Story of The Ancient Demon King!

Episode 19: Heroes vs. Monsters

悪夢であった。

漆黒の鎧の破片が飛び散る。

朝日を呑み込む漆黒の鎧が壊れた人形のように怪物に遊ばれ、地面に叩き付けられ続ける。

石橋は崩れ落ちていく。

「……」

「……そんな……」

人々の希望と同じく。

石の大橋が、怪物を中心に削られて崩れていく。

現実を受け入れられない者は目を背ける。

悪夢を受け入れる者は膝から崩れ落ちる。

「ブルぁぁぁアアぁぁーッ!!」

「ッ、……ッ……」

欠けた頭部の鎧の隙間から黒髪が揺れている。懸命に身動きをする黒騎士は一向に打開出来ない。

あの雄々しさが……。

逞しさが……。

壮大さが……。

目にした者に勇気を与えていたあの男が……。

人間への憎悪により高みへ登った怪物により、英雄が失墜する。

惣闇の鎧が欠けていくと共に、皆の心は儚く沈んでいく……。

――あぁ……仕方ない……。

どこからともなく、そんな声が聴こえた気がした。

兵等が自分達の終わりを覚悟し、命ある帰還を諦めた。

その時であった。

黒騎士の身体が黒いオーラに包まれる。

纏わり付く、力強い漆黒の魔力。

「――」

「グルぁぁ!?」

これまでのように地面に打ち付けた瞬間、地面へ付けた黒騎士の手より黒き魔力が爆発し、勢いよく高く弾ける。

空中で生まれた一瞬の隙。

掴んであった瓦礫を指で弾き、両脚を掴む怪物の腕の付け根を狙い撃つ。

「ギャあぉア!!」

爬虫類のように固い皮膚を貫き、筋肉の間を破り、関節を潰して通り抜け、激痛に堪らず怪物は手を離す。

離してしまう。

解放された黒騎士は、曲芸じみた動きで怪物の両肩に指を食い込ませながら掴み……。

「フンッッ!!」

滞空状態のまま腕の力のみを頼りに頭突き(・・・)を喰らわせる。

「……」

「……ぇ」

兵達が目を剥く。

アルトも、ソウリュウも、ルルノアも……。

全ての存在が刮目して驚愕する。

首無しとなった怪物……。

鎧が砕けながらも構わずに力任せに頭突きをぶつけ、衝撃緩和の鎧を突き抜けて頭をぺしゃんこに押し潰してしまった。

黒騎士の欠損だらけの頭部の鎧、怪物の無傷にして高級な頭部の魔法武具。

人種であろう黒騎士、強化に強化を重ねた怪物オーク。

埋められる事のない戦力差の筈であったにも関わらず。

「……思ったより強いな……」

久しぶりに地面へ着地した黒騎士が、不自然なほど冷静に呟いた。

まるで何事も無かったかのように。

思ったよりも強いなどと呟くも、虫けらを潰すが如き行いをして。

そして、魔力で全身を包み鎧を完全に復元し……。

「……」

片手を翳し、魔力を集め始める。

一帯に怖気の波が広がる。

突如として一箇所に収束していく途方もない魔力。

暴れ狂う魔力を無理矢理に球状に押し込めて、暗黒を押し込めたような黒球を生み出す。

濃く、濃く、濃く……。

濃密な魔力が、更に黒騎士の掌に集まっていく……。

「早い……」

しかし黒騎士はそれを突然中止し、頭部の生えた怪物による目にも止まらない薙ぎ払う大斧をしゃがんで避けた。

「ッ、黒騎士ッ!!」

大河を走る暴虐の斬撃に我に帰ったアルトが、黒騎士へと大剣を投げ付ける。

「いい腕だ。――ッ!」

「ガァァあああぉあああ!!」

耳にしただけで重圧がかかっていると紛う程に重い剣戟音。

巨木の如き巨腕より振られる大斧を、英雄は真正面から迎え打つ。

小山のような怪物を相手に、小さき人間が真っ向から迎え打つ。

重厚な大剣が、羽ペンのように軽やかに振るわれる。

二度、三度と続け様に剣を打ち合う。

「……っ」

「……」

恐怖に凍り付いていた鼓動が高鳴る。

絶望に消沈していた魂が、昂ぶる。

冷え切っていた身体が燃えていく。

英雄の戦いに、心が打ち震える。

「……凄い……」

言葉を滅多に話さないソウリュウから、ぽつりと溢れた。

周囲はそれどころではなく、呟いた本人すらも気付いていない。

それよりも、目の前の……英雄と怪物の決戦から目が離せない。

「グルぁ!! ブオぉああああ!!」

「フッ、ッ!!」

あの強大な怪物に正々堂々と立ち向かう者がいる。

その男は兵や民を背に、一歩も引かず大剣を振るう。

『英雄』、そう……物語に出て来る英雄そのものであった。

暴嵐の大斧を、鮮やかな剣筋で打ち払う。

その剣戟の音が響く度に竜巻が生まれ、英雄と怪物を取り囲む。

誰の干渉も許さない2人だけの決闘の舞台が整えられた。

やがて大剣が黒騎士の手足のように馴染み始める。

より洗練されていく剣の軌跡。

大きく躍動するも細部まで巧みな技。

それが、無茶苦茶に振るわれる大斧に劣る道理など無い。

「ボァああああ!!」

焦れた怪物の大振りを擦り抜け、

「――」

左膝、右肘、そして右膝裏を断つ。

瞬きの内に終わる三つの斬撃。

刀や剣で綺麗に斬り捨てると言うよりは、削り取る大迫力の斬撃。

「ギィああェアぁああああ!?」

怪物が前のめりに崩れ落ちる。

「もう少しの辛抱だ。これで最後だからな」

大剣を地面に突き刺し、誰ともなく呟きながら再び暗黒とも言うべき魔力を集める。

黒き星の如き球体。

掌の中で轟々と渦巻き、身の毛のよだつ異様な威圧感を放つ。解き放たれれば、この周辺一帯など軽く吹き飛ぶのではという危機感を覚える程の魔力である。

「ガァああ――」

「怒りも憎しみもここに置いていけ」

手足を再生し、怒りに牙を剥くオークへと、黒騎士は黒球を翳した。

「さよならだ」

暗黒の塊が急激に膨張し、オークの巨体を包み込む。

際限なく膨れ上がり王都を消滅させようとする魔力の塊を強引かつ緻密な操作で押し留め続け、オークのみをその滅びの魔力の餌食とする。

「ギィッ!? ぐぃアぁぁぁ……」

渦巻く魔力の嵐に、瞬く間に身体が削られていく。

それは再生スピードよりも遥かに早く、暴れてもがくオークを滅びへと導く。

やがて、数秒もかからぬ内に黒星の中でオークの原型が完全に無くなり……。

黒騎士が手を握り込み、魔力の球体を押し込む。

徐々に小さく、小さくなり、手元で握り潰された魔力球。

行き場を無くした力が弾け、空気の振動が黒騎士を中心に一度駆け抜ける。

「……」

天へ向けて開かれた掌から、黒の魔力の残滓が昇る。

「……安らかに……」

悲哀の込められた黒騎士の静かな祈りと共に、天へと昇っていく……。

嵐の去った後の落ち着いた静かさの中で、あまりに一方的な怪物退治に唖然とする大勢に見守られ、淡い魔力が空へ消えていった。