバドは区切りの良い所で、投げた灰皿を拾って側に立つ部下に葉巻を置きつつ、意見を纏める。

「無能なヒューマン(劣等種)共が獣人種の上に立つことは許されない。ヒューマン(劣等種)は獣人種に虫けらの如く扱われるのが一番お似合いなんだよ。――だが、獣人種、獣人タイガ種族を危険にさらすのも面白くないのは確かだ。だから、まず情報を集めろ」

レバドは右目に傷が走る眼孔をさらに鋭くし命令を出す。

「例えどれほどつまらない、無意味そうな情報でも集めろ。それが場合によっては生死を分ける情報になるからだ。いいな? とにかく情報を集めるんだ!」

彼の指示に部下達が野太い返事をして部屋を出て行く。

レバドは疲れたように座席に体を預けたのだった。

――一方、レバドが部下に指示を飛ばしている頃、獣人ウルフ種族長屋敷に1人の人種(ヒューマン)が顔を出していた。

その瞳は糸のように細かった。