Story of The Ancient Demon King!

Episode 4: Lazy Investigation Team

「う〜ん、どうするか……………うん、すまない、それを一つもらえるか?」

「へぃ! 騎士様のお口に合えばいいのですがねぇ!」

愛想の良い屋台の店主から、ホットドッグを一つ購入するハクト。

活気のある屋台街とでも言えばいいのか、国から許可が出た者だけが出店できる為、非常に治安の良い場所だ。

個性を競い合うように色とりどりの屋根をして、これ見よがしに主張してくる。

肉を焼く音と香り、ちょっとした甘味の誘惑、小腹を満たすファストフード。

俺は結構こう言う所が嫌いじゃない。

むしろお祭りみたいで好きだ。

出店したいくらいだ。

……申請、断られたけどね。

お粥(かゆ)の何が悪いってんだよ、全く……。

「銅貨一枚になりやす!」

男女共に魅了するハクトの美少年っぷりにやけに機嫌のいい店主。

まぁ、分からなくもない。可愛いもの。

「銀貨しかないのだが……」

「あぁ、全然構いやせんよ?」

「では、……これで頼む」

ハクトが銀貨を一枚差し出す。

「へいっ、丁度ですね。ではどうぞ!」

店主が銀貨と交換でホットドッグを渡す。

「あぁ、ありがとう」

帰って来る。

お礼を言ったハクトが、ホクホク顔で俺の元に帰って来る。

「待たせたな、行こ――」

「ハクト様は学園で何を学ばれているのですか? と言うか、ウチの教師は仕事をしているのですか?」

ハクトの発言をぶった切るようにツッコむ。

先に説明した通り、この辺りの屋台は信頼できる。

「え、え……? 一般教養とか、剣とかだが……。もしかして、またオレは何かしたのか?」

「どうして銅貨一枚のものに銀貨一枚を渡して……そんなやり遂げたような顔をして帰って来られるのですか」

屋台のおじさんが騙した訳ではない。

ちょっとしたジョークのつもりなのだ。

だって騎士がこんなんに騙される訳ないもん。

その証拠に、店のおじさんだってお釣りを渡そうとした体勢のまま固まっちゃってるもん。

「算術以前の問題ですよ、ハクト君」

「自分だけであんまりしない買い食いだからって、浮かれて……関係ないか。ハクトはいつもこんなんだね」

「……」

王都では目立ち過ぎる為にフードを深く被っているエリカ姫も、オズワルドもマリーさんも、皆一様に呆れてしまっている。

修行の前にちょっとしたお勉強が必要かも知れない。

♢♢♢

「うわ、美味いぞコレ。今度は肉を挟んであるやつを買ってみよう」

「……いいなぁ〜、屋台の食べ物食べられて」

「王女様も大変ですよね。屋台のものを食べられないなんて……」

「オレなんてパパ……父さんが屋台好きだから結構食べ慣れてるぞ?」

「……いやいやそんな事よりもハクト君。お父上の事をパパって呼んでるんですか?」

エリカ、オズワルド、顔真っ赤なハクトの3名が、公園のベンチに座って仲良く話をしている。

それを少し離れた場所から見守る2人。

「ねぇ、なんで俺のお粥が断られたと思う? 何を基準にしてるの? 機密じゃなかったら教えて欲しいんだけど」

「い、いえ、機密であろうと喋ります」

セレスティアが下僕となった以上、自分もとっくに魔王に忠誠を捧げた身。

何故か機密ならば話さなくていいと言う魔王に疑問を抱きつつ、思考を巡らせて口を開く。

「そうですね……管轄が完全に違いますので詳細は分かりかねますが、おそらく米よりもパンが売れる現状が関係しているかと思われます。ライト王国では圧倒的に小麦の消費量の方が多いですから。言い辛いのですが……、私も米よりもパンを購入しますし」

