Takarakuji de 40-oku Atattandakedo Isekai ni Ijuu Suru
Episode 270: Regret and Conflict
北の防壁へと向かって、一良、バレッタ、リーゼは砦の中を歩いていた。
そこかしこを兵士や使用人たちが走り回っているが、前線からの砲撃音は聞こえなくなっている。
行き交う使用人たちは皆が不安そうな顔をしているが、一良たちは砦に戻った際に戦況を目にしており、こちらがかなり優勢なのは把握している。
「そっか。その様子なら、大丈夫っぽいか……」
リーゼからジルコニアの様子を聞き、一良がほっとした様子で言う。
「うん。でも、たぶんすごく無理してると思う」
リーゼが暗い表情で目を落とす。
先ほどジルコニアは「大丈夫」と言ってはいたが、リーゼにはとてもそうは見えなかった。
ちょっとしたきっかけでぽきりと折れてしまいそうで、心配でならない。
「それで、カズラにお願いがあるんだけど……」
「何でも言ってくれ。俺にできることなら、何だってやるぞ」
「うん……」
「遠慮するなって。俺はどうしたらいい?」
「その……」
リーゼが言いよどみ、ちらりと一良を見る。
「できるだけお母様の傍にいて、話し相手になってあげてほしいの」
リーゼが足元に視線を落とす。
「何か、私の前だと無理して頑張ろうとしちゃうみたいだから。カズラにだったら、そんなこともないと思うし。きっと気もまぎれると思う」
「……そうか。うん、分かったよ」
「お願い。あと、勝手に出撃したことは責めちゃダメだからね。慰めてあげてくれれば、それでいいから」
「分かってるって。俺やナルソンさんを騙してまでやり遂げたいほどのことだったんだし。今さらどうこう言っても仕方ない。仇討ちはできたんだし、もう同じようなことは起こらないだろうしさ」
「うん、ありがと」
リーゼが微笑む。
「あ、でも、お母様が弱ってるところに付け込んで手を出したりしたら、絞め殺すからね」
リーゼが冗談めかして、手をわきわきして見せる。
「あのなぁ、何度も言ってるけど、そんなこと絶対にないって。信用ないなぁ」
「ほんとかなぁ。カズラってやたらとお母様と仲がいいから心配でさ。ねえ、バレッタ?」
「ふふ、そうですね。もしそうなっちゃった時は、私も遠慮せずにキュキュッとやっちゃいますからね?」
バレッタもリーゼを真似て、手をわきわきして見せる。
2人とも実に可愛らしい仕草なのだが、硬貨を指で折り曲げるほどの怪力持ちだ。
キュキュッとどころか、体のあちこちをグチャっと潰されかねない。
「ふ、2人とも怖いからマジで勘弁して……」
「だったら手を出さないことだね」
「出しちゃダメですよ?」
「出さないって……」
そんな話をしながら歩いていると、防壁の方から一際大きな歓声が上がった。
どうやら、決着がついたようだ。
『こちらナルソン。カズラ殿、戦いは終わりました。どちらにおられますか? どうぞ』
一良たちのイヤホンに、ナルソンの声が響く。
「カズラです。今、宿舎からそっちに向かってます。戦いはどうなりましたか? どうぞ」
『敵軍は全軍撤退しました。今、負傷者を収容しているところです。どうぞ』
「了解です。この間皆で上がった防御塔で落ち合いましょう。どうぞ」
『かしこまりました。通信終わり』
「大丈夫だったみたいですね」
バレッタがほっとした様子で、一良に微笑む。
「ですね。使える兵器をありったけ使っちゃったんで、急いで補充しないとだ」
「はい。火薬、どれだけ残ってるかな……村の人たちが今も作り続けてくれてますから、できてる分を運んでこないとですね」
「ガソリンとか灯油も、もっと持って来たほうがよさそうですね。俺、明日からバイクでいったん村に戻りますよ。バレッタさんも一緒に来てくれると……って、しまった、ジルコニアさんのことがあるか」
「それなら、お母様も連れて行っちゃえば?」
困り顔になる一良に、リーゼが提案する。
「え? でも、ジルコニアさんって軍団長だし、この場を離れるのはまずくないか?」
「うん。だから、敵に戦場掃除を提案するのはどうかなって」
「戦場掃除?」
聞いたことのない単語に、一良が小首を傾げる。
「うん。敵も味方もできるだけ死体は回収しないと戦死じゃなくて行方不明扱いになっちゃうし、もしかしたら呑んでもらえるかもって。バルベール軍に提案してみるのはどうかな」
「……それはいい考えですね」
バレッタが真剣な表情で言う。
「残量を無視して火炎弾やカノン砲を使ったのですから、敵軍の被害は甚大なはずです。部隊を再編する時間も必要でしょうし、もしかしたら呑んでもらえるんじゃないでしょうか」
「……なるほど。向こうからしてみれば、痛手を被ってるところに追加でちょっかい出されなくなるから、いい提案なわけですか」
一良が納得した様子で頷く。
戦闘が起こらないのであれば、ジルコニアが砦を離れても問題ないだろう。
ジルコニアは指揮を執るというよりは味方の士気を上げるための旗印という役割なので、戦闘の時に皆が彼女の存在を把握していればそれでいいのだ。
「はい。きっと、彼らは今夜の戦闘でこちらに大打撃を与えられると考えていたはずです。でも、予想外の被害を受けて計画が頓挫したんですから、戦闘計画の練り直しをする必要があるはずです」
「上手くいけば、こっちも安心して準備を整え直せるってわけですね」
「はい。ナルソン様に提案してみましょう」
3人は頷き、防御塔へと向かったのだった。
