「一つ、質問いいか?」

「……何だ?」

「Aランク昇格の条件って、どうなってるんだ? 試験があるのか?」

俺の質問を聞いて、試験官はハッとした顔で答える。

どうやら、何かを思い出したようだ。

「……試験が普通のルートだ。最低1月はかかる、過酷な試験だ。危険度もBランク試験の比じゃない。……だが、試験なしでAランクになることもある」

「なることもある?」

「ああ。Aランク上位の魔物を討伐した冒険者は、特例でAランクに昇格することがあるんだ。……もっとも、こっちの方法で昇格した奴なんて、今までに1人しかいないんだけどな」

……聞いておいてよかった。

試験じゃなくても、強い魔物を倒せば認められるのか。

試験に1ヶ月もかけるほど暇ではないので、そっちの方法を使いたいところだ。

できれば、今向かう先にいる魔物がAランク上位であってくれるとありがたいのだが。

「ちなみに、今回のボスがそのレベルの強さだったら、昇格できるのか?」

「基準を満たしていれば、推薦はできる。だが……おすすめはしないぞ。確かに1回は使われた特例だが、その時には相当ゴタゴタしたって話だ」

「何か、問題があったのか?」

「ああ。強い魔物を倒すような状況だと、一般人はみんな逃げちまってるからな。いくら倒したって言っても、目撃者が少ないんだ。今回だって立会人は俺1人だし、相手が未知の魔物だから、まず敵がAランク上位だとギルドに認めさせる必要がある」