「やっぱりかぁ……。主食の問題か。ガッデムだなぁ、ホント」

エリカ達には初対面と思われているが、実はそこそこ知り合った仲である2人。

「……しかしだよ。あれ見てよ」

「あれは……確かに何故出店を許されたのか理解できませんね」

グラスの指差す方には、ミミズの煎餅のような物を売るお店が。

「食文化に口を出すつもりは無いんだけど……あれをお母さんがオヤツに買って来たら、大抵は馬鹿野郎って言うよ? 軽い口論になるよ」

「お、仰る通りかと」

会話も捗(はかど)り、側からは仲睦(なかむつ)まじく見える……事もある。

「……ねぇ、なんか腹が立つんだけど」

「いきなり情緒不安定発言をされましても……」

「違う!」

歩み寄ったエリカが、フード越しにグラスを睨み付けて言う。

「いいのかな、そんな心構えで! 任務が控えている者の態度とは思えないよ! そんなに浮かれててこの後大丈夫なの!?」

腕組みして叱り付けるエリカに、グラスもゆっくりと腕を組んで胸を張り、堂々と返した。

「叱責(しっせき)、痛み入ります。しかし大丈夫かと仰られましても、明言は出来かねます。私はこの後どこに行くのか、何をするのか、全く聞かされていないのですから」

「あ、あれ……? 言ってなかったっけ?」

「私が今、知り得ている情報をお教えしましょうか? 『危険』、以上です」

やっべぇ……と、冷や汗を一つ流して苛立ちを忘れるエリカ。

「……えっと、今から呪いについてのお話を聞きに行くんだよ。城で起こった事件を調査する為に」

「分かったような、分からないような、微妙なところですね。そもそも……城の事件に呪いが関わっていると私に伝えて良いのですか? 口外してはいけない情報のように思うのですが」

