Shi ni Modori, Subete wo Sukuu Tame ni Saikyou He to Itaru

Episode 64: The Strength of the Vice Chairman

 ハルジオン王国は、ベゴニア王国から馬車で二日ほど離れたところにある。

 とても近いとは言えないが、遠いとも言えない距離である。

 だからこそ、前世ではフェリクスがベゴニア王国を襲ったのだろう。

 ハルジオン王国の位置だと、一番襲いやすい国は確実にベゴニア王国だからだ。

 馬車はハルジオン王国までの一本道を進んでいる。

 馬車を操る御者は、今はリベルトさんがやっている。

 二日間ずっとやり続けるのはさすがにきついので、全員、王子であるクリストも入れて交代制でやっていく。

 俺もこの一ヶ月で御者になれるぐらい馬には慣れた。

「クリストもやっていいのか? 一応王子なんだろ?」

「一応じゃなくて王子なんだよ。別に慣れてるから大丈夫だ。それに二日間も馬車の中だと飽きるだろ?」

 まあそりゃそうか。この馬車は王族が乗るような豪華なものではなく、普通の馬車だ。

 王族が乗るようなものだったら座るところが柔らかくてケツが痛くはならないだろうが、この馬車は普通に痛くなる。

 座ってるだけだと苦行だろう。

 その点……。

「ビビアナさん、用意周到ですね」

「んー、何がー?」

 ビビアナさんのケツの下には、ピンク色のクッションがある。

 この四人の中で一番荷物が大きかったビビアナさんだが、荷物の中身は半分ほどこのクッションだった。

 最初カバンの中から出したときは意味がわからなかったが、一時間も馬車に揺られればわかってくる。

 この旅で一番辛いのは、馬車の揺れだということが。

 ケツの痛みが酷いので、何回も腰を浮かせて位置を変えるが、やはり痛い。

 そして最終的には、立ち上がることにした。

 俺が立ち上がると同時に、クリストも立ち上がった。

「クリスト、お前もか」

「ああ、このままだと死ぬ」

 二人でとりあえず伸びをすると、お互いの腰からゴキッと音が鳴る。

 顔を見合わせ、笑う。

「やっぱり馬車は何回乗っても慣れねえな。ビビアナみたいにクッション持って来ればよかったぜ」

「私は抱き枕がないと寝れないからさー」

「抱き枕だったんですか、それ」

 というか、ビビアナさんはクリストに対してタメ口なんだよな。

 クリストは王宮の庭でいつも訓練をしている。

 多くやるのは剣の訓練だが、魔法の訓練もする。

 最近は俺も一緒に訓練をするが、一番多くやるのはリベルトさんとらしい。

 それで、魔法の方はビビアナさんが一緒に訓練をするようだ。

 魔法騎士団団長のアンネ・ベンディクスさんも昔は教えてくれていたらしいが、意外とあの人は教えるのが下手らしい。

 感覚派なので、しっかりと教えることができないのだ。

 ビビアナさんは逆に教えるのが上手くて、あんまり魔法が上手くなかったクリストが一般の魔法騎士ぐらいの力になるほどだ。

 ということは、俺は前世ではクリストを通して間接的に、ビビアナさんの教えを受けていたということになる。

 俺はその教えを今世まで引き継いで、それでティナにも教えている。

 心の中でビビアナさんに感謝の意を伝える。

 本当にありがとうございます。あなたのお陰で俺とティナは死なずに済みました。

 だけど、もう少ししっかりして欲しいです。

「ん? エリックちゃん、なんか言った?」

「いえ、何も」

 ベゴニアを出発して、三時間くらい経った。

 そろそろ草原を抜けて、森に入る。

 森を抜けるとすぐにハルジオン王国に着くことになる。

 とりあえず今日はその森で一泊することになるはずだ。

 今はクリストが御者をしている。

 馬車の中でさっきまで御者をやっていたリベルトさんが静かに寝ている。

「リベルトさんって、酒飲んでないと静かに寝るんだねー」

「そうですね」

 ビビアナさんの言い方だと、酒を飲んでいたらいびきをかくってことだろうか。

 きっとそうなんだろうな。

「エリックちゃんは寝ないの?」

「この馬車の中で寝れるほど神経鈍くないです」

 さっきからケツが痛いんだ。

