目の前で、雄の下級竜と雌の下級竜が互いに見合って大きな口を開けて威嚇しあっている。
雄の下級竜が雌に対し翼を広げ体を大きく見せ求愛行動をしている。
逞しい腕が私の肩に回されて引き寄せられている。鍛えられた胸板にドキドキする。
隣にも男女と雄雌の下級竜がいる。
今は下級竜同士のお見合いだ。
目の前にいるのは、私が騎乗している雌の下級竜と、私の肩を抱いている男性の騎乗している雄の下級竜だ。
私の下級竜がそっぽを向いてその場を離れると、雄の下級竜が近づいて来る。
だが、私の下級竜は雄の下級竜を蹴飛ばしてしまう。
お見合いの失敗だ。
私は掟に従い肩にあった手を退かせ、そのまま右手で彼の頬を叩く。
バシンと張り詰めた音が響き彼の頬に掌の跡が付く。
「(いやぁ、振られちゃったか)」
「(そうね、またよ、今年もよ)」
私に頬を叩かれた彼はそのまま笑顔でその場を去っていった。
「(いや、離して)」
「(駄目だ。こっちに来てもらおう)」
隣を見てみれば雄の下級竜が雌の下級竜を組み敷いて交尾を始めている。
それぞれの騎乗者の男女が争っている。
男が女を強引に自分の家へ連れて行こうとしていて、それを女は必死に抵抗し、暴れている。
あのまま家に連れて行かれれば、そのまま無理矢理犯され、夫婦にされてしまう。
それが嫌で暴れているように見えるが、はっきり言って茶番だ。
本当に嫌なら相手の頬を張ればいい。
頬を張られれば男は素直に引き下がらないといけない。
女が助けてと叫んでいても回りは反応をしない。それがわかっているからだ。
私たち下級竜乗りは竜から選ばれる。男は雄の下級竜に選ばれ、女は雌の下級竜に選ばれる。
十歳くらいの頃に竜のほうから私達を選んでくる。
下級竜乗りは戦士だ。普通の人たちよりも一つ上の立場だ。
例え王家の方でも竜に選ばれなければ、王家を追い出され平民として過ごしていく。
逆に奴隷でも竜に選ばれれば下級竜乗りとして成り上がる事も出来る。
雄の竜は力強く豪快だが、雌の竜は繊細だ。
一度選んだ相手でもその者が男に抱かれれば、絶対に背中に乗せてくれない。
そして、番になる雄を見つけると、話は変わる。自分の番となる雄の騎乗者に抱かれないと今度は背中に乗せないのだ。もちろん、その後、別の男に抱かれれば背中に乗せないどころか、騎乗者を殺しに来たりもする。
つまり、ああやって家に引きずりこまれるのを頬を張って断るのは、下級竜の騎乗者としての立場を失う行為だ。
ここでは、戦いで騎乗竜を失うのは仕方のない事と処理されるが、女が騎乗を断られるのは最大の恥だ。
それこそ、一家が引越しと葬式以外、住んでいる地域の皆でやる事をやってもらえなくなるほどの事。
なぜ嫌がっているのかは、女の嗜みというか、お約束と言うものらしい。
なんでも、グラン王が生まれ、王になる前に住んでいた地域の風習らしい。
私は自分の騎乗する下級竜の所へ向かう。
彼女の頬を撫で、鱗の艶一つ一つを確認する。
「(もう、ジェダ、貴方は贅沢ね。あの竜のどこが嫌だったの?)」
私の言葉にジェダはきゅぅと泣き声を放つ。
「(おいおい、イザベラ、また振ったらしいな)」
私がジェダを撫でていると後ろから男の声がする。
振り返って見てみれば、幼馴染の男がいる。
彼も三年前、私のジェダと自分の騎乗竜をお見合いをして見事に振られ私に頬を張られている。
「(違うわ、振ったのはこのジェダよ)」
「(そっか、だが、俺のガンもヒロミツの孫で体もでかいが、ジェダはまた成長して大きくなったんじゃないか?)」
「(そうかしら? 毎日一緒にいるからわかりづらいけど、どうなんでしょう?)」
グラン王の偉大さの一つに同時に三羽の下級竜に選ばれたというものがある。
一羽も選ばれないのが殆ど、二羽選ばれるのは十年に一人といった感じだ。
ケンシン、マサ、ヒロミツの三頭は体が他の下級竜よりも大きく。グラン王の統一に大きく貢献した。
このジェダもケンシンとマサの血を受け継いでいる最血統種だ。
普通は雄の方が、雌よりも大きいが、ジェダは並の雄よりも大きい。
それが、相手をえり好みしている原因でもあるのだけどね。
「(このまま、お前、結婚出来なくて終わるかもな。もったいないもったいない)」
幼馴染の男が私の胸元を見てニヤニヤと笑っている。
そんなにジロジロと見ないで欲しい。
こんな脂肪の塊、無くなってくれたほうが、ジェダも早く飛べるはずよね。このお尻の肉もそう。
私は両手で胸元を隠す。
まったくこいつは。
下級竜の脱皮した皮で作った。胸当てと腰当て、軽く、丈夫で長持ちなそれは、グラン王が統一した時に名をブラとブルマで統一された。
このブラとブルマと槍が女下級竜騎士の戦闘装束だ。隊長となればマントも付く。
こいつの視線はいつも私のブラの上部分の胸の谷間だ。男はこんな脂肪が好きなんだろう。
幼馴染が去った後、私はジェダの鱗を丁寧に磨いていく。
「(ねぇジェダ、もう私十八よ。いいかげん素敵な旦那様と結婚したいな。出来れば筋骨隆々の人がいいなぁ)」
私の嘆きにジェダはきゅぅと可愛い泣き声で返すだけだった。