Shut-in Magician

177 Lotion and the Truth About the Case

ところで、オスカリウス邸では、あることが囁かれていた。

「……あんなに骨と皮だけでひどくやせ細っていたのに、まだそれほど肉も付いてないラーシュさんがどうしてあれほど肌艶が良いの?」

「この間、スープを零されたから拭いて差し上げたの。そうしたら、腕がぷるんとして、水滴も弾いていたわ」

「唇もつやつやしてらっしゃるわよね。頬の血色も良くなられたと思ったら、こう、もっちりとしていて……」

「触りたくなるほどよね」

「ええ。あれは、触りたくなるわ」

廊下の角から、恐々覗いて聞いてしまったシウは、固まったまま動けなくなった。

「ね? メイド達が変でしょう?」

と、サラが言う。

学校が休みで、ギルドの仕事も受けなかった光の日、朝からやってくるとサラに捕まったのだ。

「メイド達がおかしなことを言っているから、聞いてみて」

と。

「やっぱり、問い詰めましょうよ」

「だめよ。ラーシュさんは酷い目に遭われたのよ。女性ばかりとはいえ、押しかけたら気を悪くされるわ」

「でも、どうしても気になるもの」

「何か秘密があるのよね」

「もしかして、彼の一族に秘密があったりして」

「あなた、前もそんなこと言ってたわよね。秘密が好きねえ」

「だって!」

「それより、逆にご病気かもしれないわよ。まだあんなに細いのに、艶々してるなんて」

「熱があるのかしら」

「でもだったら、治療をしているシウ様が気付かれるはずよ。当家の治癒師だって、毎日診察してくださっているのに」

「そうですわねえ」

とまあ、かしましい。

女性というのは三人集まればというが、本当のようだ。

ぶるっと思わず震えたら、サラが苦笑した。

「彼女達がラーシュを襲わないうちに、答えてあげて? わたしも、答えが気になるから」

うふ、と可愛らしい声を出す。大きな娘もいるサラがやると、ちょっと怖い。

なので、そそそと、袖の下を渡す。

「あら、これ! 前にもらったものかしら! まあ、可愛い!」

「し、静かに。とりあえずこれで、僕を守ってくださいね?」

「了解よ~! ささ、行きましょう」

可愛らしいデザインの小瓶に入れた、女性向けポーションを渡すと、シウはサラと一緒にメイド達がサボっている現場に突入したのだった。

エミナにも作ってあげている化粧水の他に、ラーシュ用に作った保湿クリームなどを魔法袋から取り出す。

「これは、精油を作る時に出る、蒸留液です。これが化粧水の基材となって、ここに保湿効果のあるハーブや食品から作った油脂を混ぜています」

オリーブの実や大豆から作った油脂は、濃度や混ぜるものを変えると化粧水の素材にもなる。

最初はうろ覚えだったが、アガタ村では昔から女性達がオリーブに似た実を絞って顔や髪に付けていたので、それを思い出して作ってみた。

ロワル王都ではアロエ水などを化粧水にしているようだった。貴族だと水に精油を混ぜて使う人もいるそうだ。

「あと、せっかくの化粧水が蒸発しないように、それと肌の保湿を兼ね備えたクリームを塗ります。これも油脂からできています。匂い付けに精油を少し垂らしています。女性だけでなくて、男性も安らかな気持ちになるので、ラーシュに良いかなと思って」

「……女子力高すぎるわね、シウ様」

「それはともかく、これ、売っていただけないかしら?」

「えーと」

「もちろん、材料が高いことぐらい理解してますわ。精油だなんて高価なものを使っているんですもの! でも欲しいの!」

「わたしも! ラーシュさんみたいなツヤツヤ肌に憧れてるんです!」

「こらこら、落ち着きなさい。シウ君が引いてるでしょう? 少年に迫ってる姿は、みっともなくてよ」

「うっ」

誰か女性とは思えない返事をしていたが、シウは聞かなかったことにした。

「……さ、落ち着いたわね。ということで、シウ君。その化粧水やらクリームは、どうしたら手に入るかしら。一番良いのは、この場凌ぎじゃなくて、ちゃんと供給されることね。高くても女性は買うわよ~」

悪魔のような怖い顔をして、サラが笑う。

シウは、はあ、と気のない返事をしつつ、

「じゃあ特許を出して、すぐに生産へ入ってもらえるよう商人ギルドと交渉してきます」

と答えた。

ついでに怖いのもあって、袖の下よろしく在庫を渡す。エミナ用としてストックしてあったのだ。

「それまでの間に、見本で何本か置いていきますね。あ、お世話になっているのでお代は結構です」

財布を出そうとするメイド達に、慌てて手を振った。

「でも、使ってみて合わないこともあるので、気を付けてください。あと、アルコールを一滴入れると保存には良いですが、肌荒れする人には向かないです。保存するなら温度の低い場所に置いて、二週間で使い切ってください」

