Takarakuji de 40-oku Atattandakedo Isekai ni Ijuu Suru
Thirteen Stories: For the Future
「おお、こりゃ便利だ。高いだけのことはあるな」
ホームセンターで大量の肥料を購入した一良は、借りたトラックで何度か屋敷とホームセンターを往復して全ての肥料を運び終えると、買ったばかりの折りたたみ式リアカーを開いた。
一良の購入したリアカーは最大積載量が350kgの折りたたみ式という高性能品で、タイヤももちろんノーパンクタイヤである。
この間30万円を置いて勝手に買い取ってしまったリアカーの置いてあった倉庫に、新しく置いてあった折りたたみ式リアカーを見て、これはいいなと思って一良も2台程購入したのだ。
ちなみに、その倉庫にあったリアカーに付いていた張り紙に「野菜何でも採っていってください」と書いてあったので、「トマト2つ頂きました。美味しかったです」と張り紙に書き足して、本日の一良のお昼ご飯として大きなトマトを2つ、ありがたく頂戴してきた。
真っ赤に熟れた完熟トマトは、さすがプロの農家の技なのか、果物のように甘くて美味しかった。
「さて、とりあえず300kg分積んでいくか……畳大丈夫かな」
畳の具合を確認しながら、玄関先に山積みになっている肥料を次々にリアカーへ載せる。
さすがに畳も少しはへこむかと思ったのだが、何故か全くへこまなかった。
一良は内心首を傾げながらも、「こりゃ随分丈夫な畳なんだな」と自らを無理やり納得させ、リアカーを引いて異世界への敷居を跨ぐ。
「いつもすいません。これどうぞ」
途中、通路に崩れ落ちている白骨死体に、いつも前を通っているお詫びにと、ワンカップの日本酒をお供えしておいた。
一良が森に戻ると、村の人たちが集めたと思われる大量の腐葉土があちこちに山積みにされていた。
腐葉土集めをしている人たちは当初の半分程度の人数になっていることから、畑に腐葉土を混ぜている人と、森で腐葉土集めをしている人に分かれたのだろう。
「おかえりなさい、カズラさん。それが肥料ですか?」
一良がリアカーを置いて一息ついていると、バレッタがリアカーを引いて戻ってきた。
どうやら、リアカーに腐葉土を積んでは畑へと運ぶという作業を繰り返しているようだ。
「ええ、これも腐葉土みたいに畑に撒くんです。ちょっと臭いますがね」
「確かに、ちょっと変わった臭いがしますね」
そう言いながら、バレッタは肥料の載ったリアカーに近づくと、ビニール製の袋に書かれた「鶏糞」という文字を指でなぞった。
「これって、何て読むんですか?」
「けいふんって読みます。私の国にいる、ニワトリという鳥のフンを加工したものですね」
「……え?」
「さて、まだ国に沢山用意してあるので、また国に取りに行ってきますね……どうかしましたか?」
何やら鶏糞を見たまま固まっているバレッタだったが、一良に声を掛けられると、鶏糞の入った袋を見たまま口を開いた。
「あ、いえ……これを畑に撒くんですよね?」
「そうですよ」
「これ、鳥のフンなんですよね?」
「ええ」
一良の返事を聞いて、バレッタは怪訝そうな表情で一良と鶏糞を交互に見る。
一良はそんなバレッタの様子を見て、神様に鳥フンを捧げるという行為に抵抗があるのだろうと思い、フォローしておくことにした。
「心配しなくても大丈夫ですよ。神様は腐葉土だろうが鳥のフンだろうが、畑を元気にすることの出来るものだったら何でも使ってくれますから」
「そう……ですか……色々ありがとうございます」
何故か申し訳なさそうに礼を言うバレッタに、
「いえいえ、村に住まわせてもらっているお礼ですよ」
と言うと、鶏糞を載せたリアカーをバレッタに任せ、再び日本の屋敷へと向かうのだった。
「これが最後の畑ですかね?」
「ええ、これで最後ですな」
太陽が山に隠れようとする頃、村の皆で集めた腐葉土と一良が日本から持ってきた肥料を、ようやく芋の生き残っている畑に撒き終えることができた。
傍らに置いてあるリアカーにはまだ肥料が残っているが、残りは明日以降に他の畑に撒くことになっている。
「しかし、思いのほか広かったですね。また国から肥料を持ってこないと」
「おお、それはありがたい。……しかし、この肥料というものは随分臭いますな」