「ヤッベ……」

グラスのふと浮かんだ疑問に、後から怒られる可能性を察したエリカが顔を青くする。

「グラスさんならば心配は無用です。セレス様とパーティーに行かれた方ですから。お続けください」

「っ! そ、そうだよね!」

マリーのフォローに、安心して額の汗を拭う。

「ふぅ……。まぁそう言う訳で、これから学園の先生の家に向かいます。今日明日はお休みらしくて、学園に来ないらしいから」

「とても危険があるとは思えませんが……。教師のお宅に向かうのに、危ぶない事があるのですか?」

「そうじゃなくて……そのお家が、歓楽街の近くなんだよ……」

「あぁ、そう言う事ですか」

カジノや娼館の多い東地区。

やはり賭博や異性に溺れる者は後を絶たない。

不可侵を謳い、広く豊かに栄えるライト王国王都と言えどもそうした者達の集う場は他にもいくつか存在する。

その最たる場所が、これからハクト達が向かう目的地の近くにある。

大通りは比較的安全だが、一歩路地裏に踏み入れば犯罪組織や荒くれ者も姿も多く、治安の悪い一帯なのだ。

「本当に陛下や王子殿下が許可されたのですか? あそこには裏組織絡みの者達もいますし、騎士のハクト様はともかくエリカ様は向かわれない方が良いでしょう」

「絶対に裏には立ち入らない事、マリーの指示には従う事、お腹が空いたら直ぐに帰る事。これを守れば良いって言われたよ」

「独特な三箇条ですね」

そして、ちょっとした小休止も程々に、ハクトが事情を知らないグラスとオズワルドへと説明しつつ目的地を目指す。

ライト王国を流れる最も大きな河沿いに、整備された道を歩いていく。

ハクト達の目的は、“ジュアン”と言う男性教諭から呪術の知識を得る事だ。

貴族は気高くあろうとするプライドがあるので、暗殺術呪術の類は卑怯であるとして忌避する。

なので当然ながら受講率は低い。

実戦を経験しているハクトやエリカはそこまでの感情は無いが、例の事件が起こるまで授業を受ける程の関心も無かった。

つまり、このメンバーの誰にとっても初対面となる。

「その人が犯人という可能性はないのですか?」

「あぁ違うぞ。体格もそこまで大きくないらしいし、アルト様の予想した容疑者からも外れている」

「またそんな簡単に犯人の情報を口にして……」

「……………あっ!?」

グラスのボソリと呟いた苦言に、若き勇者はまた一つ誤ちに気付く。

「私も彼の資料に目を通しましたが、特に問題のある人物とは思えませんでした。学園では嫌な視線に晒される事もあるようですが、教師として人格にも優れているようです」

見かねたマリーがグラスに説明する。

「……あの橋は渡るのですよね」

河の向こう側はカジノや宿屋の多い、歓楽街の入り口だ。

目の鼻の先にある石橋の見張り台には王国兵の姿があり、通行する指名手配犯などがいないか監視している。

まだ午後の日の高い時間だからか、河向こうの歓楽街もそこまでの賑わいは感じられないが、それでも河沿いの主な派手なカジノには多くの人々が出入りしている。

スカーレット商会のカジノ、『絢爛(けんらん)ノ城』。和風な城を思わせる外観に、人を選ばないシンプルなゲームで人気を博している。

そして裏組織『隠者(ハーミット)』が運営する『アーチ・チー』。洋館風の大きな建物には、貴族や富豪などを中心に上品な客が入り込んで行く。

「……あれ。あそこ。あそこはいけませんよ? 絶対ズルをしていますから。きっと金持ちを餌にしているんです」

グラスが河の向こうの洋館を指差して苛立ちと私怨を隠しもせずに言う。

「ていうかグラスさん、賭け事をやるのか? 意外だな……。もっと堅実に生きてると思ってた」

「……っ」

ハクト達の背後で、顔の血の気が引いていくマリーが堪らず息を呑む。

「もぅ、そんなのいいから早く行くよ。橋は渡らなくて、こっち側のもうすぐそこのはずだから。……ねぇ、グラス。何か軽食は用意できない?」

屋台街を歩いて腹が空いて来たのか、エリカがグラスに無茶な要求を始める。

「い、いや、お約束はどうされたのですか? 我等捜査隊は目的地を目の前にして、無念の撤退となりますけど、よろしいのですか?」

「……あ、あの三箇条は、目的地に着いてからだから! まだ締結前だから!」

………

……

「……おっ、親父の酒の使いかぁ?」

見張り台の下で休んでいた兵が、歓楽街から橋を渡って来たディーラー服の少女にからかうように声をかける。

「うっせぇ! 誰があんな奴に酒なんかやるかよ! 仕事の前に教会行ってガキ共の世話するだけだ!」

「おいおい、客にはそんな口を利くなよ? ヤバい奴は場所を選ばねぇぞ? 次、会った時に怪我してるなんてのは止めてくれよ」

見た目に反した乱暴な口調の少女に、少しも気を悪くする事なく返す。

「お、おぅ、ありがとよ……」

「いいとこで働いてんだろ? いざって時の為に金は貯めとけ」

「もう貯めてる。店に預けてあるから心配いらねぇよ」

歓楽街で育ち、毎日この橋を通って買い物などをするこの少女は兵達には顔見知りで、誰にとっても可愛くて仕方ない妹のような存在であった。

「くくっ。あの親父に見つかんなよぉ?」

「わかってるっつの。てめぇは嫁にプレゼントでも買ってやれよ。この間たまたま会った時に嫁さんが愚痴ってたぞ」

「嘘だろ、マジかよ……」

♢♢♢

「……ここか?」

「ここ……だねぇ。……ここしか無いねぇ」

エリカが、何度も地図を見直して確認する。

野原のように雑草の生い茂る庭に、ポツンと建つ一軒家。

学園の教師は人気のない授業と言えども高給で、このような家に住むとはとても思えない。

「変わり者の予感がしますねぇ……。とりあえず、住所が合っているかはともかく、ノックをしてみては?」

相変わらずフードを被るオズワルドが、ハクトとエリカに提案する。

エリカの両端に控えたグラスとマリーは、自主性を重視しているのか黙ったままだ。

「そうだね。グラス、お願い」

「かしこまりました」

