Souen no historia

Episode 177 Moving Sausage

「オイオイオイ、もっとスピード出した方が良いんじゃねえのか!」

手を伸ばせば雲に手が届く、は言い過ぎかもしれないが、それほど高空の場所を空気を斬り裂くような速度で飛行している物体の上に数人の人物が立っている。

「十分速いじゃないのよぉ刃悟、少し静かにして、気が散って髪が三つ編みに編めないわよ」

「それは俺のせいじゃなくて、風のせいだろうが! つうかキモイから男が三つ編みなんかしようとすんな善慈!」

「あら、髪を纏めるのは乙女の嗜みよ?」

「だからテメエは乙女じゃねえだろうが!」

「何を言うのよ。つい最近あなたが私を乙女にしてくれたじゃない……ポッ」

「頬を赤らめんな気色悪いィィィッ! つうか乙女になんかしてねえええっ!」

頬に両手を当ててゴツくて筋肉質な身体をクネクネ動かしているのは善慈・青峰。顔を青ざめさせて明らかにドン引きしているのは刃悟・東堂。

そんな二人を見て一人の少女が溜め息を吐き出し忠告する。

「……はぁ、いい加減にしろ二人とも。ここからは戦場だぞ。もう少し気を引き締めたらどうだ?」

彼女の名は―――――風音・火ノ原。彼女の頭の上にピョコッと顔を出した小さき存在が同じようにやれやれといった感じで肩を竦める。

「それは仕方ありませんぞカザネ殿。お二人はやはり深い深い繋がりで結ばれたカップルなのですから」

「あら、良いこと言うじゃないプッコロちゃん」

「こら待てふっざけんなっ! 何で俺がこんな化け物とカップルなんだよ! あくまでも仕事のパートナーってだけだっ!」

「うふん、そんなに照れなくてもいいじゃない」

「抱きついてくんな変態ィィッ!」

バシィッと刃悟が善慈の頬を殴る。

「ああっ! これも愛なのね! ううん、でも頑張る! だって私はドMだものっ!」

「それ以上近づくとこっから落とすぞコノヤロウッ! おかしいんじゃねえのかっ!?」

「フッフッフ……大丈夫よ刃悟。私は正気よ。いいえ、むしろ身体が火照ってきたわ」

「鼻血なんか出してんじゃねえっ!」

「あ、逃げないでよ刃悟ぉぉ~っ!」

「来んなボケェェェェッ!」

広くない足場で暴れ回る二人を、風音は呆れたように肩を落とし、飛行物体の先端に顔を向ける。そこには燕尾服を着用した一人の少年が前を見据えている。少年に近づき風音が口を開く。

「……もうすぐだな」

「……ええ」

「楽しみか?」

「それはもちろん。早くお嬢様にお会いしたいですね」

「あ~あ、やっぱヨヨかぁ~。ここにこ~んなに可愛い美少女がいるんだぞ?」

「えっと……確かに風音さんは可愛いですが」

「かっ……はぁ、まあ決着はいつかつけるからな」

「は、はぁ……」

「とにかく急ぐぞ。鬼どもに好き勝手などさせない」

「……はい。そのために身に付けた力ですから」

前方に見える【オウゴン大陸】から黒煙が立ち昇っている。並々ならぬ事態が起こっていることは間違いない。

「ヨヨお嬢様……」

ヨヨの名を呼ぶのはソージ・アルカーサ。ヨヨから絶大な信頼を受けている執事である。するとソージはゆっくりと膝を折り、優しげに足元を撫でる。

「少し辛いかもしれませんが、もう少し急げますか……シャイニー?」

「キュイィィッ!」

ワインブラッドのような美しい紅を見に纏った怪鳥がソージの声に応えると、巨大な翼をはためかし、ググンッとスピードを上げた。

目的地は――――――《皇宮》。

顎を蹴りで打ち抜かれて天へと跳ね上がっていく巨大生物――――――セプス。ネオスはその光景を見て感嘆の息を漏らす。

「あのセプスでさえも寄せ付けない力か。デタラメな存在だ」

それはネオスにとっての惜しみない称賛なのだろう。千手童子がたった一人で、相対しているのは、どう考えても人間が戦い合えるとは思えないほどの巨大な蛇。しかも猛毒を持つ。少しでも触れればそこでアウト。

