「お嬢様、マーゴルク子爵の娘が殺されたとの事です」

「そう。残念ね」

 エミリアの元にリネアの訃報が届けられたがエミリアは簡潔に返答するのみだ。まったく残念に思っていないのはその声から明らかである。

「それではマーゴルクはいかがなさいますか?」

 家臣の一人の言葉にエミリアは少し考え込む。

「娘が死んだのならマーゴルクはもう用済みと見て良いわね」

「はい」

「お父様が決定すると思うけど私個人の意見で言えば処分しても良いわよ」

「了解しました」

 エミリアの言葉に家臣は嬉しそうな声を発する。

(元々、生かしておくつもりはないのよね)

 エミリアは皇城での戦いの声を聞きながら、そう心の中で呟いた。

 *  *  *

「バーリング将軍、ザルブベイルから命令が来ました」

「そうか」

 バーリング将軍の下に伝令が届くと将軍は視線で伝令に内容を読み上げる事を促した。

「マーゴルク軍を下げ、別の諸侯の軍を繰り出せとの事です。その際の人選はそちらで行うようにとのことです」

「……了解したと伝えよ」

 バーリングの返答は苦々しさの極致と言うべきものである。ザルブベイルは命令でバーリングに皇城の攻撃には正門からのみ攻めかかるようにという厳命が下っていたのだ。さらに全軍で攻めるのではなく、一つの軍だけで攻撃を行わせるというものである。

 これは戦力の逐次投入という尤もやってはいけない事なのだが、ザルブベイルに『今から皆殺しになりたければ命令を無視しろ』という言葉を告げられればバーリングとしては黙るしかなかったのだ。

「それでは……」

 伝令はバーリングからの了承を受け取るとバーリングの前を辞した。伝令が出て行ってから幕僚の一人がバーリングに向け言う。

「このままでは損害ばかり大きくなります。そもそも皇城の軍は二千程度であり我々の十分の一です。全軍でかかれば三時間程で皇城は落とせます」

「分かっている。その事が分からないザルブベイルではないはずだ」

「と言う事は皇城を落とす以外の目的があると言うことですか?」

 幕僚の言葉にバーリングは沈痛な表情を浮かべる。実の所、バーリングはザルブベイルの命令の意図するところを察していた。

(嬲っているのだ……)

 バーリングは心の中で苦々しく呟く。ザルブベイルは皇城を落とすのは自分達で容易に落とすことが出来る。それにも関わらず自分達でやらずに諸侯達にやらせるのは単に嬲っているだけに過ぎない。

(マーゴルク子爵が先陣に選ばれたのも、皇城の者達に娘を殺させるため……そして、それが済んだ以上マーゴルクを戦わせる意味は無いのだろう)

 バーリングにとって今回の戦いは用兵家としてまったく手腕を振るう事が出来ないために不満が高まる一方であるのだが、それを表面上に出す事はしない。もし、ザルブベイルに知られてしまえば先程同様に部下達が殺されるのは確実である。

「マーゴルク軍を下げ、エイジムンド伯爵軍を出せ」

「はっ!!」

 バーリングの言葉に幕僚が応えると命令を伝えるために出て行った。

(何とかせねば……あの騎士を何とかすれば……)

 バーリングはザルブベイルへの対抗策を練っていた。

 *  *  *

「ご苦労だったな。マーゴルク」

 オルトの前に呼び出されたマーゴルク子爵は一気に老け込んでいた。目の前で娘をああも残酷に殺されれば当然の事であろう。

「リネア嬢の事は残念だったな」

 オルトの言葉には全くと言って誠意というものが抜け落ちている。『心にもない言葉』とはこの事を言うのだという例の最たるものであると言えるだろう。

「オルト殿!! お願いです!! 私に皇城の者達への復讐をさせていただきたい!!」

 マーゴルク子爵の涙ながらの訴えにオルトは目を細める。チラリと家臣達を見るとその口元に浮かんでいるのは冷笑である。

(さすがに我が家臣達はわかっておるな)

 オルトはそうほくそ笑んだ。

「マーゴルク、貴様の役目は終わった」

「え?」

 オルトの告げた言葉にマーゴルクは呆けたような表情を浮かべ、オルトの言葉の意味を察した時、ガタガタと体が震え始めた。

「その様子では私の言葉の意味を察したらしいな。嬉しいぞ」

 オルトはそう言うとニヤリと嗤う。マーゴルクにはそれが死を具現化したように思われた。

「ひっ!!」

 マーゴルクは立ち上がろうとするがそのままつんのめって転倒してしまう。転倒したマーゴルクを家臣が押さえつけるとマーゴルクは狂ったように叫んだ。

「助けてくれ!! 話が違う!!」

 マーゴルクの言葉にザルブベイル一党は冷たい視線を向ける。その視線を受けてマーゴルクは哀れっぽい視線をオルトに向ける。

「何を言う。私は“皇城を落とせ”と言ったのだよ。その役目を全うできなかった君を助ける意味は無いな」

「待ってくれ!! まだ私は負けたわけではないんだ」

「いや、君は用済みだ。君が生きているうちの最後の仕事は我がザルブベイルの報復の刃をその身に受ける事だよ」

「ひぃぃぃぃ!!」

 マーゴルクの口から恐怖の叫び声が発せられる。それを見てオルトは家臣に言う。

「連れて行け。そいつはお前達が自由に始末しろ」

「はっ!!」

 オルトの言葉に家臣が簡潔に応えるがその声には隠しきれない喜びの感情が含まれていた。

「あ、そうだ。一つだけ条件があったな」

 早速連れて行こうとした家臣達にオルトが声をかける。

「出来るだけ長引かせろ(・・・・・)」

 オルトの言葉にマーゴルクは絶望の表情を浮かべた。これほど残酷な命令をマーゴルクは自分が受ける事になろうとは思ってもみなかったのだ。

「我らがこのような目に遭った原因の一端故、念入りにな」

「はっ!!」

「ひぃぃぃぃぃ!! ザルブベイル卿!! お慈悲を!!」

 マーゴルクの言葉に冷笑でオルトは応えるとそのままマーゴルクは引き摺られていった。

 それから二時間ほどマーゴルクとその部下達の絶叫がオルトの元に響いていた。

「次はエイジムンドか……」

 オルトの言葉に家臣達は残酷な嗤みを浮かべた。