エリカの指示を受けたグラスが、ポツリとある一軒家の扉を強めにノックする。

すると、少し待つだけで扉が開けられた。

「――な、何か……? ……エリカ王女殿下!?」

中から扉を開けて出て来た細身の男性が、エリカを見るなり跳ねるように外に出て、ピンと姿勢を正して直ぐに扉を閉めた。

「……」

「このような犬小屋に足を運ばれるとはっ。 ……何か、私めに御用でしょうか……?」

「あなたが……ジュアン?」

「如何にもそうですけど……」

そのあまりに貧弱そうな出で立ちと、ウネウネと海藻のように伸びた髪もあって、ハクト達の中で期待感が薄れていく。

「……なんか、パンチしたら倒せそうですね」

「パンチして倒されるんですか!?」

思わず溢れたオズワルドの感想に、ジュアンが驚愕する。

「お、おいっ、失礼だろっ。……先生、すみません。実は聞きたい事があって来たんだ。呪術について教えて欲しい」

「……」

呪術というハクトの言葉に、ジュアンの表情に怪訝な色が浮かぶ。

王女が呪術の話を聞きに来たという事は、それだけ不自然に思えたのかも知れない。

なのでハクトやエリカが、アルト王子から許可された最小限の情報だけを伝えて協力を求めた。

「……なるほど。そのような大変な事情がおありだったのですか……。勿論、国民として教師として、私の知識の全てを持って協力します。お任せください」

「やった!」

ハクトが歓喜する。

初めて自分で主導している調査が前進していく事に手応えを覚えているのだろう。

エリカやオズワルド、マリーやジュアンまでもが笑顔となる。

「……では、近くにいい喫茶店がありますのでそちらでお話を聞きましょう。王女殿下をお迎えしても――」

「ペットを飼っておられるのですか?」

その和やかな場に水を差すグラスの問い。

「な、何、急に……」

「グラスさん?」

エリカ達も、マリーでさえあまりに意図の分からない質問に疑問を抱く。

「特に、飼ってないですけど……。家の中で音でもしました?」

「そうですね、音がしますね」

「あぁ、なら近所の猫かネズミだと思います。この家は古いですから、どこかに空いた穴から時々餌を求めて入って来るんですよ」

なんだ、と溜め息を吐いて脱力する一同。

だが、マリーはグラスの態度に胸の内に生まれた違和感が拭えず、思考を巡らす。

「疑問に思っていたのです。授業を受ける生徒が多くないと言えども、学園の教師です。私でさえ、ここよりはいい所に住めています。正式な教師ならば、私より給料が高いはずです。……全く、如何ともしがたい」

最後に眼鏡を指で押し上げながら不満を漏らし、ジュアンに一方的に話す。

「え〜と、何を仰りたいのでしょう……」

「地下に空間がありますよね」

ジュアンの弱者の仮面にヒビが入る。

「ありきたりといいますか、覚えておくといいでしょう。後ろ暗いところのある者はすぐに地下にアジトを作るのです。そこから複数の動物の鳴き声が反響しています。……動物達の餌代は決して安くはないでしょう」

「動物……?」

マリーも微かに疑問に思っていた。

この男が出て来る際、チラリと見えた室内は綺麗なものであった。

だが、王女を屋内で座らせるでもなく直ぐに扉を閉めて立ち話。

「……」

そして、マリーがその考えに至る。

「ッ、あなたまさかッ!!」

突然のマリーの変化に、未だ意味の分からないエリカ達が目を剥いて驚く。

ハクト達の脳裏には、王城での事件を起こした犯人を捕まえる事しかなく、このジュアンという教師は学園に認められた教師なのだ。

つまり信頼できる。

だからこそ、動物達をつかい……禁じられている呪術の実験(・・・・・)をしているなど、頭の中にその発想が無い。

更に誤算は続く。

ジュアンは齢46。

暗殺者がここまで生き延びる事はまず無い。

任務による数多の危機や忍び寄る復讐の魔の手、死の可能性は現役引退関係なく常に付き纏う。

「ッ――」

生き残っているとすれば、その者は紛れも無い達人。

ジュアンの表情から能面のように感情が失われる。

「ちぃ、ズェイッッ!!」

静かに飛び出したジュアンとほぼ同時にマリーがエリカの前に躍り出て、ショートソードを縦に振り下ろす。

日々セレスティアを守る為に鍛えられた剛腕は、ショートソードと言えども骨も肉も容赦なく断つ。

当たれば、だが。

「――」

「クッ!?」

予め決めていた標的の方へと、剣からその身を軽々と躱す。

作ってあった覗き窓から訪問者達を覗いた瞬間、全員の持ち武器や大雑把な力量、筋肉の付き方から立ち位置までを把握してあった。

マリーの利き手は右手。

護衛という職もあって取り回し易いショートソードを使い、利き手側に避ければ片手でも致命傷を受ける斬撃が払われる。

僅かに動作の遅れの生まれるマリーの左手側に避けて、対象を狙う。

目付きが氷柱のように無機質になったジュアンに魔力が走る。

更に加速するその歩法も、グラスの教える魔力操作法にも似た魔術を駆使した、静かで鋭い踏み込みである。

(速いッ……!)

本来スピードで負ける筈の無い人とショートソードの勝負だが、ここぞとばかりの魔術に明らかに間に合わない。

おまけに、マリーの肘に打撃を一当てして掴む動作も封じてある。

護衛に特化したマリーの壁も容易く抜く。

この一連の流れが暗殺術の初歩にして奥義。

相手を油断させ、一瞬だけの殺意で息の根を断つ技。

凌がれれば致命的なれど、熟練の技術のあるジュアンは一度の機会で十分。

逃れる術は無い。

長袖の下に隠してあった暗器を、短剣のように飛び出させて突き付ける。

「フッ!! ――ッ!?」

しかし。

「見事です。才能も、努力も。だからこそ――」

そんな彼でも、届かない領域がある。

死線から生き延びた経験も、数多の標的を葬って培って来た技術も。

実力者と認められ、技を振るうと定められたならば、なす術は呆気なく失われる。

「―――――今は、眠りなさい」

彼にとって不幸であったのは、狙った標的が……エリカの隣に無防備に立つ使用人であった事だ。