Strange Grief Wants to Retire ~ The Weakest Hunter’s Hero Dream
1.9 million fully equipped
……陛下は一体、何を考えておられるのか。
フランツ・アーグマンは長く名誉ある第零騎士団の団長としてラドリック・アウルム・ゼブルディアに仕えてきたが、今回程その考えがわからない事は初めてだった。
元々、ラドリック陛下に自由人の気質があることは知っていた。これまではそれも生まれついての覇者たる者の資質だと考えていたし、一人の臣下であるフランツが従うのは当然の事ではあるのだが、護衛計画に乱れが生じる程の発言をされるのは困る。
《千変万化》を頼ってしまうのはわかる。あの男の無罪はゼブルディアの至宝により証明されているし、認定レベル8というのは馬鹿げた数字だ。
気配を隠しているのか見た目からはさっぱり感じ取れないが、その吸収したマナ・マテリアルは常に鍛錬を怠らないフランツと比べても桁外れだろう。
だが、それは別として、とてもその性格は信用できるものではなかった。
フランツは人を見る目には自信があるが、クライ・アンドリヒ程ふざけた人間は見たことがない。情報の隠蔽しかり、完全に力の抜けた佇まい然り、ちゃらついたその格好然り、とても皇帝陛下を護衛する者として許される態度ではない。
あれと比べたらまだ一般的に見て非常に怪しい格好をしたケチャチャッカや、生来の気質として人間を見下している精霊人の方がマシである。何しろ彼らはちゃんと護衛で役に立っているが、《千変万化》が皆の前でやったことと言えば、皇帝陛下や皇女殿下を蛙に変えた事だけなのだ。まったくもって度し難い。
これは、全てが終わったら探索者協会に厳重に抗議せねばならないだろう。
フランツは皇帝陛下の命令で《千変万化》に依頼を出す前に、その実績情報を取り寄せていた。その際に支部長からの総評で『少し困ったやつ』という言葉を受け取っていたが、少しどころではない。護衛との相性は最悪だ。
感情としては家の力を使ってでも潰したい所だが、蛙にされた陛下がお許しになられたので、実行するわけにもいかない。いや、陛下がお許しになられる事まで予想して行動していたのかもしれない。
憤懣は溜まる一方だった。何より腹立たしいのは、皇帝陛下をフランツに潰させた事だ。思い出しただけでも殺してやりたくなる。
他に戻す方法がなかったというのも真実かどうか怪しいものだ。ただの嫌がらせだったとしても不思議ではない。
次に何かしでかしたら絶対に許さん。今後少しでも陛下に害を与えようとしたら監獄にぶちこんでくれる。
そもそも、神算鬼謀ならトラブルが起こる前になんとかしろ!
だが、《千変万化》にばかり構っている暇はない。ハンターはあくまで最後の備えであり、陛下の身を守るのは騎士団の仕事だ。
これから目的地までは空の旅になる。飛行船が落ちたことはこれまで一度もないし陸路よりもずっと安全らしいが、もしも内部に狐の手先に入り込まれたら逃げ場がない。それだけは絶対に避けなければならない。
そういう意味で経緯はどうあれ、準備時間に三日使うというのは悪い話ではないのかもしれなかった。
逆にこれで賊が入り込んだらその時はフランツの首が飛ぶ。
ほとんど休みを取る暇もなく指示を出すフランツの部屋に、騎士団の部下の一人が駆け込んできた。
「団長、《千変万化》から飛行船に持ち込みたい物があると連絡がありました」
「何……? 物はなんだ?」
「ポーションです」
「護衛に必要な私物の持ち込みの許可は出している。些事でいちいち確認を取るなッ!」
「はい。そう伝えたのですが、どうやら量が量のようで――」
思わず感情的に怒鳴りつけるフランツに、部下の男は戸惑ったような表情で言った。
§
トレジャーハンターにとって、ハントとはその事前準備からを指す。
情報収集や物資の補給、諸々の調整など、それらが依頼の成否を決めるといっても過言ではない。一流のパーティならば独自のパイプを持っていることもある。
《嘆きの亡霊》でそれらを一括管理しているのは錬金お化けだった。
性格もあるのだろうが、錬金術師(アルケミスト)なだけあって彼女の準備はいつだって万端だ。
無数の箱の前で満足げに頷いていると、部下の人に呼ばれたフランツさんが駆け寄ってきた。
フランツさんはずらりと並べられた木箱に一瞬唖然としたが、すぐに僕を睨みつけた。
なんか最近、フランツさんの怒っている表情しか見ていない気がする。
「お、おい、《千変万化》どういうつもりだ! どこからもってきた! 基本的なポーションはこちらで準備しているッ!」
「……備えあれば憂い無しって言うでしょう」
「限度があるわッ! 貴様、トアイザントで商いでもやるつもりか!」
錬金お化けにはできるだけポーションを用意してほしいと頼んだのだが、用意された箱の数は僕の予想を遥かに上回る量だった。
全部で百箱以上あるだろうか。普通のトレジャーハンターならば間違いなく一年は持つ量である。ここはホームタウンでもないのだが、錬金お化けは一体どこで仕入れてきたのだろうか。お金がいくらかかったのかも知らない。請求されていない。
だが、わざわざ追加補充したのに怒ることもないだろう。別に請求書を出そうってわけでもないのだ。
……出していいかな?
