Summoned Slaughterer
54.Macy's Day Parade [Prince of the Border]
早朝。第二騎士隊及び従軍している兵たちは、村の中央にある広場に集められていた。整列した彼らを見渡したスティフェルスは、重々しく口を開く。
「本日、重要な作戦を実行する。第二騎士隊が我が国随一の騎士隊である事を示すための作戦だ。絶対に失敗は許されん」
再び戦いが本格化するのかと、騎士も兵士も背筋を伸ばし、緊張の面持ちであった。しかし、これから説明される作戦の内容を知っている副隊長たちは、違う意味での緊張に硬直していた。
「作戦は単純だ。敵を国境で挑発し、国内へ誘導する。敵がホーラント国土から離れて我が国内へ入り込んだところで背後から襲い、人的補給ができない状態の敵を殲滅する!」
今ひとつ理解ができないのか、兵士たちはただ立っているだけだが、作戦を始めて聞いた騎士たちはお互いに顔を見合わせている。
「隊長、質問をよろしいでしょうか」
「なんだ」
「国内へ誘導するとの事ですが、この村まで敵をおびき寄せるのですか?」
この言葉に、兵たちにも動揺が見えるが、スティフェルスの言葉はもっと強烈だった。
「いや、この村を更に通り過ぎ、ミュンスターまで退く」
兵たちがざわめき始め、騎士たちからは困惑の言葉が出始めた。
「それでは、村の者たちやミュンスターの住民が危険ではありませんか?」
「村の者は避難させる。ミュンスターの街へ迫れば、領兵が防衛に乗り出し、ホーラントの連中を止めるだろう。我々が背後からそれを襲えば、挟撃することができる」
ここまでの説明を聞いて、騎士たちや兵たちも落ち着きを取り戻し、逆にスティフェルスの作戦を賞賛し始めた。
「素晴らし智謀と言わざるを得ません!」
しかし、にこやかにスティフェルスを誉めそやす兵士たちと違い、一部の騎士たちは苦笑を隠せない。
彼らは知っている。この作戦には続きがあり、背後からホーラント軍を撃破した後、そのままの勢いで領主館もしくは戦線へ出てきているビロン伯爵を急襲し、殺害するつもりなのだと。
「まずは村人を避難させろ。近隣の別の村へ一時避難させるだけでいい」
「了解しました」
指示を受けた騎士が、数名の兵を連れて村長へ説明をするために隊を離れた。
「では、他の物は戦いに向けて準備をするように、一時間後には出発する!」
スティフェルスの号令に、兵たちは声を揃えて応えた。
☺☻☺
第二騎士隊が作戦準備を行っている頃、第一騎士隊は馬でミュンスターへ向かっていた。早朝にまとまって村をでるまで、リベザルはほとんど話すことなく、捕縛されていたはずのベイレヴラはリベザルの侍従として付き添っていた。
隊員たちは訝しんだが、それよりも自分たちが今からどういう道を行くべきかの方が重要な関心事であり、中には隊を抜けて首都へ帰ることを考えるものも少なくなかった。
「リベザル隊長、我々はこれからどう動くのでしょうか」
一人の隊員が不安げに馬を寄せて聞いてくるが、リベザルは視線を向けることもなく、抑揚のない声で答える。
「ミュンスターへ戻り、街のそばで野営を行う。いずれ第二騎士隊が戻った際に再度合流を打診する」
それだけをスラスラと話し、後は黙ったままだった。
仕方がないので隊員たちは無言で従い、胸中に不安を抱えたまま馬を進める。
リベザルの馬の横を歩くベイレヴラは、誰にも見えない位置でほくそ笑む。
(第二騎士隊の連中は何か考えているようだが、ホーラントの兵はどうせ使い捨ての洗脳兵しかいない。第二騎士隊とやりあっていなくなっても問題無い。後はリベザルを使ってビロン伯爵を殺害すれば、別の軍を送り込んでミュンスターを奪える)
この策がうまく行けば、ホーラントの監視から情報が上がってベイレブラはホーラントで新たな地位を与えられる約束になっていた。
(戦争は頭でやるもんだ。騎士や兵隊は頭を使う奴に消耗させられるだけという事を、身をもって知るがいいや)
すでに作戦の成功を疑っていないベイレヴラは、ホーラントに入国したらしばらくはのんびりさせてもらおうと考えていた。
