Sweet Reincarnation

029 Stories ○ ○ ○ ○ saw

プラウリッヒ神王国の東部。争いごとの絶えない南大陸にあって、ここは更に一層争いごとの多い土地とされている。

その理由を辿れば、国家創建以来の歴史的経緯にたどり着く。

小さな町で生まれたボーヴァルディーア聖教を国教とし、急進勢力として勢力を伸ばしつつあったプラウリッヒ神王国。そして、当時から大国として勢力を拡大していたエレセ・ヤ・サイリ王国。急進勢力と保守勢力とがぶつかり合うのに時間はさほど必要では無く、互いに万を超える大軍を持ってぶつかり合う事、幾度(いくたび)か。

何時からか自然と引かれた睨みあいの国境線。無論、何がしかの決まりがあったわけでは無く、双方が対峙する形で自然とお互いの領分が定まっていった。

そもそもが争いから産まれた境界線であるだけに、事あるごとに力づくでも領域を広げようとする動きは絶えない。

そして、それを両国ともが互いに牽制しあってきた歴史から産まれたのが、サイリ王国のルトルート辺境伯領と、神王国のフバーレク辺境伯領である。

両辺境伯家は、互いを互いに不倶戴天の敵としており、殆ど恒例行事の如く小競り合いを続けてきた。

そのうちの片方。

フバーレク辺境伯領の中央部には、領都たるアルコムがあった。この町は小高い丘を囲むように作られていて、神王国東部でも屈指の大都市と言われている。町の中心には一つの城があり、堀に守られたその城は、有事の際には徹底抗戦出来るように丘の上に建つ。

街の外からでも聳(そび)える様が見られるその城には、代々のフバーレク辺境伯とその家族が住んできた。

ドナシェル=ミル=フバーレク。それが、城の今の持ち主。その彼は今、城の中の一室で、秘書役の従士と向き合っていた。

「しかし、よろしかったので?」

そう辺境伯に声を掛けた従士。一見すると細身の優男に見える彼は、領内の外交業務を一手に任されている男であり、辺境伯家の重臣の一人である。

「何がだ?」

「お嬢様方の事です。ペトラお嬢様が王都に御遊学あそばされるのは、カドレチェク公爵家に対しての信頼を得るのに意味がありましょう。しかし、リコリスお嬢様まで外に出されるのは何故です」

信頼を得る、とは言い得て妙である。

辺境伯自身、娘を王都に置いておく意味を知らぬわけではない。公爵家の助力を得る為の、婚約を建前にした態(てい)の良い人質だ。信頼を得ると言い換えるのは、部下なりの気遣いだろう。幸いなことに、婚約者となった公爵嫡孫とペトラの仲は良好であり、ちょくちょくお茶会等で顔を合わせていると聞いていた。手作りの差し入れまで交換する仲であると聞いているからには、外聞も良い。

では、部下が気にするところは何であるか。それが分からぬドナシェルでは無い。気にしているのは、妹の方だと理解している。

形はどうあれ人質といえそうな状況で、弱小貴族の元に娘を預ける意味があるのかと問いたいのだ。

「あの女狐に、好き勝手されるのは癪だからな。その為の一手だ。気にすることは無い」

「女狐?」

「レーテシュ女伯爵だ」

「ああ、あの女傑ですな」

レーテシュ伯爵は油断ならぬ交渉相手であるのは周知の事実。

女狐と呼んで得心がいく程度には、共通認識が出来ていた。それ故の納得である。

「あの女が、うちの婿殿を取り込もうとしているのは明白だ」

「左様ですな。彼の地の発展著しい様をうちが知れたのは、先日の一件の事があって、かなり入念に調べたが故です。南部を取りまとめておるレーテシュ伯であれば、当家よりも詳細にモルテールン領のことを調べていて不思議はないでしょう。教会にも金を握らせている事でしょうな」

