Sumi de ii Desu. Kamawanaide Kudasai
Begins with 2 year month 3
書道とは、書くことで文字の美を表そうとする造形芸術である。
この文字の美的表現法を規格あるしつけのもとに学習しながら、実用として生活を美化し、心を豊かにし、個性美を表現していくことだ。そして、その学習過程において、人格を練磨し、情操を醇化していく。よって、書道は基礎修得する事が~……。
と。
こんな事言われても、正直私はさっぱりです。
書道を教えて貰っていても、心が豊かになった覚えは無いし人格を練磨された記憶も無い。
ただ書く度に手汗が出ることは確か。
しかし、そんな私の思いは関係なく今日も書道の稽古が始まる。
「今日は自分の好きな一文字選んで書いてみろ」
「「「「はい」」」」
今私達は広い一室の和室でおやじさまに指導されながら筆を取り、文字の美を表現するため紙に向かい正座をしている。
おやじさまを前に左から秋水、私、凪風、蘭菊の順番。いつもこれが定位置だ。
前は左隣が蘭菊だったのだが、毎回おやじさまに気づかれずに茶々を入れて来るので早々にチクってやった。
密告した次の日から蘭菊は強制的に一番端となっており、おやじさまに移動を言われた時の蘭菊は、
『お前は一番右だ』
『えっでも俺いつも』
『右だ』
『……』
少しブー垂れながらも渋々と移動。
おやじさまが私の名前を出さなかったのには感謝だ。お陰で未だに何故自分が移動したのか、奴は分かっていないままである。
「僕は四の字かな」
「俺は三な」
「じゃあ俺は二」
「わたしは…どうしよう」
どうしようかなー。
「お前馬鹿じゃねーの!一だろうが」
「らんちゃんうるさい」
離れているのに喧(やかま)しい奴だよ本当。
「お前ら馬鹿やってねぇでいい加減決めて書け。」
そう言われて筆を持ち紙に向かう。
私が書く文字は既に決まっている。その字は最近私が見つけた宝物で、見る度に心がほっこりとするのだ。
いざ華麗に書かん!
ちなみに書道中は他人の文字を見てはいけない。感覚が左右されてしまうからだそう。
だからこの時間はひたすら書く、書く、書く!!のである。
だが私の集中力はお粗末なので、時々右横の凪風の字をチラリと見てしまう事が。
でも決まって、
「なぁに?野菊」
「う、うう、ん。違うよ、うん。ちがうちがう」
見る前にバレる。そしてバレる度に私の半紙へ上手い具合に筆先の墨を飛ばしてシミを作るのだ。私の方を見てないのに、大変恐ろしい方だ。
凄く地味でチマい嫌がらせなのだが、あまりの手際の良さに毎回関心してしまい、若干楽しみにしてる自分がいる。
しかし何故分かるんだろう。
やっぱり凪風はエスパーなんじゃ。
そんな私でも秋水の方は絶対に見ない。
しかし何故見ないのかは私の脳ミソに聞いてもよく分からない。
「よし、そこまで。今日の一番の出来だと思う物を出しな」
そうこうしている内に、終盤である各々書いた字の発表会の時間となった。
まずは蘭菊から。皆の前に立ち、好きな文字を書いた紙を掲げる。
そこに書いてあるのは『菊』と言う字。
上の草冠が大きく書いてあって、なんか帽子…と言うか端と端が下に下がってるから髪の毛みたい。真ん中の米が顔で。
でもなるほど、蘭菊は自分の名前か。私も自分の名前の『野』を書けば良かったかな。
フフフ。でも自分の名前を書くとは可愛い奴め。
「らんちゃんそれ、」
「別にな、お前の名前とかじゃねーから!!おやじさまと同じで菊が好きなんだ!」
いや誰も聞いてない。
次は秋水で、紙に書かれているのは『黒』。黒?黒が好きなの?なんか秋水が書くと恐ろしい物を感じる。だってもう、バックに何か背負っちゃってるもん。
好きな文字って言うより、自分に似合った字だと思うよ私。
でも半紙いっぱいに書かれているダイナミックな黒は、どこか綺麗で凛々しく感じた。
「おー黒か。秋水はなんで黒にしたんだ?」
「何にも染まらない強く美しいものだからです」
なんか発言がエリートなんだけど。
続いては凪風、『小』と言う文字。凄く小さな字で書いてある。小?小が好きって事はつまり…どういう事で?
小さい物が好きだからとかかな。
いや、そんな単純な物じゃ無いだろう。何かもっとこう、捻った感じの理由で深い意味が…小を捻って捻って捻って…
「小か。で、なんで小なんだ?」
「小さい物が好きだからです」
凄く分かりやすかった。
「じゃあ次は野菊だな。見してみろ」
私の番になったので、皆の前に出て紙を持ち見せる。見よ、これが私の一番好きな文字だ!!
「『憲』?野菊、なんで憲にしたんだ?」
「て言うかお前漢字分かるのか」
エリートボーイの嫌味はこの際気にしない。
私の好きな文字は憲。
だって、良く見て欲しい。
「兄ィさまたちの字です」
『憲』
宇治野兄ィさまの『宀』、清水兄ィさまの『青の上』、羅紋兄ィさまの『四』が上から仲良く重なるようにして並んでいる字。
一番下には心があり、この文字を見る度に優しくしてくれた兄ィさま達を思い出す。大好きな人達。
だから私の一番好きな漢字。文字。
最後に書く心は上の三人を包み込むように書いた。
我ながら結構いい出来映えだと思う。
まぁ若干羅紋兄ィさまの部分に点が被っちゃったけど、大事なのはハートだ、ハート。気持ちは100%籠ってます。
と言うことで今日はこの練習に書いた憲の文字達を枕の下に置いて寝ようぞ。
「そうか。…野菊、それもう一枚書け」
「?」
途中思考がかけ離れながらも、理由を話したら何故かもう一枚要求された。
取り敢えず書道の席に戻って、おやじさまの注文通り『憲』を書く。
あ、また羅紋兄ィさまにシミが。
…いや待て。もしかしたらこれは羅紋兄ィさまの目の右下にある泣き黒子を表してるんだ、とか言えばカッチョいいんじゃない?
別に失敗じゃ無いんだよ。
とかどーでも良い言い訳をぶつくさ考える。
「こりゃ兄ィさん達は、堪(たま)ったもんじゃ…これはある意味一つの手練手管かもしれねぇな。お前、結構素質あるだろうよ。古典と言い和歌と言いなんでも、小さいながらお前は良くやってる。まさか書道でこんなもん見せられるとは思っちゃいなかった」
「……ぇ」
何だか分からないが褒められているのだろうか。
「まだ7歳か…。自分で育てといてなんだが、そうあまり急いで大人になって欲しくは無いもんだな娘子には。男として雇うとは言え今頃親心が出てくるとはな、もうちっと彼奴(あいつ)等にお前の時間をくれてやるんだったよ」
「?」
そう言うと私の頬をペシペシと触ってくるおやじさま。
ちょ、ちょっとその墨の付いた手で止めて頂きたい!