「「「「はーい」」」」

かしましいメイド達の控室から抜け出すと、サラがにやにやと笑っていた。

「シウ君も、女性ばかりを相手にしたらたじたじね。ふふふ」

「誰だって女性に囲まれたら、こうなると思いますけど」

「ところがねえ、女好きってのはそうはならないのよ。さて、というわけで、報告がてらキリク様のところへ行くから、一緒に行きましょう」

「え」

「あなたにも関係あることよ。魔獣が発生した間接的な理由」

「あ……」

「調査を任されていたの。ようやく終わって帰ってきたところよ。疲れたわ!」

と言いつつも元気なのは、シウが先ほど渡した袖の下のせいだろう。彼女こそ、肌艶よろしくぷるんぷるんしている。

その足で元気よく、キリクの執務室へ向かった。

ラーシュの部屋へ辿り着くにはまだまだかかりそうだった。

キリクの執務室ではイェルドが待っており、すぐにシリルとレベッカも集まってきた。

「スヴァルフは王城で足止めを食らっている。ここへ来るにはもう少しかかるそうだ。先に報告してもらおうか」

サラとシウはソファへ座ったが、先の三名は立ったままだ。いいのかなと思っていたが、サラが話し始めたのでそちらに集中した。

「ようやく、魔道具を発見したわ。魔獣の死骸を燃やした残りかすに埋もれてたの。取り出すのに苦労したわよ。で、使用者の遺骸は発見できず、ね。魔獣に喰われたのだと思うわ。それと、魔道具を使った場所と魔獣の吹き出した場所が違ったわね。それでも、魔獣を呼ぶことはできた」

「つまり、魔獣呼子、だったんだな?」

キリクが鋭い目で問うた。サラも廊下での時とは打って変わって真剣な顔付きだ。

「報告書で、シウが書いていたわね。レトリア伯爵家で雇っていた護衛の数人が『何かを発見した』と言って現場に戻ったと。その場所を詳しく書いてくれたおかげで、発見も早かったのよ。魔道具は呪術が付与されているので宮廷魔術師に持って行ってもらったわ。詳しく精査するようだけれど、正直壊してほしいわね」

サラは影身魔法が使えるので、場所を特定して、影魔法により追跡したのだろう。

魔道具が見付かったのは僥倖だ。

「これではっきりしたわね。彼等は意図して魔道具を発動させた。しかも、事前にあの森の変化に気付いていた。学校に依頼されて調査した者達の半数が行方不明だから、これはもう決まりね」

「残りは、憲兵が捉えて捜査してるが、まあ、下っ端だろうからな」

「お金を掴まされて、安全だと嘘の報告をしたのでしょうね」

サラはふうと肩を竦めてみせた。冒険者が金に溺れるのはよくあることだから、と慣れた様子だ。

「わたしが独自に調べたところによると、護衛の一人が貴族に恨みを持っていたことが分かっているわ。ただ、レトリア伯爵家とは関係ないわね。潜り込めたのがそこだったというだけで、そのへんは同情しちゃうわ」

「身辺調査をしないレトリアが悪い」

「まあ! そんなこと言うけれど、調査しきれないこともあるのよ?」

と言って、チラッとシウを見た。

「……ええと、まあ、仇を成すようなことはしません?」

「なあに、それ」

うふふと、サラは笑った。

「とにかく、禁忌とされる古代の魔道具を使ったことは、大変な問題よ。王宮でも揉めるでしょうね」

「だが、どうして貴族に恨みがあるからって、こんな大それたことを。自分達が死ぬだけじゃない、王都の全員に被害が出るというのに」

シリルが険しい顔で呟いた。

それに対して、キリクは飄々とした様子で応える。

「死なばもろともってやつじゃねえか。そいつらにはもう、止めてくれるような優しいやつが、いなかった。あるいは、出会えなかったんだろう」

「キリク様……」

「魔法学校の生徒には貴族の子弟が多い。貴族に恨みがあるってのは、根深いもんだ。貴族の子ならば誰もが敵だって思ったのかもな。もしかしたら、王都にまで被害が出るとは思ってなかったかもしれない。あそこまで状況が悪くなっていることにたかが護衛が気付いたかどうか」

どちらにしても、だ。

「だとしても、やっていいって道理はない。人として踏み越えてはならない領域に、奴等は踏み込んだわけだ」

キリクが、シウの言いたかったことを口にしていた。