村長の言葉に、自分の手や服を匂ってみると、一日中肥料を運んだり撒いたりしていたせいか、服にも身体にも肥料の臭いが染み付いているような気がした。
周囲にいる村人たちも、自らの臭いを嗅いでは顔をしかめている。
「こりゃ確かに臭いますね」
「ええ、夕食の前に湯で身体を拭いても、臭いが落ちるかどうか……まぁ、こればっかりは仕方ありませんな」
「私、先に戻ってお湯沸かしておきますね」
バレッタがそう言うと、数名の村人達がそれに倣って家に戻ろうとする。
「あ、皆さんちょっと待ってください」
戻ろうとしている村人達を呼び止めると、一良はリアカーの隅に載っているダンボール箱を開いた。
「実は、こんなこともあろうかと、いい物を用意しておいたんです。とりあえず各家庭に2つずつですが、どうぞ持っていってください。はい、どうぞ」
「わ、いい匂い……」
一良から小さな袋に入った四角い物体を受け取った村娘は、その香りに思わず顔を綻ばせた。
他の村人達も、一良からそれを受け取っては、その優しい香りに感嘆の声を漏らしている。
「あの、カズラさん、これはいったい何に使うものなんですか?」
同じく一良からそれを受け取ったバレッタは、袋の文字を見つめながら一良に問う。
「えっと、これは石鹸といって、服や体を洗う時に使うものです。いい香りもしますし、普通に水で洗うよりも断然綺麗になりますよ」
「えっ、石鹸って、これがですか!?」
そう、一良が持ってきたのは石鹸である。
ホームセンターで肥料を購入している時に、その臭いがあまりにも強いため、畑に撒く作業をしている間に体に臭いが染み付いてしまうかもしれないと思い、用意してきたのだ。
案の定、服にも体にも肥料の臭いが染み付いてしまったので、用意してきて正解だった。
「あ、知ってるんですね。だったら、皆さん使い方もわかりますかね?」
一良がそう言って皆を見回すと、頷いている村人も数人はいるが、殆どの村人は首を傾げている。
どうやら、この世界にも石鹸は存在するようではあるが、あまり一般的なものではないらしい。
「あ、あの、私が以前街で見たものは、こんなに硬いものではなくて、もっとぐにぐにしてて軟らかいものでした。それに、こんなにいい香りの石鹸は見たことがありません」
「えっ、そうなんですか?」
「私もこんなにいい香りのする石鹸は見たことがありませんな……それに、石鹸はなかなか高価なものですから、私たちのような農民が使うことなどはまずありません」
そう言いながら、バレッタと村長は一良の持ってきた石鹸を不思議そうに見つめる。
もしかしたら、この世界の石鹸は、一良の知っている石鹸とは加工法も材料も全く違うものなのかもしれない。
今度日本に戻った時にでも、石鹸の生い立ちについて調べてみようと一良は思った。
「ふむ……では、一度皆さんに石鹸の使い方は説明しておいたほうがいいですね」
一良はそう言うと、皆に向かって石鹸の使い方を簡単に説明し始めた。
一良が皆に説明している間、バレッタと村長は難しい顔をして少しの間何やら話していたようだが、すぐに話は纏まったようで、説明する一良に代わって石鹸を村人たちに配り始めた。
「では、以上のことを守って使ってくださいね。くれぐれも、いい匂いがするからって齧っちゃダメですよ?」
一良の説明が終わると、石鹸を受け取った村人たちは口々に一良に礼を述べ、それぞれの家へと帰っていく。
一良たちも、余った肥料の袋をリアカーに載せ直し、屋敷へと戻るのだった。
屋敷に戻った一良たちは、一人ずつ交代でお湯の入った水桶と石鹸を持って屋敷の庭に移動して身体を拭くことにした。
二人に勧められて先に身体を洗わせて貰う事になった一良は、水桶と着替えの入ったボストンバッグを持って庭に出たまでは良かったのだが、服をどうするべきか悩んだ末、誰も見ていないんだからいいやと全ての衣服を脱いで生まれたままの姿となり、身体を洗い始めた。
「はー、やっぱり石鹸はいいなぁ。お湯だけで身体を拭いてた時とは大違いだな」
体中を石鹸の泡だらけにしながら、一良は心地良いため息をつく。
今まではお湯と布切れで身体を拭いていたのだが、それだけだとどうにも気持ちが悪く感じており、石鹸を持ってきてよかったと心の底から思うのだった。
「水車のおかげで水には困らなくなったし、共同浴場みたいなものを作るのもいいかもしれないな。後で二人に相談してみるか」
