Takarakuji de 40-oku Atattandakedo Isekai ni Ijuu Suru

Talk 77: The State of the Craftsmen

 次の日の夕方。

 前日に引き続き穀倉地帯での作業を終えた一良とリーゼは、ジルコニアと待ち合わせて1軒の工房を訪れていた。

 エイラやマリーといった従者たちは先に屋敷に帰しており、一良たちに付き添っているのは数名の護衛だけである。

 3人が訪れた工房は大工職人の工房で、広々とした敷地の隅には、製材待ちの丸太が何本も積み上げられている。

敷地の中には製材済みの材木保管用の建物と、作業用の建物も併設されていた。

 今、3人は作業用の建物の中で、1人の年配の大工と一緒にテーブルを囲み、テーブルに広げられた水車の部品図を前にしている。

 彼はこの工房の親方とのことで、この道40年のベテラン大工らしい。

 先ほど水車の部品の精度についてジルコニアがこの親方に説明をしたのだが、説明を受けた親方は気難しそうな顔で黙り込んでしまっていた。

 作業場の中には他に3人の若い男の大工がおり、手元に置かれた蝋燭の灯りを頼りに、青銅のノミや木槌を使って一心不乱に工作作業を行っている。

 何でも、休戦条約締結後の4年間、この工房はずっとこのような調子で、彼らは毎日真夜中まで仕事を続けているらしい。

 親方はそのまましばらく黙り込んでいたが、やがて苦しそうに口を開いた。

「……恐らくだが、出来の悪い部品を作ったのは2軒隣のクルップの所だろう。あいつのところでは水車の板羽用の穴あけをやっているはずだから、回転速度にムラが出たというのならそこが原因と見て間違いない。もしそれでも直らなかったら、車輪の外周部分を作ってる工房だ」

「そう。なら、今からその工房に行ってみるわね。カズラさん、リーゼ、行きましょう」

 一良とリーゼを促し、ジルコニアは出口へと向かう。

 一良も親方に「お邪魔しました」と礼を言うと、ジルコニアに続いて出口へと足を向けた。

「……ジルコニア様よ。俺はこんなことを言える立場じゃないのは百も承知だが、一つ言わせてくれねえか」

 3人が作業場を出ようとした時、不意に親方がジルコニアを呼び止めた。

「ん、何かしら?」

 酷く緊張した様子で声をかけてきた親方に、ジルコニアは足を止めて振り返ると小首を傾げた。

 一良とリーゼも振り返ると、何だろうといった表情で親方に目を向ける。

「俺たちは職人だ。仕事を請けたからには何が何でもこなすのは当たり前だし、請けた仕事には絶対に不備は許されないことも承知している。今回の水車の部品の件で、もしクルップのところが原因だったとしたら、俺が奴の親方だったら血反吐を吐くまで奴をぶん殴るだろう。だけどな、今回ばかりは見逃してやっちゃあくれねえか」

「……えっと、座って話しましょうか」

 何とも沈痛な面持ちで語る親方に、ジルコニアは作業場の中に引き返すとテーブルの丸椅子に座り、親方にも座るように促した。

 一良とリーゼもジルコニアに続き、近くにあった木のベンチに並んで腰を下ろす。

 部屋の中で作業を続けていた若い大工たちは作業の手を止め、黙って親方に顔を向けていた。

 親方は椅子に腰を下ろすと、縋るような表情をジルコニアに向けた。

「奴のところはこの間の戦争で親父と1番弟子が死んじまってるんだ。他の工房でも、戦争中に腕のいい職人が死んじまったり怪我をしちまって、人手が足りてないところが沢山ある。俺の所だって、ずっと一緒にやってきた1人は死んで、もう1人は右手を失って大工が出来ない身体になっちまった。ここにいるのはそいつらの子供と親戚だ」

「……続けて」

 真剣な表情で続きを促すジルコニア。

 親方はそんなジルコニアに、何ともやるせない様子で口を開く。

「領主様からの依頼は他を遅らせてでも受けなきゃいけないってのはわかってるし、この間の依頼が領地のために絶対必要なものだとも納得したからこそ、全ての工房は依頼を受け入れた。大急ぎで作れと急かされたからって精度を落とす理由になんてならないってことも、もちろん職人全員が理解しているさ。だけどよ」

 親方はそこまで言って、一旦言葉を区切る。

 その声は、少し震えていた。

「俺達だって限界なんだ。熟練工が根こそぎ武具の修理や野営地の建設のために前線に送り込まれて、慣れない野営生活で病死しちまった年寄りの職人は沢山いる。職人ってのは数年で育つもんじゃねえ。20年30年かけてやっと一人前になるんだ。イステリアには、もう代わりがいねえんだよ」