「そこへきての新茶会への誘いだと。あの女、やることが見え透いておるわ」

「普通に見れば、どう見てもさや当てでしょう。それで、事前に手を打ったと?」

「そうだ」

貴族の婚約は当てにならない。故に、婚約者が複数人居るというのもまた珍しいことではない。

一人の女性に数人の男性が、婚約者や婚約候補として用意されている場合もあれば、当然その逆もあり得る。

新茶の集いには、若い紳士淑女が集まる。それも、レーテシュ伯に縁の深い人間ばかりが、である。

形としては交渉の場であるため、ある程度の決定権を持てる人間が来るのが通例であり、それでいて実態はお茶会であるために、当主本人ではなく代理が来る場合が殆どなのが新茶試飲会。この場合の代理は、貴族家の息子や娘に行かせるのが半ば当たり前になっている。

その中にモルテールン家の年若い後継が入ったとして、誰とでも良いから親交を持ってもらう。友人でも知人でも良い。そしてあわよくば深い仲になって貰う。

レーテシュ伯と繋がりの深い人間と縁を深める。さすれば間接的ではあってもレーテシュ伯と縁を深めることにもなる。という思惑があるのだと辺境伯とその部下は考えていた。

「お嬢様をお預けすれば、婚約者として新茶会に連れていくのは不自然ではありませんな」

「当然だ。その為に、王都に居る部下へモルテールン卿への伝言と共に娘を預けたのだ。うちの娘を大切にして貰えると信じて預ける。私はこれでも人を見る眼には自信がある。それに……」

「それに?」

「まだ公爵にも言ってはおらんが、そろそろ動くからな。危険の無い所に娘を置いておきたいという親心もあるのだ」

「そうでしたか。いや、差し出がましいことを申し上げました」

慇懃に頭を下げた部下に、辺境伯は深く頷いて答えるのだった。

◆◆◆◆◆

モルテールン領の領都にあたる本村ザースデン。

水気の乏しい領地にあって、窪地にあるが故に水気の比較的マシな土地を、囲う様にして作られた村だ。

どこにでもあるような普通の村にあって、一番目立つ建物。それが領主館。最近建て替えが行われたこともあって、真新しく真っ白な壁は清潔感に溢れ、田舎には場違いな風にも見える家。

この家には、一つの変わった特徴がある。

ズバリ、調理場が広いのだ。

普通の貴族家でも、調理人は三~四人程度を想定しての広さであるが、ここの調理場は更にその倍ほどもある。

村の噂では、領主の息子が思いっきり駄々をこねたからだとの話であり、而(しか)してその噂は半分事実である。

何せ、この調理場新設にかかる費用は、次期領主のポケットマネーから出たのだから。一から十まで少年の要望を聞いて出来上がったと言う意味では噂は正しく、別に駄々をこねるまでも無くあっさり認められていた点では噂は間違っていると言えた。

「ふんふん~るるる~」

そんなだだっ広い調理場で、ちょこまかと動く人影があった。

機嫌よさそうに鼻歌を歌いつつ、甘い香りを漂わせる。

無論その人物とは、村一番のいたずら坊主ことペイストリーだ。

「何をしているのですか?」

「ちょっと、お茶会に持っていく手土産を作ろうと思いましてね」

ペイストリーがすることに興味深げな視線を向けていたのは、婚約者のリコリス。

様々な思惑もあってモルテールン領に来ているが、案外本人は喜んでいたりする。日頃は館から出してもらえない女の子からすれば、見るものすべてがもの珍しい。

まして、婚約者として、意識している男の子と一緒というのは、なんとなくでも心が騒ぐものだ。

楽しそうにクルクルと動き回っている見目麗しい少年。それを見るだけでも自分も楽しくなってくると、リコリスは思う。

ペイスが用意したのは、砂糖と蜂蜜。そして、ボンカ。親に小遣いを減らされてまで買った砂糖は高級品であるし、蜂蜜も領内では相当に貴重品である。

しかし、少年はそれらを遠慮なく使う気でいた。

「何が出来るか楽しみです」

「鼈甲飴(べっこうあめ)を作るのさ。大したものじゃないから、まあ見ていて」

竈に焚いていた火をある程度まで散らして、中火から弱火の間ぐらいの火加減にした上で、鍋をかける。

水を鍋に入れ、そして砂糖と蜂蜜とを少しづつ溶かしながらも加えていく。実はこの配合比率が、ペイスの研究の賜物である。砂糖と水飴ならば鼈甲飴作りとしてはベストではあったが、今回の目的から蜂蜜を上手く使えないかと試行錯誤したのだ。