☺☻☺
「義兄さん、お呼びとのことですが」
ビロンの執務室へとサブナクが入ると、そこには見慣れない痩せた兵士が直立していた。疲れた様子を見せてはいるが、しっかりと足を揃えているあたりは熟練の雰囲気を思わせる。
「ああ、来たね」
サブナクをソファへ座らせ、ビロンはデスクから動かぬままに立っていた兵を紹介した。
「彼はハックという領軍の兵でね。情報収集が得意で、とても頼りにしているんだ」
ビロンの言葉に、ハックという兵はビシッと背筋を伸ばした。
「情報収集……何か動きがあったのですか?」
サブナクの質問に、ビロンはハックから説明させようと言った。
「では……」
ハックは居住まいを正してサブナクの方へ身体を向けた。
「第二騎士隊長スティフェルス殿は、国境付近へ展開しているホーラント軍を釣り上げ、国内へおびき寄せて戦う策を立て、行動に移しました。国境の村から一般市民は退去させ、村を通過してミュンスターまで敵を引き寄せ、我が領軍との連携を取って挟撃。オーソングランデ国内に孤立させた敵軍を殲滅するという内容です。すでに国境へ向けて進軍を開始し、今頃はホーラント軍と接触している頃かと思われます」
スラスラと説明された内容に、サブナクは首をかしげた。
「挟撃? 義兄さん、第二騎士隊と連携するのですか?」
「いやいや、そんな話は来てないし、受ける気もないよ」
ビロンは微笑みを浮かべて、人差し指を立てた。
「おそらく、勝手にこっちを巻き込んで自分の手柄として主張するつもりだろうね。物語としては、“卑劣な方法で奇襲し、国内へ侵入を許すも、ミュンスター手前でこれを討ち果たした”ってあたりかな」
「そんなこと……」
「作ることはできるだろうね。反対の主張をする者がいなければ」
ビロンはスティフェルスの狙いを正確に見抜いていた。後が無い状態のスティフェルスに取って、第一騎士隊が壊滅に近い状態にある今、一二三に対抗できる戦果を上げることができれば、王子派の筆頭として権勢を得ることができる。
その中で、ビロンを殺害できれば王女派の勢力を削ることにもなる。
「つまり、義兄さんの殺害を狙っている、と」
「君がいる事を知ったなら、君たち第三騎士隊も狙われるさ」
王女派の証言が無ければ、戦争の流れを証明するのは第二騎士隊だけとなる、とスティフェルスは考えているはずだとビロンは指摘する。
サブナクは目頭を押さえた。フォカロルもこっちも、頭が痛い事ばかりだ。
「それで、義兄さんはどうするのです?」
まさか、スティフェルスの策に乗ることは無いだろう、とサブナクは訪ねた。
「当然。先日話した策もこういう時のためだよ。さて、我がビロン伯爵家は第三騎士隊へ正式に依頼したい事があるのだが」
「お伺いいたしましょう」
真面目な顔になったサブナクに対し、ビロンはいたずらっぽく笑った。
「ミュンスター住民全員の護衛を頼むよ。街の外で」
「……は?」
☺☻☺
スティフェルスは。ミュンスターへ残しておいた伝令の兵からの報告が無いことに苛立っていた。
この時、すでにビロンの命によってミュンスターに残した第二騎士隊所属の兵は全て拘束されていたのだが、そのことをスティフェルスが知る術はない。
「仕方ない。街の門へと敵が殺到すれば、いずれにせよ領兵を動かさざるを得まい」
既に副隊長が率いる挑発部隊に国境を攻めさせており、手はず通りであれば間も無く敵を引き連れた部隊が村へと戻ってくる予定となっている。
敵が見えた時点で、スティフェルス率いる本体は慌てて撤退するように見せ、街道をミュンスターへ向かってタイミングを合わせて退いて見せる。
街の入口前で兵士たちは左右に別れ、大きく迂回して門にいるはずのビロン領兵と交戦するホーラント兵へ左右と後方から攻撃する。
ただ、騎士隊だけは門へ残り、領兵に混ざり込むようにして防衛に参加する。領兵を無理矢理に戦闘に巻き込むのだ。
そうこうしているうちに、大勢の足音が地響きを上げて迫ってきた。
「……来たか」
国境側を見ると、見慣れた鎧姿の騎士と兵士たちが、大量のホーラント兵に追われてこちらへ向かってくる。
