Summoning at Random

Episode 71: Invisible Killer

「ようやく、二十階層か」

「長かったな……」

地下二十階層の入口で呟いた玲治の言葉に、隣に立つミリエスが深い溜息を吐いた。

しかし、それも無理はないだろう。

ダンジョン「邪神の聖域」の中層は元々知能を問うような仕掛けが多く待ち受ける難所だが、いつの間にか改装され更にその難易度を上げていたのだ。

それも、単に難しいというだけではなく、何処か挑戦者をおちょくるような仕掛けも多数見受けられた。

それは、玲治達に激しい精神的疲労を与えることに成功したという点において、黒幕の目論見通りだったことだろう。

「テレポータルがあったから良かったものの、無ければ攻略は難しかったでしょうね」

「お財布は痛手ですよぅ」

「毎回、銀貨五枚ですからね」

「入場料は、まぁ仕方ないと思うしかないでしょう。

安全には替えられません」

上層と異なり中層では、玲治達は途中で何度かテレポータルで地上に戻り、一泊してから再びダンジョンに挑むというスタイルを採っていた。

それは上層に比べて中層の方が攻略に要する労力が多く疲労が溜まるためのやむを得ぬ措置だったが、ダンジョンへの出入りが頻度を増せば徴集される入場料の額はどんどん増えてゆく。

財布の中を覗き込みながら渋い表情になるテナとフィーリナに、オーレインは苦笑しつつも首を横に振って応えた。

彼女の言う通り、入場料のことは分かった上で出入りをしていたのだから、承知済みのことだ。

「それで、二十階層にはボスが待ち受けているんでしたよね?」

「ええ、その筈です。

私達が挑んだ時には、巨大な漆黒のリビングアーマーが待ち受けてました。

レージさんも見ましたよね、アンリさんの黒薔薇邸で門番をしているアンリルアーマーです」

「え? あれ、ボスだったんですか?」

「あ、黒薔薇邸のアンリルアーマーはダンジョンのボスとは別のものです。

あちらが二号で、ボスをしているのは一号です」

「そうなのか」

二十階層に待ち受けるボスのことをオーレインに聞いていた玲治に、テナが横から補足説明を挟んだ。

邪神の加護が付加されたオリハルコン製のリビングアーマー、アンリルアーマー。

地下二十階層のボスとして運用されている一号と黒薔薇邸の門番として使われている二号が存在し、二号については玲治もその姿を見ている。ちなみに、一号は男性用鎧のモデル、二号は女性用鎧のモデルとなっている。

「………………」

「オーレインさん? どうかされました?」

「いえ、何でもありません」

玲治に説明をしているテナの姿をジッと凝視するオーレイン。

それに気付いたテナが首を傾げながら問い掛けるが、オーレインは何でもないと首を横に振った。

実のところ、かつてオーレインが対峙したアンリルアーマーを動かしていたのは、他ならぬテナである。

その後、別件で彼女がそれを動かす姿を見たオーレインは、ダンジョンに挑んだ時にも彼女が中に居たのではないかと疑いの目を向けているのだ。

しかし、流石にこの状況でテナが敵に回ることはないだろうと自分を納得させ、追及することをやめた。

「それで強さの方は?」

「防御力が非常に高く、生半可な攻撃ではダメージになりません。私の聖弓でも傷を付けることが出来ませんでした」

「それは……手強そうですね」

「ええ。ただ、分かっていると思いますが……」

アンリルアーマーの強さについて聞く玲治に、オーレインが言葉を濁す。

それを聞いた玲治も、分かっているとばかりに頷いた。

「分かってます。ボスが変わっている可能性もあるということですよね」

「ええ、そうです。

十階層のボスも黒龍ヴァドニールから変わっていましたし、二十階層のボスも変わっていない保証はありません」

「ヴニちゃん、何処に行ってしまったんでしょうね」

十階層のボスが黒龍ヴァドニールから炎の悪鬼グスタバへと変更されていたように、二十階層のボスも変更されている可能性がある。

アンリルアーマーの対策を考えたとしても、そもそもボスが変わっていたら無意味になってしまう。

勿論、可能性があるというレベルであるし、変更になっていたとしてもどう変わるかは予想も付かないため、今出来ることは変更されていない前提でアンリルアーマーの対策を考えることしか出来ない。