辺りに漂う甘い香り。

砂糖の暖められた香りと、それに混じる蜂蜜の香りは、それだけで口の中が甘くなってきそうな香りだ。

少年は、プツプツと泡立つ鍋の中身を、丁寧に焦がさぬよう優しく混ぜる。この火加減の調整が、ガスコンロの無いこの世界では難しい。彼の様子は楽しそうであっても、その眼だけは真剣そのもの。

しばらくすると、とろりとした中身に色が付き始める。

水分が飛んで、適温になった程よいタイミングを見切った上で、ペイスは鍋ごと火から外す。

そのまま、用意していた清潔な鉄板の上に一定量づつ等間隔で、出来たばかりの飴を垂らした。

「透き通った綺麗な色ですね」

「そうだね。でも、これからちょっと小細工を……っと」

硬貨ほどの大きさになった二十ばかりの飴の山。

それを、ペイスは楊枝のような小さい串でスススとなぞっていく。

軽く山の頭を撫でて平らにしつつ、ちょいちょいと串を動かして何がしかの形を作っていく。ペイスが串を動かすたびに、色々な形の飴が出来上がる。

その手際の良さ。動きの繊細さと迷いの無さは流石と言って良い。

「犬、猫?、牛さんに……鳥かしら?」

リコリスも楽しげにその様子を見ていた。出来上がっていく形を順々に推理していく。犬猫牛は意外と簡単に当たったものの、流石に飛行機の形は外した。ペイスは笑いながら、当たり外れを答えていく。

はた、彼女の推理が止まる。一つとして同じ物の無い飴の中、それを見つけた彼女は喜色を露わにする。

「わぁ、お花ですか?」

「正解。ちなみに、牡丹がモデルですよ。少し固まりだしてから意匠を付けるのがコツです。柔らかすぎると細工も潰れますし、固すぎると弄れない。見極めが肝心なのです」

「食べるのが勿体ないくらいですね」

「ははは、それはいけないですね。食べてあげないと飴が可哀想でしょう?」

「ふふ、でもやっぱり綺麗だから置いておきたいです」

和気藹々。

そんな言葉の似合いそうな二人の様子。お互いに微笑ましく会話する様を、見ている人間も居た。

それも、扉の隙間から。覗くようにこっそりと。

「じれったいわね。もっとこう、ペイスちゃんから積極的にいかなきゃ」

「っし。奥様、ペイスにみつかっちまう。静かにしねえと」

「やっぱり、止めておいた方が良いと思うぜ」

ペイスに婚約者が出来た。

その衝撃的な一報は、既にモルテールン領内では知らぬものなど居ない。

当然、ペイストリーの母親たるアニエスも。そして、彼の幼馴染たちにも知る事となった。

衝撃の渦中、今日届けられた速報。噂の婚約者来たるとの報に、娯楽の少ない田舎の人間は飛びついて噂した。

曰く、絶世の美女であるとか、男を魅了するプロポーションであるとか、ペイストリーがメロメロで骨抜きにされているだとか、本人たちが聞けば顔を真っ赤にして否定しそうな誇大広告のオンパレード。噂というものは、大概は大袈裟で紛らわしい物である。

こうなってくると、当然ながら噂を確かめてやろうじゃないかと動き出すものも出てくる。無駄に行動力が余っている幼馴染などがその筆頭。

特にルミなどは、男勝りと言われつつも女の子。他人の恋話には興味津々の年頃。まして親友の色恋沙汰である。ペイスの母親を巻き込んで、こっそり調べるつもりで現在も調査を継続中だ。扉の前で。