「落ち着いてよ、フランツさん。そっちのポーションがなくなった時のためだ。それにほら、用意したのはポーションだけじゃない。食べ物も用意した」
正確に言えば錬金お化けが用意したのだが……。
フランツさんが鬼のような形相で言う。完全に嫌われていた。
「ッ……このッ! 食料も、十分、用意しているッ!」
「なくなった時のためだよ。砂漠は広いし、もしも飛行船が墜落したらそっちで用意した分の食べ物じゃ足りないだろ? 水も用意したよ」
砂漠と言ったら遭難である。僕は宝具のシャツを着ているからまだいいが、陛下の装備している結界指も日射までは防いでくれない。
「………………」
自信満々の説明に対して、言葉が返ってこなかった。顔を上げ、フランツさんの顔を確認して思わず息を呑む。
先程まで顔を真っ赤にしていたフランツさんの表情から感情が抜け落ちていた。能面のような無表情で僕をじっと見ている。
何か変な事を言っただろうか? 身を固くする僕に、フランツさんは地獄の底から響くような声で問いかけた。
「……何が、起こる、のだ?」
「え……?」
何の話をしているのだろうか。
目を丸くする僕にフランツさんが詰め寄ってくる。一緒についてきたフランツさんの部下の人達も止めてくれない。
「何が起こる、と、聞いているのだッ! 《千変万化》ッ! 貴様、ふざけているのか? 起こる事がわかっているのならば、事前に防げッ! 報告しろッ!」
「!?」
襟元を掴まれがくがく激しく揺さぶられ、目が回る。掴まれる系の攻撃は結界指が通じない数少ない攻撃だ。
「わか、わからない! わからないよ!」
「嘘をッ! つくなッ! 殺すぞッ!」
情けなく反論するが、フランツさんはまったく信じていなかった。やばい表情だ。
僕は神じゃないし、先の事などわかるわけがない。僕がやっている事はハンターとして至極当然の事である。
「おち、おちついて――ただの備え、備えだよッ!」
「どこにッ! ただの備えでッ! 店を開ける程のッ! 物資を持ち込むッ! 者がッ! いるッ! 許可が出るわけ、なかろうッ! 私をッ! 馬鹿にしているのかッ!」
「ここにッ! いるよッ!」
しばらく揺さぶられていたが、ようやく少し落ち着いたのか、乱暴に解放される。
まったく、貴族というのは横暴で困る。確かに少しばかり量はあるが……別に、全部積み込んで欲しいと言っているわけではない。可能な限り乗せて欲しいと言っているだけだ。珍しく護衛の仕事の内だと言えるのではないだろうか。
肩で息をしながら、フランツさんが言う。
「飛行船は……落ちん。これまで、落ちたこともない」
「う、うんうん、そうだね。フランツさんの言葉はもっともだ。僕も九割方、墜落なんてしないと思うよ。だからこれは本当にただの備えだ。ははは……僕は臆病だからさ」
笑い話にして許してもらおう。
フランツさんを持ち上げながら空笑いをする僕に、フランツさんが引きつった表情で言う。
「つまり、貴様は、こう言っているわけだ。これまでどんな天候でも、魔物に襲われても落ちなかったゼブルディアの誇る最新鋭の飛行船が……一割もの高確率で墜落する、と?」
「…………」
どうやら誤解があるようだな。どうして皆僕の言葉尻を捕らえようとするのか。
言っとくけど、僕が言っていることけっこう適当だよ。何も考えて言ってないから。たまにシトリーにカンペを作ってもらってるくらいなのだ。
フランツさんは皇帝陛下の護衛という事でナーバスになっているようだが、僕はこの護衛が失敗するとは思っていない。テルムもいるんだからどうとでもなるだろう。
気が立っているフランツさんに安心させるべく言う。
「……大丈夫、フランツさん。船が落ちても皇帝陛下は僕が拾ってあげるから」
「…………ッ、おい、飛行船が故障していないか、もう一度確認し直せッ! 乗り込む者の素性もだッ! 墜落する可能性を全て洗い出せッ! 二日でやれッ! 落とさせんッ! 絶対落とさせんぞ、《千変万化》ッ! お前の思い通りにはさせんッ! くそッ!」
フランツさんは震えていたが、すぐに近くにいた部下に怒鳴りつけるように命令をし、僕を睨みつけた。
いや、別に僕が落とすわけじゃないんだが……。
役に立つ《千変万化》を見せたはずなのにどうして怒鳴られているのだろうか。
……まぁいいか。怒られるのには慣れている。無事、護衛が終わればフランツさんとも仲直りできるだろう。
出すべき指示は出した。僕がやるべきは本当に最後の備え――絨毯の練習だ。散々殺されたが、仲良くなるいい方法を思いついた。
物で釣る作戦だ。うまくいくかどうかはわからないが、試してみる事にしよう。
さて、この街には暴れん坊絨毯が気にいるような……可愛い絨毯は売っているだろうか。