そんな相手に対し、楽しそうに笑みを浮かべながら戦えるのは千手童子だけかもしれない。

「こらこらイケメンくん、そっちばっか注目してないで、お姉さんとバトりましょうよ」

「……《猛る姫》。お前も是非コレクションに加えたいところだが、まずはその命を散らさねばならないか」

「へぇ、やれるもんならやってみなさい坊や」

希姫の眼が細められたと同時に、その場から消えたように動きネオスの背後をとる。そのまま捕まえようとするが右手が何もない空間を掴む。気づけばネオスが同じように希姫の背後を取っていたのだ。

だが彼女はサッと身を屈めるとそのまま水面蹴りを放つ。見事足払いに成功し、そのまま追撃しようと試みるが、瞬時にネオスが空間に消えていく。現れたのは希姫の前方五メートルほどの場所。

「……なるほどね。君……空間を操作できる魔法の持ち主ってわけ?」

「お前は純粋に身体能力を向上させる魔法のようだな。シンプルだが、確実に厄介な力だ」

「ふふ~褒めても何も出ないよ。拳ぐらいしかね!」

再び距離を潰し希姫がネオスの懐へ入る。そのまま拳を彼に向かって放つが、その前方に黒い空間が現れ拳が吸い込まれる。すると右から同じような黒い空間が出現し、そこから驚いたことに拳が飛んできた。

バキィィィッと右頬をその拳が打ち抜く。体勢を崩されそうになったが、ガッシリと踏ん張り、今度は右足で蹴りを放つ。しかしまたも黒い空間に吸い込まれていき、今度は希姫の腹の前に黒い空間が現れ、そこから蹴りが放たれる。

しかし今度はピタリと足が止まる。希姫はそのままそこから後ろへ一歩下がり、口から流れた血を指で拭き取る。

「う~ん、もしかして空間を繋げることもできんの? 厄介じゃないそれ?」

希姫の拳や蹴りは、ネオスが作り出した空間に吸い込まれていき、別空間に接続されて出現するように魔法を発動させられたのだ。

「困ったなぁ。いくら殴っても空間を歪められたら元も子もないよねぇ」

ただの防御ではなく、すべてがカウンター攻撃を含んだ防御方法。迂闊に攻撃を加えれば、その攻撃がそっくりそのまま自分に返ってくるのだ。

ヨヨは希姫とネオスとのやり取りを見て、何かを思いついたのか両腕を広げて目を閉じた。

「ヨヨ? 何をするつもりじゃ?」

「少しお静かにお願いします。私の力ならあるいは……」

ノウェムに説明している時間はない。これは集中力を根こそぎ持っていくような気がしているヨヨ。だからこそ全てを遮断してでも集中する必要がある。

ヨヨの身体から膨大な魔力が流れ出て周囲を覆い尽くしていく。

「え? これってヨヨ!?」

希姫だけでなくネオスも目を見張り怪訝な表情でヨヨを観察し始める。それだけヨヨが生み出している魔力量が個人では考えられないほどのものだからだ。

少しだけ瞼を開けたヨヨが静かに口を開く。

「……お母さん」

「へ? あ、何か言った?」

「ネオスに攻撃を……」

「えっと、でもまた曲げられちゃうよ?」

「その心配はありませんから」

「……何か分かんないけど、娘を信じるのは母親の役目っ! はあっ!」

再度ネオスに向かって右拳を放つ。

「ふん、何度やろうが―――――――――ぶはぁっ!?」

希姫の拳が見事にネオスの顔面を捉えて、ネオスはそのまま後方へと吹き飛んでしまう。攻撃を当てた本人である希姫も「あれ?」という感じで首を傾げている。

ネオスは吹き飛びながらも身体を回転させて床に着地をする。その双眸は希姫だけでなくヨヨへと向けられていた。

「くっ……何をした女ぁ?」

ヨヨは微かに笑みを浮かべるとこう言った。

「ここの空間は私が調律しているのよ」