「エレナは地下街で――人攫いにあったから」

 その一言を俺は予測していたからあまり驚かなかったが、他の二人は目を見開いていた。

「なっ……! エレナさんが、人攫いに……!?」

「そんな……!」

 前にニーナと話したとき、言っていたことがある。

 地下街の子供たちはそこで生き延びることが難しい。

 食料を確保することができなくて、たとえできたとしても周りの大人に殺されてでも奪われる。

 飢え死にするか、殺されるか。

 それに加え、子供は人攫いにあって消えることがある。

 容姿が良い子などは、奴隷にされるために攫われるのだ。

 そしてニーナの友達で攫われた子が、エレナさんだということだ。

「奴隷にされて売られて、貴族とかに雑に扱われて死んでいく。奴隷の末路はそういうのが多いの」

「待ってくれ! ハルジオン王国は、奴隷制度があるのか!?」

 ユリーナさんが驚きながらもそう問いかける。

 魔族の国の中ではとても治安が良く、ベゴニア王国とも良好な仲を築いているハルジオン王国。

 そんな国が、奴隷制度を公認しているというのは驚いて当然だろう。

「法律では禁止されている。だけど、法律じゃ縛れない場所もある。地下街がいい証拠」

「だが、貴族が奴隷を雇うなんて……!」

「貴族全員がそうなわけではない。ごく僅かだけど国王に従いたくないような貴族がいる。あと奴隷は『雇う』じゃなくて、『使う』」

「っ……!」

 奴隷に対しての言葉の使い方に、何も言えずに唇を噛み締めるユリーナさん。

 ベゴニア王国も昔は奴隷制度があったらしいが、何代か前にその奴隷の扱いの酷さから撤廃し、完全に無くなったのだ。

 ハルジオン王国も同じく本当は制度がないようだが、まだ裏で奴隷はいるようだ。

 ユリーナさんは貴族なので、そこら辺の話は詳しいのかもしれない。

「エレナは人攫いにあって奴隷として売られたと思っていたから死んだと勘違いしていた。だけど、前に会ったの」

「前ってのはいつだ?」

「一週間前ぐらいよ」

 一週間前……ということは、あの急襲の後だな。

 おそらくあの後にベゴニア王国を出て、魔族の国に移動していた最中に会ったのか。

「そこで久しぶりに会って、少し話したの。それで、エリックとエレナが知り合っていたというのを聞いた」

 だから俺と会ってすぐに「エレナを一緒に探して」と言っていたのか。

 前に俺とニーナが会ったときは、エレナさんの会話なんてしてないからな。

「ニーナはなんでエレナさんを探しているんだ? 前に会ったときに、何かあったのか?」

 一度会って話して別れたのなら、探そうとはならないはずだ。

「今何をしているかとかも聞いて……今もまだ、奴隷だって聞いた」

「なっ! エレナさんは今もなお奴隷扱いを受けているのか!?」

 ユリーナさんが目を見開いて反応し、ニーナは沈痛そうに頷く。

「だけど扱いとしては他の奴隷とはちょっと違うみたい。命令を聞く限り、生活とかは保障されているみたい」

「っ! もしかしてエレナさんは、その命令でスパイとしてベゴニア王国に来てたのかな?」

「……まだ断定はできないが、ありえない話じゃない」

 エレナさんは自分を暗殺屋と言っていたが、それは命令されてやっていることなのではないか。

 そう考えると、あの戦いでエレナさんが裏切ったときに、少し悲しそうな顔をしていたのはわかる。

 だがエレナさんはあのとき、自分には「優先するもの」があると言っていた。

 自分の生活を守るのが、優先するもの?

 何か違う気がする。

 それならスパイとしてベゴニア王国に来たときに、裏切ってこちらにつけばそのまま生活できたはずだ。

 ある「目的」が優先するもの、と言っていたが、それはなんなんだろうか?

 顎に手を当ててそう考えていると、隣からドンっ! と大きな音が聞こえた。

 驚きながらもそちらを見ると、ユリーナさんが置いてあった机に拳を埋め込んでいた。

「……っ! すまない、私は話を冷静に聞けそうにない……少し外に出てくる」

 拳から血を流しながら、ユリーナさんは剣を持って家を出ていった。

 呆然としてユリーナさんを見送ってしまったが、ハッとして立ち上がる。

「エリック、私が行ってくるよ」

 追いかけようとしたが、ティナが俺にそう言ってきた。

 ティナを見ると、俺と目線を合わせて頷いた。

「……わかった、任せるぞ」

「うん、エリックはニーナと情報交換しといてね」

 そう言ってティナは家を出て行った。