「そうですね……まずは、戦力を整える必要があるかと」

「それが簡単にできれば、苦労はせんのだが……」

「可能な限り多くの魔法使いに、無詠唱魔法を広めましょう。それだけでもある程度対処ができるはずです」

1対1では魔族に勝てないだろうが、人間には数がある。

今までだって、魔族が人間をすぐに滅ぼせるのであればそうしていただろう。

1つの国に対し、すでに死んだデビリスを含めて5人しか人手を割けていない事実が、魔族の人数不足を物語っている。

となれば、無詠唱魔法の力があれば、自分を守るくらいは難しくないはず。

……まあ、こちらから攻めるとなると、機動力の差などがあって難しいだろうが。

「なるほど。無詠唱魔法の話はエデュアルトから聞いている。確かにあれを広められれば、魔族に対抗できよう。しかしそれでは、我が国が魔族への有力な対策を持っていると、魔族に知らせているようなものだ。魔族がこの国を潰しにかかるのではないか?」

「……来るでしょうね」

恐らく魔族は、ゆっくりと人類の力を削りつつ、確実に勝てるとみたところで、人類を滅ぼしにかかるつもりだったのだろう。

しかし、エイス王国がそれに気付き、対抗手段を取るとなれば、魔族もそうのんきには構えていられないはず。

まず確実に、エイス王国を潰しにかかるだろうな。

「そうなると、やはり隠蔽を施しつつ、水面下で戦力の増強を進めるべきではないのか?」

「魔法の申し子が逃げていなければ、そうなんですが……」

「魔族に動きを察知された以上、やはり時間の問題か。滅ぼされる前に気付けて幸いではあるが……何か、対応策はあるのか? エイス王国に戦力を集中させられると、いくら無詠唱魔法があっても対応は厳しかろう?」

確かに、それはそうだ。

俺一人で対応するにも限界はあるし、いくら魔族の数が減っていても、その戦力を王都だけに集中されれば、守り切るのはかなり難しくなるだろう。

だが、もちろん対策は可能だ。

「魔族が集まるまでには、恐らく時間がかかります。連中は人間の騎士団のように、大規模な組織を組んだりはしませんから。仮に数人の魔族がこの国を脅威と見たとしても、恐らく攻撃は散発的な物になると思われます。少なくとも、今から3ヶ月くらいはですが」

基本的に魔族は、協調性がない。

偽装がバレたとなれば、流石に逃げるくらいはしたようだが、それにしても恐らく、人間嫌いで情報が得意な魔族が1人いて、そいつが情報を流して回っただけのような気がする。

まあ人間を嫌わない魔族などいないので、わざわざ『人間嫌いで』などとつける必要はないのだが。

魔族は魔法的な構造からして『人間を嫌うようにできている』ため、突然変異でもない限り、人間を嫌わない魔族など存在しようがない。

「その3ヶ月が過ぎた後は?」

「大規模攻撃の可能性は否定できません。ですからその前に、魔族を閉め出してしまいましょう」

「そんな方法があるのか? 魔族相手に3ヶ月など、無いに等しい時間のはずだが……」

「あります。守りたい範囲を、巨大な結界で囲めばいいんです」

「永続型結界魔法……まさか君は、神造アーティファクトを新たに作ろうというのか?」

「神造アーティファクト……その名前は知りませんが、王都の広さであれば、永続型中規模結界魔法で何とかなるかと。第二学園には迷宮がありますし、そこにつながっている龍脈を魔力源として使えるでしょう」

「そんなことが、可能なのか? 正直、神話の世界の話を聞いているようにしか思えんのだが……」

「それも仕方のないことかもしれません。技術なんかは魔族によって徹底的に破壊されているみたいですしね。まあ、第二学園の生徒たちの協力が得られれば、1月ほどで準備はできるでしょう。材料が揃えばですが……」

「第二学園だけと言わず、第一学園や騎士団、魔法師団などの協力も約束しよう。正直なところ私には、マティアスに賭ける以外の手がない。それで、材料は何が必要なのだ?」

材料か。

前世の俺が加工するのであれば大した量の材料は必要ないが、今回は第一紋の学生たちに加工魔法を教えて人海戦術で何とかする形になるからな。ルリイ一人で何とかできる量でもないし。

となると、大雑把に見て――

「60センチ級の魔石を1個、オリハルコン―アダマンタイト合金を10キロ。それから、ミスリルを1.5トン」

「……真面目に言っているのか?」

「至って真面目ですが……」

やばい。国王を怒らせてしまっただろうか。

最悪国外逃亡という手はあるが、そうするとまた俺はぼっちになってしまう。

「60センチ級の魔石など、この国にはない。ミスリルの確保も、数十キロが限界だ。オリハルコンやアダマンタイトなど、国宝のアーティファクトに少しある程度。使い道が分かっているものは魔族と戦うために貸し出し中だし、全部集めても3キロに届くかどうかだ」

なるほど。

確かに、王都に来る途中で倒した魔物が『強い魔物』として扱われるような状況で、60センチ級の魔石は確保できないか。

オリハルコンやアダマンタイトは製錬に少し技術が必要だからな。

「……では、集めてきましょう」

「集める?」

「幸い、第二学園にある迷宮は、だいぶ古いみたいです。深い階層に入れば、60センチ級の魔石を持った魔物が出てくる可能性は高いので。ミスリルについても、まあ何とかなります。時間は3ヶ月もありますしね。オリハルコン―アダマンタイト合金については……とりあえず、宝物庫を見てから考えていいですか?」

「トン単位のミスリルを『まあ何とかなる』か……。我々の、いや人類の常識からいったらあり得ないことだが……エデュアルト、このマティアスは、信用できる男か?」

今まで黙っていた校長に話が振られた。

「マティアスは今まで、信じられないことを言っては、その全てを現実にしてきました。そもそも12歳で魔族を単独討伐する人間など、存在自体が冗談のようなものです」

「……だな。よし、此度の件、マティアス=ヒルデスハイマーとエデュアルトの二人に、一任することとする」

「ありがたき幸せ」

そんなこんなで非公式な謁見は終わり、俺は宝物庫の管理人とエデュアルト校長と共に、宝物庫へと足を踏み入れることになった。