Summoning at Random

Episode 45: Atlandam

「レージさん、少し待ってください。

教国を出立する前に冒険者ギルドに寄っていきましょう」

「ギルドに、ですか?」

邪神殿から外に出てきた玲治は早く法国に向かおうと気が急いていたが、そんな彼をオーレインは後ろから呼び止めた。

ギルドに寄っていこうという彼女の言葉に、玲治は首を傾げる。

情報に関しては既に教皇より貰っており、冒険者ギルドでこれ以上に得る余地はなさそうだったからだ。

「はい。この国を出る前にミリエスさんの冒険者カードを作るのと、パーティ登録をしておいた方が良いです。

どちらも他の国では難しいと思いますので」

「私の?」

「ええ、魔族である貴女が大っぴらに登録出来るのはここだけでしょう。

他の国ではまず無理です」

オーレインの言う通り、基本的には人族と魔族は種族的に敵対関係にあり、交流がない。仮にミリエスが他の国でその姿を露わにすれば、大騒ぎになるだろう。

しかし、この神聖アンリ教国は例外である。

中立地帯であるこの国だけは人族と魔族の間の確執は殆どないし、冒険者ギルドでのギルドカード作成も出来る。

実際、先代魔王であるエリゴールもこの国で冒険者登録をしていた。

「この国で冒険者カードを作ってしまえば、この先で身分照会をする時も使えます。

カードがあれば、姿を確認される機会も大分減らせるでしょう」

「でも、種族の項目が思いっきり書いてありますよ?