一良たちが防御塔に上ると、すでにナルソンが待っていた。
セレットもいるが、人払いがされているようで他には誰もいない。
2人とも、黙って戦場を眺めている様子だ。
「ナルソンさん、お待たせしまし……うっ」
防御塔から丘へと目を向け、一良はその光景に思わずうめき声を上げた。
薄っすらと夜が明け始めており、地平線の向こうが明るくなってきていて辺りの様子がよく見える。
丘に敷かれた防御陣地には大勢の兵士たちが動き回っていて、負傷者に肩を貸したり、担架に乗せたりして砦内に運び込んでいる様子だ。
味方の陣地から100メートルほど離れた地点から先には、大量の死体が横たわっていた。
体中に矢が突き刺さっている死体、腕や足がなくなっている死体、炎に焼かれて黒焦げになっている死体など、おびただしい数の死体が見える。
中にはまだ生きている者もいるようで、弱々しく体を動かしている様子が見て取れた。
バレッタとリーゼも、その光景に言葉を失っている。
「カズラ殿、ご足労いただき、ありがとうございます」
固まっている一良に、ナルソンがぺこりと頭を下げた。
セレットも、深々と頭を下げる。
「この度はジルの勝手な行動でお手間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした。カズラ殿自ら迎えに行かれるとは……」
「いや、いいんですよ。ジルコニアさんも無事でしたし。まあ……こう言っていいのか分かりませんけど、ジルコニアさんが目的を達成できてよかったです。敵の侵攻も防げましたしね」
「はい。セレットから、ことの経緯は聞いております」
ナルソンが暗い顔で言う。
セレットはそんな彼をちらりと見て、一良に顔を向けた。
「カズラ様、本当に申し訳ございませんでした。すべては私の責任です。縛り首にでも奴隷にして売り払うのでも、どうとでもしてください」
セレットが真顔で一良に言う。
言葉では謝っているが、反省しているというよりハナから覚悟のうえでやった、というような表情だ。
それほどまでにジルコニアのことを想っているのかと、一良は内心驚いた。
「いや、セレットさん1人の責任じゃ……ナルソンさん、彼女のことはどうする予定です?」
「……ジルの取った行動は、『極秘の奇襲作戦』として話を広めてあります。影武者の役割を担っていたセレットを処罰するというのは、難しいでしょう。というより――」
「お父様、セレットとお母様を許してあげてください」
リーゼがナルソンの言葉を遮り、話に口を挟む。
「セレットもお母様も、こんなことは二度としません。仇を討つことができたのですから、これからはお父様の指示にちゃんと従ってくれるはずです」
「……うむ」
「お母様に付いていった兵士たちと、ここにいる人たちだけの秘密にすれば大丈夫です。どうか、皆を許してあげてください」
「ああ。責任は私にあるからな」
「え?」
暗い顔でつぶやくナルソンに、リーゼが怪訝な顔になる。
「ジルの仇がマルケスだということは、とっくの昔に調べはついていたんだ」
「……ずっと知っていたのに、お母様に教えなかったのですか?」
愕然とした表情で言うリーゼ。
「そうだ」
「……いつから知っていたのですか?」
「10年ほど前からだ。尋問した捕虜のなかに、事件に加わっていた者が何人かいてな。皆、同じ証言だった」
ナルソンが疲れた顔で言う。
「ジルに教えたら後先考えずに飛び出して行ってしまうと思うと、どうしても言えなかったんだ。そんなことになれば、きっと彼女は死んでしまっただろうからな」
「そう……ですか」
リーゼがうつむく。
現に今回、ジルコニアは仲間を欺いて、勝手にマルケスの軍団要塞に突っ込んで行ってしまった。
もし10年前のその時にナルソンが事実を伝えていたとしたら、きっと似たようなことになっていただろう。
そしておそらく、帰らぬ人となっていたはずだ。
ナルソンが言い出せなかった気持ちも、リーゼにはよく分かった。
「その捕虜は、どうしたのですか?」
「話を聞いた後、私がこの手で殺したよ。絶対に生かしておくわけにはいかなかったからな。ジルに知られるわけには、いかなかった」
「……」
「カイレン将軍の書状に書いてあった嘘の情報をジルが聞いた時の様子を見て、本当のことを伝えようかとも思ったんだが……できなかった。どうして早く教えてくれなかったのかと、ジルになじられると思うと怖かったんだ」
「お父様……」
「すまん。すべて私の責任だ。ジルの気持ちも考えず、頭ごなしに押さえつけるような真似ばかりしてしまった。もっと、彼女と誠実に向き合うべきだったんだ」
ナルソンがそう言い、木柵に手をかけて塔の外に目を向ける。
「仇を探すと、約束したのにな。10年もの間、彼女を裏切ってしまった」
「お父様は悪くありません。お母様を想ってのことだったのですから」
リーゼがナルソンの隣に寄り添い、彼の手に自分の手を添える。
「だから、自分を責めないでください。結果論ですけど、お母様は目的も果たせて、無事に帰ってきてくれました。すべて上手くいったんですから、あれこれ悩む必要なんて、もうありませんよ」
「……お前は本当に優しいな。ありがとう」
ナルソンがリーゼに微笑む。
「……バレッタさん、セレットさん」
一良が小声で2人を呼び、顎で階段を指す。
2人が頷き、一良とともにそっと階段へと足を向けようとしたその時。
『カズラ様、ニィナです! コルツ君が見つかりました!』
切迫したニィナの声が、皆のイヤホンに響いた。