 親方の発言に、話を聞いていた若い大工たちが息をのんだ。

 今の親方の発言は、ともすればイステリアの首脳であるジルコニアやナルソンを非難しているようにも聞こえるものなのだ。

「お母様、親方さんのお話はもっともです」

 ジルコニアが何か言い出そうとした瞬間、それを遮るかのようにリーゼがジルコニアに声をかけた。

「職人の方々は、領内のためを思って無理を押して作業を行ってくださっています。どうか、この方たちを責めないであげてください」

「え? 別に私はそんな……」

 職人たちを庇うような発言をするリーゼに、ジルコニアは戸惑った様子を見せた。

 親方もリーゼも何を勘違いしているのか、製作した部品の不備を理由にジルコニアが職人たちを罰しようとしているような流れになってしまっている。

 ジルコニアにはそんなつもりは毛頭なく、大工を初めとする様々な職種の職人たちが毎日必死になって作業を行っていることはちゃんと理解していた。

 だからこそ今回の水車製作に関わった職人達には報酬を多めに先渡ししていたし、急いで作れとはいったが製作する個数までは指定しなかったのだ。

「リーゼ様……ありがとうございます……」

「何とお優しい……」

 だが、リーゼの発言に感激した様子で口々に感謝の言葉を吐き出す大工たちに、ジルコニアは弁解の言葉を発しかけた口を閉ざして押し黙った。

 何やら上手くまとまってしまっている空気になっているので、一良の手前もあり、悪役を引き受けることにしたのだ。

「話はわかったわ。納めてくれた品物に不備があったからって、別に罰したりはしないから安心して。きちんと原因を突き止めてそれが改善されれば、それでいいから」

 ジルコニアの台詞を聞き、大工たちは「おお」と声を上げる。

 そして、何故か再びリーゼに何度も感謝の言葉を投げかけていた。

 リーゼはそんな大工たちに優しく微笑みかけている。

「(……そんなに私、怖いかな)」

 そんな暖かい光景の脇で、少し傷ついた様子でたそがれているジルコニア。

「(何と言うか……お疲れ様です……)」

 一良はその表情から何となくジルコニアの考えていることを察すると、心の中で労いの言葉をかけた。

 それから約3時間後。

 あちこちの工房の見学を終えた3人は、屋敷に戻るとナルソンと共に手早く夕食を済ませた。

 現在、一良はジルコニアとナルソンと一緒に執務室で話し合いをしているところだ。

 リーゼは例のごとく風呂に入っており、今日も風呂を上がった後はそのまま就寝するらしい。

 リーゼは早寝早起きの習慣があるようなので、皆に合わせて夜更かししてまで事務作業を行うといったことは辛いのだろう。

 先ほど一良がナルソンに聞いた話だと、リーゼの年齢は14歳とのことだ。

 年頃の女の子にとって夜更かしは美容にも成長にも大敵なので、たとえ手伝いを申し出てきたとしても、皆が口をそろえて「寝ろ」と言うだろう。

「一通り見て回りましたが、どの工房も人手と熟練した職人が足りていないようですね……その上あんなに仕事が立て込んでいては、部品の精度に不備も出るはずです」

「以前から職人たちの状況は把握していたつもりなのですが……私の管理が上手くいっていなかったようです。申し訳ございません……」

 ジルコニアはそう言うと、沈痛な面持ちでうつむいてしまった。

 あれから一良たちが見に行った工房でも、最初に行った工房の親方と同じように、熟練工と作業人員が足りないという話を職人たちから聞いたのだ。

 初めのうちは皆がジルコニアを見ると萎縮してしまい、何が足りていないのかをすぐには話してくれなかったのだが、一良とリーゼが促すとぽつりぽつりと現在の状況を話してくれた。

「いや、まあ、この状況では仕方ないですよ。手が足りない部分は道具で補いましょう。水車の回転力を利用して材木を製材する製材機と、そのほかの道具も提供できるか検討してみます。作業の効率化が図れれば、職人たちの負担もかなり軽減できるはずです」

「……はい」

 一良がそう言うが、ジルコニアの表情は曇ったままだ。

 一良がイステリアに来たばかりの頃はもっとがつがつとした印象だったが、近頃どこか消極的というか遠慮がちになっているように感じる。

 自分が関係する不手際の連続に、自信を喪失しているのだろうかと一良は心配になった。

「そんな顔しないでください。大丈夫ですよ、きっと上手くいきますから」

「……はい、ありがとうございます」

 一良の言葉に、ジルコニアはようやく笑顔を見せた。

 何処か影のある笑顔にも見えるが、ずっと落ち込んだ表情でいられるよりはマシだろう。

「さて、大工職人の工房についてはとりあえずはこれでいいとして、一緒に見て回った鍛冶職人と井戸掘り職人のところについてですが、こちらについても神の国に戻ってから何とかできないか調べなおしてきます。特に井戸については川の水が引けない場所での衛生問題に大きく関わってきますから、何とかしないと」

