「ライト神様(しんさま)が激怒するお姿には肌が震えました……本当に神々しく、凛々しく、不敬ながら少々下半身が熱くなってしまいましたわ」
「にゃー」
「……エリーの後半の台詞はともかく、獣人種には困ったものです。ライト様のお心を乱すようなマネをするなど」
ライトとの話し合いの後、エリー、アオユキ、メイは執務室を退出。
3人とも与えられた命令に対応するため、早速準備に取り掛かろうとしていた――が、その前に何となく廊下を歩き、先程のやりとりについて意見を述べ合っていた。
ライトとのやりとりを思い出し、恍惚の表情を浮かべて顔を赤くし、体を震わせていたエリーが、メイの発言に食いつく。
「メイさんと同意見ですわ。だからこそライト神様(しんさま)のご命令通り、戦場に立ちライト神様に刃向かってきた獣人種は皆殺しにするべきですわ。神であり、わたくし達の絶対的支配者であるライト神様(しんさま)がそう仰った以上、確実に絶対に獣人種は皆殺しにしなければなりませんの!」
「――是、エリーの言う通り。主の言葉は絶対。主の言葉は正しい。故に戦場において獣人種は皆殺しにしなければならない。それが絶対に正しいおこないなのだから」
珍しくアオユキがエリーの意見に同意する。
彼女達は敬愛するライトから直接命じられたため、『獣人種大虐殺』に強く入れ込んでしまっているようだ。
「張り切るのは構いませんが、与えられた指示を忘れずおこなってくださいね。今回の一件はただ相手を殺害すれば良いという訳ではありませんから」
「分かっていますわ。わたくしがライト神様(しんさま)のお言葉を忘れるはずありませんの!」
「にゃー!」
エリー、アオユキ共にやる気に満ちた返事をする。
メイ自身も本気で2人が命令を忘れるとは思っていないが、一応釘を刺しておいたにすぎない。
話し合いも区切りがよく、与えられた命令を実行するためそろそろ3人とも別れようとした時、『SUR、真祖ヴァンパイア騎士(ナイト)ナズナ レベル9999』がタイミング良く通りかかる。
ナズナは珍しく廊下で3人固まっている姿に気付き、笑顔で声をかけてきた。
まるで遊び相手を見つけた子犬のように、幻の尻尾が全力で左右に動かしているかのように駆け寄ってくる。
ナズナの姿に気付いたメイ、エリーは『うわぁ』と気まずい表情を作った。
ナズナは彼女達の反応に気付かず、笑顔で話しかける。
「どうしたんだ、こんな所で3人固まって? ご飯でもみんなで食べに行くのか? ならあたいも行くぞ!」
「…………」
「…………」
メイとエリーが気まずい表情で『どう返答しようか……』と頭を悩ませた。
先程のあの場で、レベル9999にも関わらずナズナは呼ばれなかった。そのため彼女だけがライトから命令を受けていない。
素直に『ライトから命令があったため、執務室に呼び出されていた』と答えたら気まずい空気になるだろう。
悲しむだけならまだしも、ナズナが拗ねたりしたら非常に面倒だ。
どう伝えれば良いか、頭脳明晰なメイとエリーが一瞬だけ悩む。
その隙を突いてアオユキが迷わずぶっ込む。
「――主から戦場に立つ獣人種を殲滅せよとの勅命を先程受けた。その帰り道」
「えっ?」
「あ、アオユキさん!?」
日頃、ナズナに姿を見つけられたらうざいほど絡まれているアオユキが意趣返しする。
あまりにストレートに答えたので、エリーが驚きの声をあげてしまう。
メイは気まずそうにひっそり、目を瞑り額に手を当てる。
ナズナは他2人の反応を見て、自分だけがライトに呼ばれなかったのが事実だと理解した。
先程までヴァンパイアにもかかわらず太陽のように明るい雰囲気を発していたがそれは消失し、冷たい雨に濡れた子犬のような悲しみの表情を浮かべる。
「み、みんなが呼ばれていたのに、あ、あたいだけ声をかけられないなんて……。あたい、ご主人様を怒らせるようなことを知らないうちにしたのかな? それとも嫌われちゃったのかな?」
「ふふん」
「アオユキさん!」
ナズナが落ち込む姿を前に、アオユキが小さく笑う。
普段からうざいほど絡まれ余程の鬱憤を溜めていたようだ。
とはいえ、流石にやりすぎなためエリーが鋭い声音と殺気を飛ばす。
アオユキはそっぽを向いて『にゃ~』と誤魔化しの声をあげていた。
エリーが軽く咳払いしてからナズナに声をかける。
「ライト神様(しんさま)がナズナさんを嫌うはずありませんわ。それにナズナさんが怒られるようなマネをしたら、ちゃんと指摘してくださる懐の広い方ですの。今回の一件でナズナさんに声をかけなかったのも、わたくし達には到底分からない、ライト神様(しんさま)だからこそ神計鬼謀的、遠大な思考があるからに決まっていますわ」
「でも、あたいが知らないうちに何かやらかして、それでご主人様が怒っているのかもしれないし……」
「ナズナ、あまり考え過ぎはよくありませんよ。エリーの言葉通り、ライト様は何かお考えがあってナズナに声をかけなかっただけですから」
「でも……」
メイ、エリーが慰めるがナズナは珍しく落ち込み、涙目でぐじぐじと弱音を漏らす。
彼女が落ち着くまで、2人は側につき慰め続ける。
この現状を作り出したアオユキは、既に気配を消して立ち去ってしまった。
後日、メイ経由でこの一件がライトの耳に入る。
彼はすぐにナズナをフォローするため彼女を執務室に呼び出した。
☆ ☆ ☆
(今回の作戦は獣人連合国に囚われている人種(ヒューマン)達を救出するという繊細さが求められる。ただ敵を倒せば良いだけじゃない。そのためナズナには少々難度が高いから、適材適所として今回は声を掛けなかったんだが……)
流石に胸中の事実をナズナに伝えるのは不味い。
そのため事前に考えていた言い訳を、ナズナの頭を慰めるように撫でつつ口にする。
「僕がナズナを嫌うはずないだろ。むしろ、そんな風に思われていたことが悲しいぐらいだよ」
「ううぅ、ごめんなさい……」
僕の言葉にナズナがシュンと肩を落とす。
僕は励ますようにさらに撫でた。
「ナズナを呼ばなかったのはちゃんと理由があってのことなんだ。ナズナにはユメの護衛を任せているだろ?」
実質ただの遊び相手だが。精神年齢が近いのか、2人の仲が良いのだ。
「ナズナが獣人種の悪事のことをユメに伝えるとは思っていないけど、万が一ってこともあるだろ? だから純粋で心優しいユメに獣人種の悪事を耳に入れさせないため、あえてナズナに話を聞かせなかったんだよ。話を耳にしなければ、口を滑らせることもないからね」
「さすがご主人様! 『味方を騙すなら、敵から』ってやつだな!」
「あははは、それを言うなら『敵を騙すなら、まずは味方から』だよ」
ナズナは僕の言葉を信じたのか、元気を取り戻しキラキラとした尊敬の視線を向けてくる。
どうやら無事、誤解がとけたようだ。
僕は安堵しつつ、彼女の機嫌がさらに良くなるように頭を撫で続けたのだった。