獣人連合国港街から北上。
障害物が一切無い平野部に獣人種は『巨塔の魔女』を呼び出し、その場を戦場に指定した。
決戦の地に獣人種は獣人ウルフ種、獣人タイガ種を中心に約2000人が武装して集まる。
一部、獣人翼人種の商人達が商売と物資輸送も兼ねて同行していた。
獣人翼人種族長イゴルは万が一にでも戦場で殺される可能性を無くすため、自身は現地へ向かわず街で待機している。
彼らとはやや離れた位置に、全体的に貧相な武装、汚れた恰好をしている者達――人種(ヒューマン)2000人程度の集団が暗い雰囲気を発していた。
成人男性、少年から青年になったばかりの男子、冒険者経歴のある女子、一部魔術師が混ざっていた。
基本的に人種(ヒューマン)が獣人種に戦闘能力で劣るとはいえ、これほどの戦力が集まっているにもかかわらず彼らは逆らおうとはしない。
なぜなら、彼らの家族、恋人、友人が獣人連合国港街倉庫などに人質として囚われているからだ。
反乱を起こした場合、すぐに連絡が街に届き、人質が産まれて来たことを後悔するほどの拷問を受け殺害されると脅されている。
例え相手が女子供だろうがだ。
合計約4000人が、今回獣人側が用意した大凡の戦力である。
そして、この約4000人と戦うのが――『巨塔の魔女』と呼ばれる人種(ヒューマン)の女性魔術師1人だ。
正確には彼女が乗ってきたドラゴン1匹も足して1人と1匹である。
ちなみに今回の戦場は『巨塔』から見た場合、真東でエルフ女王国、森林を跨いだ先にある。
仮に地上ルートで辿り着く場合、最短ルートはエルフ女王国港街から、獣人連合国港街へ船で移動し、そこから徒歩となる。
地上のみを移動した場合は、エルフ女王国、人種(ヒューマン)王国、獣人連合国と進まなければならず、数ヶ月はかかっただろう。
そんな『巨塔の魔女』エリーの元へ、今回指揮を担当するインテリヤクザ風の風貌の獣人ウルフ種族長ガム、右目に傷があり強面の獣人タイガ種族長レバドが肩を並べて、大声ならば届くであろう距離までゆっくりと近付く。
戦闘前に軍を率いる者として発言し、戦いに勝利した後に獣人族内部でより高い地位を得るためだ。
黒ヒョウが二足歩行した獣人タイガ種族長レバドが喜々として、声をあげる。
「よく来たな『巨塔の魔女』! まさか無能なヒューマン(劣等種)共のためノコノコ姿を現すとは……。よほど『人種(ヒューマン)絶対独立主義』とやらを守るのに必死のようだな。理解しがたいな、『人種(ヒューマン)絶対独立主義』なんてつまらないモノを守るためわざわざ殺されに来るとは! ヒューマン(劣等種)は劣等過ぎて自殺願望でもあるのかもしれないな!」
『ギャハハハハハハ!』
「…………」
後半の台詞は自軍へ顔を向けて、聞こえるように叫ぶ。
普段はあまり仲が良くない獣人ウルフ種と獣人タイガ種が、揃ってエリー含めた人種(ヒューマン)を馬鹿にして笑う。
頭からフードを被り、顔を隠しているエリーは黙って受け流す。
垂れた耳が特徴的な獣人ウルフ種族長ガムが、演技っぽく大袈裟に笑いを堪えてレバドにツッコミを入れた。
「おいおいレバド族長、あまり本当のことを言ってやるなよ。『巨塔の魔女』殿も真実を突かれて何も言えず黙り込んでしまったじゃないか! いくら無能で劣等な人種(ヒューマン)が相手とはいえ、女性には優しくするべきではないか?」
「ガム族長の言う通りだ! 先程の発言は少々誇りある獣人種らしくなかったな! 失敬、失敬。では誇り有る獣人種らしく諭してやろうか――降伏しろ」
5部族の中でも武闘派な獣人タイガ種族長レバドが、嘲笑した態度から一転、血の臭いを纏ったマフィアの様な声音で降伏勧告を告げる。
「通達通り、1人で来た度胸は認めてやる。人質になっているヒューマン(劣等種)を死なせたくないんだろ? だったら今すぐ降伏しろ。衣服を全部脱いで、全裸で地面に転がり腹を見せろ。一生奴隷になることを誓って、ウチらの足を舐めろ。『無能で劣等で奴隷が相応しい人種の分際で「人種(ヒューマン)絶対独立主義」なんて大口を叩いてすみません』と額を頭に擦りつけ謝罪しろ!」
ウルフ種族長ガムが続く。
「ヒューマン(劣等種)の分際で、『人種(ヒューマン)絶対独立主義』なんて掲げてイキッた罰だ! 皆殺しにはしないが、ある程度のヒューマン(劣等種)を貴様の前で嬲り殺してやる。当分は貴様の食事も全て目の前で嬲り殺したヒューマン(劣等種)共の肉だけしか出さないからな! これは貴様が調子に乗った罰だ。だが安心しろ、殺しはしない。ヒューマン(劣等種)の立場を再確認させるだけだ。今後二度と、ヒューマン(劣等種)が二足歩行で喋る家畜だと忘れないようにするためのな! だから、大人しく降伏しろ。自分達が寛大な態度で許している間にな!」