そんなことを言いながら鼻歌交じりで綺麗に身体を洗い終えた一良は、水桶の中の湯で身体についた石鹸を綺麗に洗い流すと、いそいそと衣服を身に纏うのだった。
「それじゃ、行って来ますね」
「うむ」
「はい、ごゆっくり」
一良と交代で身体を洗うために庭に出て行くバレッタを見送り、一良は早速村長に共同浴場について相談をしようと口を開いた。
「バリンさん、一つ相談があるのですが……」
「ん? ……ああ、わかりました。バレッタには絶対に言いませんから、どうぞ行ってきてください」
「え?」
突然納得した様子で頷く村長に、一良は首を傾げた。
「我が娘ながら、あれはなかなか美人ですからな。カズラさんにはお世話になっていますし、ここは私も折れましょう。どうぞ裸を覗いてきてください」
「ちょ、何を言ってるんですか!」
突然覗きの許可を出し始めた村長に、一良は思わず大声でツッコミを入れる。
「はて、覗きの相談ではないのですかな?」
「何処の世界に娘の親に覗きの許可を貰おうとする人間がいるんですか!」
とぼけた様子でそんな台詞を吐く村長に、一良は顔を赤くして反論する。
「はっはっは、それもそうですな。さて、冗談はさておき、相談とは何ですかな?」
「じょ、冗談だったのか……」
一良はここでようやくからかわれていたことに気付き、酷く脱力した気分になりながらも、先ほど思いついた共同浴場について話を切り出すのだった。
「えっとですね、折角村に水路を引くことが出来たので、その水を利用して村の共同浴場……皆で使う大きな風呂を作ったらどうかなと思いまして」
「風呂というと、お湯を沢山溜めてそこに入るというものでしたかな?」
「ええ、それの大きなものを村に作れないかなと」
「……ううむ」
一良の提案に村長は腕組みして唸ると、何やら考え込んでしまった。
一良は「何か問題でもあるのかな」と黙って村長の返事を待っていると、暫くして村長は顔を上げ、申し訳なさそうに話し始めた。
「もし、その共同浴場なるものが村に出来れば、村の皆はきっと大喜びするでしょう。しかし、風呂というものは貴族様などの高貴な方々が入る非常に贅沢なものなのです。それを私たちの村に勝手に作ってしまうというのは……」
「あー……なるほど……」
その言葉に、一良は村長が何を言いたいのかが大体わかった。
恐らく、村にあまり目立つような贅沢品を設置しては、領主であるナルソンに目を付けられてしまうかもしれないのだろう。
今までの様な食料提供程度ならまだいいが、共同浴場のような目立つ施設の設置はさすがにまずいのかもしれない。
そこまで考えて、一良は一つの重大な問題に気付いた。
「あれ? ということは、水車の設置もまずかったんじゃないですか?」
そう、水車である。
あれはこの世界には存在しない道具なのかもしれないのだ。
もしそうならば、その存在が露呈した瞬間、どういうことだと村長が問い詰められることは必至である。
それに、例え水車がこの世界に既に存在している道具だとしても、調達先を聞かれることは確実だろう。
「そうですな。しかし、あの水車がなければ村の畑は全滅していたでしょうし、本当にカズラさんには感謝しております」
「いや、しかしですね、もしナルソン様に水車のことがばれたら……」
「それでしたら、多分大丈夫でしょう。この間アイザックさんが村の様子を見に来た時も、水路については特に深くは追求してきませんでしたからな」
「そうですか……ううむ」
この間、村の様子を見に来たアイザックという人物は、この村と川の関係にあまり詳しくなかったのだろう。
村長の話では、この間の視察は何とかやり過ごすことができたようだが、その報告を聞いたナルソンがもし疑問に思ったりすれば、水車の存在が露呈してしまうかもしれない。
それに、どちらにせよ、遅かれ早かれ水車の存在はばれてしまうだろうと一良は思った。
水車の存在がばれて、それを持ってきたのが一良だと露呈した場合、最悪一良はナルソンによって身柄を拘束される可能性がある。
折角この村にも馴染み始め、異世界ライフを楽しんでいるところでそんな大層な邪魔が入っては、当初予定していた異世界探索どころの話ではない。
この村の人たちのように、ナルソンも一良のやってきた国について何も聞いてこないならば問題ないだろうが、そう上手くはいかないだろう。
「バリンさん、提案なんですが……」
一良はこの目先の問題を解決し、今後もこの村で生活を送るために、一つの案をバリンに提示するのだった。