なるほど。

倒すこと自体より、そのあとの処理が難しいのか。

「分かった。魔物を倒しに行こう」

「……いいのか? 討伐に成功しても、昇格が通るとは限らないぞ?」

「問題ない。討伐をするのは、すでに確定事項だからな」

もし特例が通らなくても、どうせ魔物を倒すことに変わりはない。

特例での昇格は、もし上手くいけばラッキーくらいに思っておく。

もし通らなくても、今受けている試験みたいに、危険な代わりに時間のかからない方法があるかもしれないし。

「結界が解ければ、魔物は一気に襲ってくる。数は今までの比じゃないはずだ。戦闘で使いそうな矢は、できるだけ今のうちに準備しておいてくれ」

今までの戦闘では、アルマの矢はルリイがその場で作っていた。

収納魔法を持っていない場合、材料で持ち込んだほうが荷物が少ないし、必要な矢だけを迅速に供給できるからだ。

特に魔法を付与した矢は魔石の関係で非常に持ち運びが難しく、収納魔法なしで大量に持ち込もうとすると、機動力を完全に捨てて荷物置き場の近くで戦う他ない。

基本的に、攻撃は防ぐより回避した方が魔力の消費が少ないため、普段は防御より回避を重視しているが、その作戦が使えなくなるわけだ。

だが、そのデメリットをあえて背負う。

「矢を、あらかじめ作るんですか? それだと、動けないと思うんですけど……」

「その通りだ。今回は結界の50メートル手前に3人で固まって、攻撃を防ぎながら戦う形になる。俺が単独で結界に突っ込むのを、3人で援護する訳だな」

「マティくんを援護……矢を作り置きするってことは、魔道具で何かするんですか?」

「ああ。ルリイは、この魔道具を作ってくれ。矢に組み込めるサイズの魔石だと効果が薄いから、イリスに戦場まで投げ込んでもらおう」

そう言って俺は、魔法陣を描いた紙をルリイに手渡す。

そういえば、こうやって戦闘前に魔法陣を教えるのも久しぶりかもしれない。

最近のルリイは、かなりの魔法陣を自分で組めるようになってきているし。

「……この魔法陣、未完成に見えるんですけど……ここ、線がつながってませんし」

ルリイは魔法陣を一目見て、そう呟いた。

正解だ。

「その部分は、戦闘が始まってから決める」

「……戦闘中に、魔法陣を考えるってこと?」

アルマの質問に、俺が答える。

「ああ。戦闘が始まらないと、ボスの魔法構成は分からないからな。空白の部分には、本体の魔法構成を真似て作った魔法陣を入れる」

魔物に刻まれている魔法陣は、全部同じように見えて、細部が異なっている。

その中で、ボスである寄生型魔物の魔法陣を真似ることができなければ、この魔法陣に意味はない。

「魔法構成を真似……そうすると、どうなるんですか?」

「魔物が、魔道具をボスと勘違いして混乱する。効き目は魔道具の出力によるが、上手くいけばボス以外の魔物を一時的に無力化できる」

「そ、そんなことができるんですね……。」

寄生型魔物の影響を受けた魔物は、寄生型魔物をボスとして、寄生型魔物に従うようになる。

その拘束力は、普通の魔物のボスと比べても、遙かに強い。

そして、指示を出すためには、ボスの魔力が使われる。

そこを利用する。

ボスに似せた魔力を使って『何もするな』という指示を出すことで、取り巻きの魔物を無力化するのだ。

……そんなことを話している間に、結界がよく見えるようになってきた。

保護色ということなのか、結界は草と同じ緑色をしているが、周囲に似せてあるのは色だけなので、よく見れば一目瞭然だ。

流石に中の様子はうかがえないが、結界に使われている魔力量からして、この中にボスがいるのは間違いない。

そう考えながら、俺達は結界のほうへと近付いていく。

「ところで、俺はどうすればいい?」

少し進んだところで、試験官がそう俺に聞いた。

そういえば、試験官に指示を出し忘れていたな。

彼は彼で、重要な役目があるのだ。

「邪魔にならない場所で、偉い人に俺達の昇格を認めさせる方法を考えていてくれ。あとは、今から戦う魔物がAランク上位に相当するか、ちゃんと観察していてくれ」

「……いいのか?」

俺がその、極めて重要な役目を試験官に伝えると、試験官は拍子抜けしたような、ほっとしたような顔をしてそう聞いた。

どうやら試験官は、本気で戦うつもりだったらしい。

依頼を受ける前から帰りたそうにしていたのに、街が危ないとなるとここまで変わるものなのか。

だが、これは本当に重要な役目なのだ。

「いいも悪いもない。これが一番頼みたい役目だ」

「だが、戦力は少しでも……いや。足手まといか。分かった。俺は俺で、試験官としての役割を果たすことにしよう。……どのくらい離れれば、邪魔をせずに済む?」

「最初は500メートル。そのあとは戦況を見ながら、自分の判断で動いてくれ」

「分かった」

そう言って試験官が、真剣な顔で頷く。

これで試験官は、俺達がAランクになれるよう、手を尽くしてくれることだろう。

前例を考えると、それでもすぐに昇格できる確率は低そうだが、昇格を早めるくらいはできると期待したいところだ。

「ここで、結界から大体500メートルだ。地下から襲ってくるような魔物は周囲にいないから、安心してAランク上位の証拠集めに励んでくれ」

「分かった」

それからしばらく進み、結界との距離が500メートルを切った頃、俺はそんな言葉を交わして試験官と別れる。

試験官は俺達から別れるなり、望遠鏡のようなものを使ってこちらを見はじめた。

俺達のスピード昇格は彼の働きにかかっているので、是非頑張ってほしい。

そんなことを考えながら歩いていると、ルリイが心配そうな声をあげた。

「えっと……まだ何も準備してませんけど、大丈夫なんですか?」

「問題ないと思うが、大丈夫ってどういうことだ?」

「こんなに近付いたら、魔物が結界を解いて襲ってくるんじゃ……」

そう言ってルリイは、結界魔法の方を見る。

結界魔法と俺達の間の距離は、もう200メートルもない。

「ああ、そのことか」

そういえば、説明してなかったな。

こういう魔物と戦うことなど滅多にないので、あまり優先度の高い知識ではないのだが、教えておいた方がいいか。

「このタイプの魔物っていうのは、基本的にあまり自分から結界を解かないんだ。いったん結界を解いてしまうと、せっかく集めた魔力が外に逃げてしまうからな。……大人数で押しかけたり、結界を対象に大規模な魔法を準備したりすれば話は別なんだが、この人数ならまず襲ってはこない。そこまで警戒されないからな」

「えっと、ワタシの魔力を見て、襲ってきたりは……」

「ドラゴンの姿ならそうなるだろうが、今の姿なら問題ないはずだ。イリスがあと3人くらいいたら、話は別なんだけどな」

「よ、よかったです!」

確かに、魔力が多くなると魔物には警戒されやすくなる。

だが人間の姿のイリスは、ドラゴンの姿に比べればだいぶ魔力が抑えられているので、恐らくセーフだろう。

そんなことを話しながら、俺達は魔物の結界へと近付く。

距離が50メートルまで詰まっても、結界に動きはない。

「うわ、大きい! ……でも、動きが全くないね……」

結界の大きさは、半径にしておよそ80メートルほど。

確かに、人間が作る普通の結界に比べるとかなり大きい。

結界が静かに見えるのは、結界の強度が高く、中で魔物が動いたくらいでは揺れもしないということだ。

「ここまで静かだと、逆に不気味ですね……」

「本当に、この中に魔物がいるんですか?」

「ああ。結界の外側だけで2000匹はいるな。中心付近にいる魔物も含めれば、5000は行くんじゃないか?」

戦闘の準備をしながらの質問に、俺はそう答える。

いくら結界が魔力を通しにくいとはいっても、完全に通さないわけではない。

そのため、今でも結界の表面近くであれば、様子を探ることができる。

……けっこう、厄介そうだ。

中の魔物は、数が多いだけではなく強さを兼ね備えている。

本体らしき魔力反応はまだ見えないが、恐らく探知の届かない中心部にいるのだろう。

これだけの取り巻きを揃えられるということは、本体はそれ以上の強さはもっているはずだ。

これは、それなりに期待できるな。

Aランク上位の魔物というのがどの程度なのかは分からないが、基準を超えていてくれることを祈ろう。

「矢と魔道具の準備、できました!」

「いつでもいけるよ!」

「はい! 戦えます!」

そんなことを考えているうちに、準備が終わったようだ。

俺はルリイ達3人の周囲に置かれている魔道具や矢などを見て、必要なものがちゃんと用意されていることを確認すると、結界に向き直った。

「……行くか」