「…………」
『巨塔の魔女』はレバドとガムの脅しを含んだ降伏勧告にも反応せず、無言を通す。
自分達の発言を無視されたレバドが黒い毛皮の上から分かるほど青筋を浮かべ、ガムは『何か策でもあるのか』と警戒心を強めた。
「おいこらクソアマ! サッサと全裸になって腹を見せるか、地面に這い蹲って降伏しろやァッ! それとも今すぐ殺されたいか!? あぁあん!」
「…………」
同族の若者達ですら震え上がるレバドの怒声を浴びても『巨塔の魔女』はなんの反応も見せない。
あまりに反応がなく、不気味な雰囲気を漂わせる『巨塔の魔女』にガムが警戒心を露わにする。
今すぐにも飛びかかりそうなレバドの腕を掴み、エリーへ声を掛けた。
「どやら交渉は決裂したようだ。では、これより武を持って『巨塔の魔女』殿に現実というものを教えてしんぜよう」
頭に血が上ったレバドを宥めつつ、ガムは自軍へと引き返す。
(どうやら『巨塔の魔女』は何か策を持っているようだな……。どんな策かは分からないが、とりあえずヒューマン(劣等種)を突っ込ませれば全て問題ないだろう。所詮敵は1人だ、例えどんな策があろうと、裏切る心配の無いヒューマン(劣等種)を突っ込ませて敵の策を見破ればいい。本当にこのヒューマン(劣等種)の盾は便利だな……。今後も何かに応用できないものか)
ガムは『巨塔の魔女』の沈黙を『何か策がある』と警戒するも、人質を取っている人種(ヒューマン)を突っ込ませれば良いと判断。
どんな作戦を用意したかは不明だが、人種(ヒューマン)を盾代わりにすれば良いと判断を下したのだ。
またガムは人質を取り裏切る心配の無い人種(ヒューマン)兵士達の便利さに改めて実感を得る。
つい今後、この策を他に流用できないかと考え込んでしまった。
ガムが考え込んでいる間に、『巨塔の魔女』に無視され怒りに触れたレバドが人種(ヒューマン)達を嗾けるため怒声を張り上げる。
「ヒューマン(劣等種)共、あの売女の首を今すぐ刈り取れ! あの売女の首を切り落とした者は褒美として人質と共に解放してやるぞ! 少しでも臆して足を止めた者は後ろから殺す! そして、後ほどとっている人質、お前達の親や子、恋人や友人達をむごったらしく殺してやるからな! 死ぬ気で突っ込め! 生き残りたかったらあの売女を殺すしかないぞ! 人質共々生き残りたければあの魔女を、お前達の敵を殺せッ!」
『オッ、オッ、オオオオオオオオオ!』
レバドの掛け声にヒューマン(劣等種)兵士達が最初は躊躇いつつも、『巨塔の魔女』に向けて駆け出す。
彼らの背後を獣人ウルフ種&獣人タイガ種の中で弓が得意な者達が集まり、狙いを定める。
命令に背き逃げ出そうとしたり、臆した者達が居たら背後から射殺すためだ。
約2000人の追いつめられた人種(ヒューマン)が一部涙をこぼしつつも、一筋の生存の道を掴むため『巨塔の魔女』へと向かう。
例えドラゴンが彼女の側に控えていても、怯えて尻込みすれば背後から射殺されるだけ。
彼らの生きる道は前にしかなかった。
「…………」
『巨塔の魔女』エリーが自身を殺すため駆け寄ってくる人種(ヒューマン)、後方の安全地帯で必死な様子を見て馬鹿笑いする獣人種達を見つめる。
「――ライト神様(しんさま)のお言葉はやはり正しいですわ。あんな者達、生きている資格ありませんの」
彼女の独白音量は小さすぎて、隣に存在するドラゴンの耳にも届かない。
また何より戦場の注目は『巨塔の魔女』にではなく、彼女の背後へと集中したからだ。
エリーの背後が一瞬ブレると――みすぼらしい、弱った多くの人種(ヒューマン)達がそこに姿を現す。
彼、彼女達は倉庫で獣人種達に囚われていた人質の一部だ。
その姿を見て、脅された『巨塔の魔女』を殺すため駆けていた人種(ヒューマン)の足が一気に鈍り、やがて止まる。
獣人種ではなく、人種(ヒューマン)であることは一目瞭然。さらに服装や弱っている姿から、今回の戦争のために人質になっていた者達であることがすぐに分かる。
遠い距離にある獣人連合国港街倉庫で囚われているはずの人質が目の前に現れたのだから、当惑するのは当然といえば当然だ。
では、なぜ人質がこんな場所に居るのか?
――その理由を知るためには、少しだけ時間を巻き戻す必要がある。