 一良たちは大工職人の工房を数軒見て回った後に、鍛冶職人と井戸掘り職人の工房も見て回っていた。

 鍛冶職人たちの話してくれた問題は、大工職人の工房で聞いた話とまるっきり同じだったので、対策としては工作機械の導入である程度は何とかなるようにも思える。

 だが、井戸掘り職人の工房で聞いた話は、これらに加えてさらに別物の問題が発生していた。

 イステリアの街中で井戸を掘る場合、掘る場所にもよるが大体6メートルから8メートルほどを掘ると茶色い砂の層に突き当たり、水も湧き出てくるらしい。

 だが、この水はあまり質が良くないらしく、白い布を洗うと翌日には真っ赤に変色してしまうというのだ。

 食べ物を煮炊きするにしても味が良くなく、長期に渡って摂取し続けると体の調子も悪くなってしまうらしい。

 ちなみに、その茶色い砂の層の下には岩盤の層があり、そこを土台にして木材で井戸の枠組みを作ると職人たちは話していた。

 石材で枠組みを作ることもあるらしいが、これには金がかかるため、大抵は木材の枠組みが用いられるとのことだった。

「ありがとうございます。井戸水は以前より問題になっておりまして、川から離れた地域に住む住民たちは不便な思いをしております。街中全てに水路を引き回すというわけにもいかず、この問題は仕方がないものと諦めておりました」

 一良の申し出に、ナルソンが頭を下げて礼を言う。

 もし井戸の問題が解決されれば、イステリアの衛生問題は大幅に改善されることだろう。

 一良にとって井戸掘りなど未知の領域だが、日本に戻ってから専門業者に知恵を借りたり、専門書や場合によっては井戸掘り道具を調達してしまえば何とかなるはずだ。

「そういえば、井戸掘り職人のところへ行った時にリーゼさんは職人たちとずいぶん仲良く話している様子でしたが、リーゼさんは職人の工房にもよく顔を出してるんですかね?」

 井戸掘り職人の工房を訪れた際、ジルコニアの顔を見た職人たちは当初萎縮してしまっていたが、リーゼの姿に気付くとにわかに表情を緩め、実に親しそうに言葉を交わしていた。

 話の中で「いつもありがとう」とリーゼが職人たちに言っていたのを一良は耳にしていたので、以前より交流があったのだろうかと気になったのだ。

「ああ、それは恐らく髪や肌の手入れに使う泥を、リーゼが直接井戸掘り職人たちから仕入れているからでしょう。貴族の女が使う洗髪用品や、屋敷内で使われている食器洗い用に使われる洗剤の一部は井戸掘り職人たちから買い取っています。石鹸を使う者も多いのですが、リーゼはその泥が気に入っているようですな」

「はあ、泥ですか……石鹸よりも使い勝手がいいんですか?」

「泥の質にもよりますが、リーゼが使っている物は白ネバと呼ばれている最高級品ですので、石鹸よりもはるかに良質かと。カズラ殿も使ってみますか? リーゼに言っていくらか用意させますが」

「んー……では、今度私が自分でリーゼさんにお願いしてみます。ちょっと楽しみですね」

 泥で身体や頭を洗うと言われてもあまりピンとこないが、日本でも泥洗顔や泥パックといったものは化粧品会社から発売されていたはずだ。

 日本でも使われているくらいなのだから、物によっては科学的に作られる石鹸や洗剤と比較しても負けないくらいの性能を持っているのだろう。

「ジルコニアさんはその泥は使っていないのですか?」

「私はあまりそういう物には気を使わないので……でも、一度使ってみようかな」

 そんな雑談に興じつつも、3人は工房の今後について話を詰めていくのだった。

「ガラスと粉挽き機と脱穀機と……これかなりの量になるんじゃないか。用意に手間取りそうだな……」

 話し合いを終えた一良は自室に戻ると、ベッドに腰掛けて日本で用意する予定の品物を大学ノートに書き出していた。

 明日の午前中にはグリセア村に向けて出発するので、買い忘れや調べ忘れが起こらないように情報を整理しているのだ。

 イステリアとグリセア村は片道徒歩2日分の距離があるので、買い忘れたものがあるからといってすぐに戻るというわけにもいかない。

 近いような遠いような微妙な距離が、何とも歯がゆい。

「馬車と騎兵で強行軍すれば1日で村まで行けるけど、あんまり飛ばすと俺とマリーさんが車内で吐くな。あの馬車何とかならないかな……」

 イステリアからグリセア村に繋がる道は土がむき出して未舗装なので、馬車で飛ばすのは正直なところ自殺行為である。 

 精油を使えば何とかなるとはいえ、あまりマリーに無理はさせたくないところだ。

 実際、前回グリセア村に大急ぎで戻ったときも、激しい馬車揺れにマリーはかなり辛そうだった。

 屋敷にマリーを置いていってしまえばいいのだろうが、マリーの立場を考えるとそれはあまり良くないようにも思える。

「ええと、発電機を受領して工事計画書の進捗を確認して……」

 そんなことをぶつぶつと呟きながら、一良は夜中まで大学ノートに向かうのだった。

 ちなみに、その頃調理場ではエイラが一良を待っていたのだが、次の日の準備に追われている一良が調理場に顔を出すことはなかった。

 結局、一良が次の日グリセア村に向かって出発するという話をエイラが思い出したのは、軽くへこみながら自室に戻り、ベッドに入った後だった。