マルク等は、親友のイチャイチャなど見ていたいものでは無く、むしろモテる友人に嫉妬の呪詛の一つもくれてやりたくなる所であり、女性陣を止めようとしている。だが、彼女たちがマルクの忠言など聞くような人間であるはずもない。

「そこ、いっそガバっと腰を抱くぐらいいっちゃいなさい。後ろから優しく手を取って一緒に作るのがベストよ。あぁんもう、両手が塞がっちゃったじゃない」

「くぅ~旨そうなもの作ってんだなぁ」

「良いのかねぇ、こんなことして」

出歯亀が居る中、ペイスも菓子作りを続けていく

「この果物はボンカですね。一体これをどうするのですか?」

「これは、こうやって飴でコーティングするんです」

鍋に残っていた飴。やや黄色みがかった透き通る液体を、少年は果実(かじつ)にかける。かける時は、中身の大きさと飴の厚みとのバランスが大事だと、彼は語る。

ペイスが作っているのは、所謂(いわゆる)リンゴ飴。縁日の屋台などでは定番ともいえるお菓子であり、その歴史はかなり古い。

元々は果物の保存の意味もあったと言われていて、飴で完全密封した果物は普通に置いておくよりも遥かに日持ちがする。箸で刺すような屋台のものではこうはいかないが、その真骨頂は酸味と甘みの調和にある。

「こっちのやつはもうそろそろ固まった頃合いです。味見してみますか?」

「良いんですか?」

「勿論。こっちのリンゴ……じゃない、ボンカ飴はついでに作ったものですからね」

「じゃあ、いただきます」

リコリスは、カリっと音をさせて飴を齧った。

「甘いです」

育ちの良さ故か、申し訳程度に口を付けられたペイス手製の菓子。シンプルであるが故に、その出来栄えは素人目にも素晴らしかった。

ちまちまと、ほんの少しづつ。さりとて止まることなく食べられていくボンカ飴。その様子を見れば、少女が気に入ったことは自明のことだ。

飴を舐める。甘さに慣れ、口にくどさが来そうな時に丁度食べられる爽やかな果実。そしてまた新鮮な美味しさで舐められていく飴。絶妙なバランスと言って良いスイーツ。調和を産みだす平和の使者。

リコリスは、これほど美味しいお菓子を食べたのは初めてだった。それほどに衝撃的な美味しさ。

黙々と笑顔で食べる少女を微笑んで見つめるペイス。

やはり一人の職人として、作ったものを美味しく食べて貰えるのは嬉しいのだ。

「気に入ってもらって良かったです。さて……」

まだ何かあるのか。

その場に居た全員が注目する中、少年職人はツカツカと扉の方に歩き、一気に扉を開ける。

急に開けられた扉。

その拍子に、三人の乱入者が調理場に倒れ込む。

「母上、それにルミとマルクまで。ここで何をしていたんです?」

とても良い笑顔でそう問いかけるペイストリー。

「あらあら……あ、私は用事があったんだわ。ほほほ」

いの一番にその場を逃げ出したのはアニエス。流石に年の功だけあって、逃げ足も早い。

逃げそびれたのは幼馴染二人。

ペイストリーのあからさまな笑顔の意味を、長い付き合いの二人が分からぬはずもない。

「何も無ければ二人に味見をして貰おうと思っていたんですが……」

「え、それ食って良いのか?」

食い意地の張った少女。ルミニートは目を輝かす。

彼女の目の前に意味ありげに出されたボンカ飴。リコリス嬢が美味しそうに食べていた時から、是非とも食べてみたかったと、そのまま手を伸ばす。

そして手は空振る。

覗き魔には甘い顔は出来ないとペイスは笑顔を深める。

「ルミにマルク、覗きとはいい趣味です。……罰として、二人とも当分は味見もお菓子も無し。これはお父様とシイツの所に持っていきます」

「うぇぇえ、そりゃねえよ」

「俺は止めたのに~」

美味しそうな匂いだけ残し、遠ざかるペイスの背中。

それを悲しげに見送る覗き魔たちであった。