「変更されていた時は、その場で対策を考えるしかないですね」

「まぁ、それはやむを得んだろう」

二十階層の構造は入口フロアからすぐの場所に黒い大扉が設けられている。

おそらく、フロアの大半がボスの部屋になっているのだろう。

「あ、ちょっと待ってくれ。

念のためにランダム召喚憑依を使ってみる」

「そうですね、お願いします」

扉を開けようとしたオーレインを止め、玲治はランダム召喚憑依のスキルを使用することを提案した。

十階層の時には不要と考え使用しなかったが、万全を期すために誰かの力を召喚して使用することとしたのだ。

「ランダム召喚憑依」

玲治が意識を集中して詠唱を行うと、中空に誰か姿が浮かび上がり彼の中へと消えた。

彼の身体の上には軍服のような服が重ねられた。

「これは……何処かで?」

「まさか、隊長の力か」

玲治の纏った服装に見覚えがあったのか、ミリエスが声を上げる。

「隊長って、レナルヴェさんか。それで見覚えがあったんだな」

玲治が召喚した力は、魔族四天王の一人であり近衛騎士隊長でもある風の騎士、烈風騎レナルヴェのものだった。

魔族領で玲治が師事した内の一人でもあり、今の玲治と比較しても甲乙付け難い力を持つ実力者だ。

「レナルヴェさんなら当たりだな。

外れだったら効果が切れるまで待つつもりだったけど、このまま挑もう」

「はい、レージさん」

アトランダム一向は、二十階層ボスの待つ大扉を開けた。

◆  ◆  ◆

「? 何も居ないですね」

ボスフロアに入ったフィーリナが首を傾げた。

てっきり強大な魔物が待ち受けていると思っていたフロア内に、何も居なかったためだ。

他の者達も周囲を見回すが、どれだけ探っても広い部屋の中には何も見当たらない。

「そんな筈は……」

「でも、確かに何も居ないですよ?」

かつてこの場所で死闘を繰り広げたオーレインは信じられないような表情をするが、テナの言う通り誰も見えない。

「まぁ、拍子抜けだが居ないなら居ないで良いのではないか?

このまま次の階層に進むと──」

「危ない、ミリエス!」

「なっ!?」

部屋の奥にあるであろう階段へと向かって歩き始めたミリエスだったが、突然玲治が叫ぶと同時に彼女を突き飛ばした。

予想もしていなかった彼の行動にミリエスは為す術も無く床に倒れ込んだが、それが彼女を救うこととなった。

ミリエスがそれまで立っていた場所を、透明な何かが薙いだのだ。

それは完全な無色透明で視認出来ず、ただ風圧を感じることだけがその存在を感知する手段だった。

「敵だ、離れろ!」

「はい!」

玲治の指示に、一向は部屋の入口の方へと跳び下がる。

襲ってきたであろう敵の姿を探すが、やはり部屋の中には彼ら以外の存在は見当たらない。

ミリエスを襲った攻撃は、その瞬間すらも姿を見ることが出来なかった。

それを考えれば、出てくる答えは一つだけだ。

「透明な敵、か」

「厄介ですね……レージさん、どうして気付いたんですか?」

オーレインが周囲を警戒しながら玲治へと問い掛ける。

視認出来ない筈の敵の攻撃をどうやってか玲治は察知し、ミリエスを射線から退かせることで救った。

どうしてそんなことが出来たのかと彼女が疑問に思うのも無理はない。

「風の動きで感じ取ったんです」

「成程、隊長の力のおかげか。

おかげで助かった、礼を言う」

風の扱いについて長けたレナルヴェの力を召喚しているせいか、相手の動きを空気の動きで察知することが出来たという玲治の言葉に、ミリエスが感心しつつも礼を述べる。

しかし、敵を察知する手段を持っているわりには、玲治の表情は優れない。

テナもそのことに気付いて、周囲を気に掛けながらも問い掛けた。

「レージさん、何か懸念があるんですか?」

「ああ、風の動きを察知したけど、かなり近くないと感じ取れなかったんだ。

もしかするとレナルヴェさんなら離れた場所でも感知出来るのかも知れないけど、俺だと感知出来る範囲は狭い。

それに、スキルの効果時間にも限界があるから、このままだと拙い」

「そんな……」

不可視の殺し屋が待ち受けていた二十階層ボスフロアで、玲治達はいつ襲われるかという緊張感とも戦いながら周囲の気配を必死に探った。