逆に目立ってしまいませんか?」

テナが自身の冒険者カードを取り出して眺めながら問い掛けてきた。

確かに彼女の言う通り、カードには名前、性別、年齢、職業などが列挙されているなかに、明確に種族の項目が存在する。

テナは勿論、玲治やオーレインのカードも「種族:人族」と記されているが、ミリエスがカードを作成したならば間違いなく「種族:魔族」と書かれるだろう。

これを見せたら、逆に魔族であることを喧伝しているに等しい。

「そうですね。なので、併せてパーティ登録もしてしまいましょう」

「パーティ登録、ですか?」

「字面から意味は分かりますけど、どういうメリットがあるのですか?」

冒険者の中には一人で行動している者も居るが、多くの者はパーティを組んでいる。

人によって得意分野が異なるので、複数人で役割分担をすることで効率よく依頼をこなすためだ。

人数は様々だが、四人から五人というパーティが一番多いだろう。

冒険者ギルドでパーティ登録をするというオーレインの発言から、この場に居る四名を一つのパーティとして登録しようとしていることは分かる。

しかし、それで何が変わるのか、あるいはどんなメリットがあるのかが分からず、玲治もテナもミリエスも首を傾げている。

「パーティ登録のメリットは、様々な手続きを個々人ではパーティとして纏めて行えることです。

例えば、国にも拠りますが出入国する時も代表者だけが手続きをするだけで済んだりする国もあります。

私達もパーティ登録してしまえば、レージさんやミリエスさんの身分照会を必要最小限に出来ると思います」

「成程、分かりました。

それじゃ、代表者はオーレインさんがお願いします」

「分かりました。

確かに、選択肢があまりないですからね」

ルクシリア法国で騒動を起こして指名手配されているかも知れない玲治、魔族であるミリエス、元邪神の巫女のテナはそれぞれ身分照会をされると拙い事情を抱えている。

この中で、堂々と身分を公開出来るのはオーレインだけだ。

それに、勇者である彼女であれば、色々融通を利かせられる部分もあるだろう。

「それじゃ、ギルドに行きましょう」

◆  ◆  ◆

「ふむ、これが冒険者カードか」

薄い金属のカードをミリエスが興味深そうに眺める。

表には、彼女の大まかな情報が記載されていた。

名 前:ミリエス

種 族:魔族

性 別:女

年 齢:15

職 業:魔導士

レベル:21

「で、裏面に書かれているのがパーティの情報か」

クルッとカードを裏返すと、そこにも文字が浮かび上がっている。

名 称:アトランダム

代表者:オーレイン

「代表者は良いとして、このパーティ名は何なのだ?」

「す、すみません。

パーティ登録をすることばかり考えていて、パーティ名を考えてませんでした。

聞かれてその場でパッと思い付いたものを使ってしまったんです」

不思議そうに首を傾げるミリエスに、オーレインは申し訳なさそうに答えた。

パーティ登録の際はパーティメンバーと代表者、それからパーティの名称が必要なのだが、彼女はそのことをすっかり失念していたのだ。

受付嬢に聞かれて焦ったオーレインは、咄嗟に思い付いた言葉を呟いてしまい、それがパーティ名として登録されてしまった。

「いや、別に名前に拘りは無いから構わないのだが……どうしてこんな単語を思い付いたのだ?」

「便宜上私が代表者ということにさせてもらいましたけど、このパーティの中心はやっぱりレージさんですから。

彼に合ってる言葉として思い付いたのがそれだったんです」

「え? 俺ですか?」

「アトランダム……レージさんのスキルですか」

彼の保有している矢鱈と偶然性に左右される厄介なスキル群を考えれば、ピッタリと当て嵌まっている名前だと言える。

しかし……。

「パーティ名としては、ちょっと頼りないような……」

「うぐっ!」

依頼の達成もランダムになりそうなパーティ名に思わずテナが呟くと、薄々同じことを感じていたのかオーレインが薄い胸を押さえて仰け反った。

「と、兎に角! 用事も済んだことですし、早く出発しましょう!」

「誤魔化したな」

「まぁ、先を急ぐのは確かだし」

「フフッ、それじゃあ出発しましょうか」

話を逸らすように強引に出発を告げたオーレインに、呆れたり生温かい視線を向けながらも玲治一向……改め、パーティ「アトランダム」の面々は馬車の方へと向かった。

◆  ◆  ◆

神聖アンリ教国の首都アンリニアを出立した馬車は、黒薔薇邸から来た道を戻るように街道を進んでいった。

黒薔薇邸はアンリニアとフォルテラ王国のリーメルの街の中間地点にあるため、途中までは同じ道を通ることになる。

途中で街道を逸れれば黒薔薇邸に、真っ直ぐ道なりに進めば国境があり、そのすぐ向こうにリーメルの街がある筈だ。

「フォルテラ王国との国境はかなり簡易な手続きなので心配は要らないでしょう。

その先はそうもいかない国がありますけど」

「簡易な手続きなんですか?

教国って他の国から警戒されてると思っていたんですけど、そんなに簡単に行き来出来るんですか」

オーレインの言葉に、玲治は違和感を覚えて首を傾げた。

神聖アンリ教国は邪神を信奉する国家として各国から警戒……いや、敵視されていると彼は聞いていた。そんな国からの入国が簡単に出来るというのが不思議に思えたのだ。

「元々、教国自体がフォルテラ王国の国土が独立する形で最近出来た国ですから。

簡易というか、整備が追い付いていないといった方が正しいですね」

「それに、少し前まで各国に教国のダンジョンを攻略するように指示が出ていたんです。

そのために、冒険者は殆ど手続き無しで通過出来るようになっていました。

今はその指示も解除されてるんですけど、一度自由に通って良いとしてたものを今更禁止するのは難しいみたいです」

かつて三神戦争の時、邪神が築いたダンジョンに人族と魔族を挑ませるという勝負が為された。

聖女神と呼ばれて信仰されていた光神は各国に啓示としてダンジョン攻略を命じたが、当然命じられた側がダンジョンに挑むためにはそこまで国を越えて移動する必要がある。

国教でもある聖光教の神からの命令だ。各国はそれを阻害するような真似は出来ず、むしろ推奨する立場であったため、主な挑戦者である冒険者の通行を半ばフリーパスとせざるを得なかったのだ。

既に三神戦争は終結しているため今もってフリーパスというわけではないが、未だにその影響は各国に残っていた。

「まぁ、通るのが簡単ならそれに越したことは無いですね」

「とはいえ、私は越境の際には荷台の方に居た方が良いだろうな」

「そうですね。レージさんもミリエスさんと同じように荷台に居て貰った方が良いと思います」

「分かりました」

フォルテラ王国との国境が遠目に見えて来たのを受け、玲治とミリエスは荷台の方へと身を移した。

これまで一行が移動してきたのは神聖アンリ教国や友好的な魔族領。しかし、これから足を踏み入れるのは潜在的とはいえ敵対国だ。

高まる緊張感の中、パーティ「アトランダム」の旅は新たな局面を迎えた。