「しかし、いつ見ても気味が悪い連中だ」
ホーラント兵は、突撃の時も声をあげたり顔を強ばらせたりしない。ただただ気の抜けた顔をして、無言で走ってくるだけだ。
まるで感情らしいものを見せない敵兵に、戦力以上に背筋の寒気を感じる。
今はそんな事に気を取られている場合ではないと、スティフェルスは首を振った。
「敵が来た! 予定通りに作戦を遂行する!」
号令に合わせ、最初はゆっくりと、第二騎士隊と兵士たちはミュンスター方面へと動き出す。
(これでビロンは終わりだ。リベザルがあの様(ざま)だからな。王城での勢力は我々に大きく傾く。アイペロス王子が即位すれば、さらに上の地位も狙えるだろう)
将来は宰相にも手が届くだろうと、スティフェルスは野望に燃える。
☺☻☺
「これはどういう事だ!」
激怒するアイペロス王子に、侍従も護衛の兵も、お互いに顔を見合わせるだけで誰も答えることができない。
ビロンが用意した館で自堕落に過ごしていたアイペロスが、戦線を冷やかしに行こうと館を出た時、すでに街の中には人が存在しなかった。
動揺したのは王子だけでなく、侍従たちも同様だった。
食事などは街の物に運び込ませており、酒と女にうつつを抜かしていた王子とその取り巻きたちは、街の様子など意にも介していなかった。
その結果が、この状況である。
「誰か説明しろ!」
怒鳴り散らす王子に、一人の影が近づき、さっと跪いた。
「アイペロス王子殿下、御前に」
「おお、リベザルか。良いところに来たな。スティフェルスもおらぬからな。まったく、肝心な時に役に立たん奴だ」
それで、これはどういう事かと問うアイペロスに、目を伏せたままリベザルが答える。
「スティフェルスは間も無くここへ来るでしょう。ホーラント兵に追い立てられ、こちらへ逃げてくる見込みです」
「なんだと! あの男、あれほどの大口を叩いて置きながら負けているのか!」
見苦しく地団駄を踏む王子に目もくれず、リベザルは続ける。
「この街をビロン伯は放棄しました。今は住民を連れて街道を王都方面へ逃げております」
「ビロン伯もか! しかも僕を置いて逃げただと!?」
顔を真っ赤にして怒り狂うアイペロスに、侍従たちはただオロオロとするばかりだ。
「ですので、私がお迎えに参りました次第で」
「そ、そうか! こうしてはおれん。すぐに街を出て王都へ戻るぞ!」
「それには及びません」
いつの間にか、第一騎士隊の隊員が周りを囲んでいる。誰もかも、生気を失ったような呆けた顔をして、剣を提げてゆらりと佇んでいた。
「……どういう事だ?」
「こういう事です。やれ」
リベザルの号令で、第一騎士隊の持つ剣が侍従や護衛たちに振り下ろされ、アイペロスの周りは一瞬にして血の海へと変わった。
「ななな……」
立っているのがやっとという状況で、足を震わせて後ずさるアイペロスを、リベザルは遠慮なく捕まえ、背後から羽交い絞めにする。
「や、やめろ! 無礼な! ぼ、僕にこんな事をして……」
「騒ぐのはここまでにしていただきやしょう」
アイペロスの正面に、隠れていたベイレブラが近づく。その手には、リベザルや他の騎士たちへ取り付けた魔法具が握られている。
「誰だ貴様は! それは何だ!? や、やめろ……」
「なぁに、痛みはありませんし、付けたあとは、痛みどころか何も感じませんよ」
「や、やめ……」
高価な服を捲り上げられ、脂肪の厚い胸に押し付けられた魔法具は、内蔵された管を次々と体内に侵入させていく。
最初はビクビクと痙攣していた王子だが、すぐにぐったりとして動かなくなった。
横たえられたアイペロスに、ベイレヴラが「立て」と命じると、フラフラと立ち上がった。
その瞳に、既に光は見えない。
「くっくっく……」
まさかここまでうまくいくとは、とベイレヴラは笑いが堪えられなかった。
王子を生け捕りにしたうえ、文字通りの傀儡と出来たのだ。この成果はどれほど評価されるだろうか。ひょっとすると、貴族の地位すらも期待できるのではないか。
生ける屍のような騎士隊を従え、ベイレヴラはさらなる成果を得るため、街を逃げ出したミュンスターの領主たちを追った。