 リベルトさんがこんな揺れる馬車の中でよく寝れると思うよ。

 ケツの痛みが引くまでまた立っていようかな。

 そう思って立ち上がろうとした時、いきなり馬車の揺れが止まって、外からクリストの声が聞こえてきた。

「おい、魔物だ! しかも結構の大群!」

 そう言われて俺とビビアナさんは馬車の中から顔を出して、外を見る。

 すると、馬車の進行方向に魔物の姿が見えた。

 何十匹もいて、ゆっくりとだがこちらに向かってきている。

「んー、あれはオークかな? あんなにいるってことは、オークジェネラルもいるかもねー」

 俺とクリストが初めて会った日、狩りをした時にあいつらを倒したが、あんなに多くはいなかった。せいぜい四体ぐらいだ。

 しかし、今遠くにいるオークの数は優に三十は超えるだろう。

 オークの上位種に、オークジェネラルという魔物がいる。そいつはオークをまとめあげて団体で行動する。

「あの量、めんどくさいな。避けては通れないし」

 クリストがため息をつきながらそう言った。

 進行を邪魔しているし、しかもあっちも俺達を認識しているから襲いかかってくるだろう。

「エリック、リベルトを起こしてくれ。あの数は骨が折れそうだ」

「わかった」

「ううん、別に起こさなくて大丈夫だよー」

 この状況でもまだ眠っているリベルトさんを起こそうとしたが、ビビアナさんに止められた。

「なんでだよ。三人であの量倒すのか? 出来なくはないが、効率が悪いだろ」

「四人でやったほうが効率悪いよ」

「なんでですか?」

 何を言っているんだ? リベルトさんは強い。起こして一緒に戦ったらとても活躍してくれるだろう。

「私一人が、一番効率が良いよ」

「えっ?」

 その言葉に驚いていると、ビビアナさんは一人で馬車から降りて少し離れる。

「二人とも、危ないから降りないでねー」

 笑顔でこちらを振り返りながらそう言ったビビアナさん。

 本当に一人で戦うのか?

「どうする、クリスト?」

「任せてみようぜ。俺もビビアナの魔法はあんまり見たことはないんだ」

「そうなのか?」

「ああ。教えてもらってはいるが、王宮の庭だからそこまで強い魔法は打てないしな」

 そうだったのか。

 とりあえず馬車から降りずに様子見することにした。

「んー、あの量ならあれで大丈夫かな」

 ビビアナさんは懐から杖を取り出した。人の前腕ぐらいの長さだ。

 三十を超える魔物達はビビアナさんの姿を確認すると、一斉に走り出してこちらに向かってきた。

 二メートルを超えている魔物が走ってくる光景はなかなか迫力がある。

 ビビアナさんは全く焦る様子もなく、魔力を込め始める。

 それを見て俺とクリストは息を飲む。

 なんて素早い魔力操作と、とてつもなく多い魔力量なんだ……!

「いっくよー。『火炎弾(スターフレア)』!」

 そう唱えると、ビビアナさんの頭上に火の玉が十個ほど出てきた。

「ほれいけー」

 気が抜けるような掛け声と共に、その炎の玉が一気にオークの大群の方へと飛んでいく。

 飛んでいくスピードはとても速く、風を切る音が聞こえるほどだ。

 そしてその火の玉がオークの大群の先頭に着弾――と同時に、大爆発が起こった。

「うおっ!?」

 隣にいるクリストが爆音、爆風に驚いて声を上げた。

 オークの大群の姿が全く見えなくなるほどの爆発だ。

 あの小さな炎の玉にあんな威力が込められているとは……。

 砂煙が晴れると、そこにはオークの肉片しか残っていなかった。

 三十体以上いたオークが、たった一つの魔法で消し飛んだのだ。

「すげえな……」

 クリストが思わずそう呟いているのが聞こえた。

 俺も全く同じ感想だ。

 俺も前世で色んな戦争に行ったことがあるが、あんな魔法見たことない。

 魔法使い全員があんな魔法を放てるなら、戦争なんて魔法だけで死人が何千人と出るだろう。

 俺の中で一番凄い魔法使いは前世ではイレーネ、才能的にはティナだったのだが。

 今の魔法だけで、ティナやイレーネがあそこまで達してないのがわかる。

「はい、終わったよー。ほら、早く終わったでしょ?」

 とても可愛い笑顔でこちらに戻ってきたビビアナさんだったが、あの魔法を見た俺とクリストは苦笑いしか返せなかった。