ジュムカとヤリツとの会談を終わらせたアストラは一度王都と西の侯爵の領地へ行き、とある工作を行っていた。

六十日にも及ぶ工作を終わらせアストラは要塞ノエルに帰って来たのだった。

アストラが数人の商人と歓談していると一人の男が大慌てで駆け寄ってきた。

「先生ー先生ー」

大声でアストラを呼ぶ男はアストラの下にたどり着くと肩で息をしていた。

「キルー様、どうしました?」

アストラが語りかけるように聞くとキルーは回りの商人を見回した。

「申し訳ない。草原へ贈る夏麦の商談は一旦この辺で終わりにしたいと思います。よろしいですか?」

キルーが人払いをお願いしているとわかったアストラは商人にそう言った。

商人達もすでに話は終わって雑談兼情報の交換の場だったので、何も言わずに礼をして立ち去った。

「ではキルー様こちらへ」

アストラは商談や会合の為の小屋へ招待した。

小屋の入り口では、風の魔法が使える者がいて、入室すると防音の魔法をかけて外に声が聞こえない様にしている。

「コバン派のやつらが動き出しました。多分このノエルを奪還する為に出兵するつもりです」

キルーの言葉に、アストラは表情一つ変えなかった。普段から商人と交渉し、情報の交換をしていたアストラに取ってそれは予想通りの言葉だったからだ。

「そうですか、では防衛の為に動かないといけませんね」

「いえ、それだけではないのです。キマイラ王が、キマイラ王が援軍として参加するという情報が来ています」

アストラはその言葉に少しだけ表情を歪めた。

「それは、初耳ですね。信憑性はどれくらいでしょうか?」

「ほぼ、間違いないと思います」

「そうですか」

アストラは顎に手を当てて思考を巡らせた。

「コバン派の軍勢と遠征してくるイサキ王国軍でもノエルは守りきる自信があります。ですが、キマイラ王がいるということでの味方の兵の士気の低下、敵の士気の増加が予測できません」

「先生ぇ、そんな弱気な……」

アストラの弱気な発言にキルーは弱弱しくうな垂れた。

「いや、でも、大丈夫か。そろそろ、帝国にした細工が生きる頃だろう。よし。キルー様」

「先生なにか名案が!」

「蔵を開きましょう。商人に金を借りましょう」

アストラの言葉にキルーはさらに表情を強張らせた。

「あ、あの、アストラ先生? すでに蔵の金を担保に商人に大量の金を借りてますよね?」

「ええ」

キルーの言葉にアストラはにっこりと微笑み返す。

「さらに借りるのですか?」

「はい、そもそも、なんで私達が金を借りたかわかってますよね?」

「はい」

アストラはノエルが王国領になった後、要塞ノエルのさらなる発展の為に一大事業を起す。

要塞ノエルに隣する湖から流れる大河への川の拡張工事である。

もちろん、要塞ノエルだけの金では足りないし、川は東の侯爵の領地にも流れていた。

アストラは東の侯爵との話し合い。同時に商人とも話し合って金を工面してもらった。

水、土、金属の魔法使いを大量に集め金を惜しみなく使ったことによってわずか二年で川の拡張工事は終わり今では大型船が三隻並んでもぶつからない広さがあった。

これによる交易で要塞ノエルはさらなる発展を遂げた。

「まぁ、まずは、借金をしている商人にこのまま要塞ノエルが陥落すれば借金が帰ってこないと言って借りるのです。それと、この運河に噛めなかった商人達に話を持っていくのです。その事をこの運河の利権を持つ商人に流し、その商人達からも利権を守らせる為に金を出させるのです」

「そ、そうですか、ですが、その金をどうするのですか?」

アストラは三本指を立てて左手で人差し指を握る。

「まずは一つ、コバン派もキマイラ王も大河を渡ってやってきます。東の侯爵の大河艦隊を動かしてもらい。それによって足止めと補給の妨害を行います。その工作に」

アストラは人差し指を折り曲げ、左手で中指を握る。

「二つ目、大河の交易商人から食料武器矢を購入し、この運河でノエルに運んでもらう」

「え? ですが今まででも充分に湖の周りの補給庫から運び込んで足りていたじゃないですか?」

「いや、これは保険です。大量の物資が味方の安心に繋がるのを見越して行います」

「そうですか」

「そして最後に」

アストラは一度拳を作り人差し指を上げて北を指差した。

「彼等に来てもらいましょう。大量の貢物を渡して、彼等が要塞ノエルに来やすいように北に金をばら撒いて施設を大量に作るんです」

アストラは貢物の増加と期間の五年延長と共に要塞ノエルへの援軍要請を書いた。要塞ノエルが陥落すれば貢物が無くなるという事と、コバン派キマイラ王の陣にあった物は好きにしていいという言葉と共に。